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わたしが近ごろかんがえていることを徒然なるままに...
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「天国から来たチャンピオン」のジャック・ウォーデン氏を悼む
毎日新聞の訃報欄を何気なく見ていて、「ジャック・ウォーデン、米俳優」となっているところを読むと、文中に「天国から来たチャンピオン」という箇所が見えました。

おお、あのLos Angeles Ramsのコーチ役だった方ではありませんか。横に添えられた、少し若い頃の写真からも間違いありません。「天国から来たチャンピオン」、原題"Heaven Can Wait"はわたしのなかでは五指に入る、忘れられない作品です。
この作品は1978年公開ですが、わたしが観たのは名画座ででしたから80年台前半だったでしょうか。この作品が主目的で観に行ったのかさえ失念してしまいましたが...。

コメディータッチながらも泣かされる映画でした。たとえば、富豪の肉体を借りて生き返ったウォーレン・ビーティー(Warren Beatty:この作品の頃は"ベイティー"と表記し直される前)演ずるクォータバック、ジョー・ペンドルトンがジャック・ウォーデン(Jack Warden)演ずるコーチのマックスに、肉体は変わったが自分だということをわからせようとする場面。

最初は「おれだ、ジョーだ」と言うこの富豪に対して、「へたな冗談は止して下さいよ」と聞く耳を持とうとしなかったのですが、ジョーの得意だったクラリネットの演奏や特製ジュース、手荒い首のマッサージなどでとうとうジョーの生まれ変わりだと信ずるに至ります。

その後富豪の肉体のままペンドルトンはスーパーボールへ出場しますが、途中で怪我(あるいは致命傷だったか)により今度は控えクォーターバックへ乗り移ります。その後このクォーターバックは大活躍を演じるのですが、マックスにはジョーであることがわかっていました。わたしの記憶が正しければ、そのときの場面はこうではなかったでしょうか。

フィールドの向こうとこっちとでジョーとマックスの目が合います。スタジアム内興奮に包まれ騒然とした中なので、発した言葉は聞こえません。口の形だけのやり取りの場面です。「You, Joe ?(ジョーだろ)」「Yeah」。

試合終了直後はジョーとマックスはいままでの関係のままに会話していました。しかし、今後はその肉体で生きることをジェームズ・メイスン(James Mason)扮する神様(あるいは天国への案内人だったか)に決められ、ジョーとしての記憶は消されてしまいます。
最後のロッカールームでの場面、マックスが今まで通り「ジョー」と呼びかけますが、「ジョーって誰だい?おれは○○だよ。マックス、疲れてるんじゃないかい」「ジョー....」。マックスの立場に立つと本当に切ない場面でした。

この作品でジャック・ウォーデン氏はアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたそうです。そうでしょう、わたしもジョーではなくマックスにこそ泣かされたのです。
最後にジャック・ウォーデン氏のご冥福をお祈りします。また時折「天国から来たチャンピオン」でお目にかかります。
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パロマ中毒事故:若社長の今後の言動に注目したい
連日報じられているパロマの一酸化炭素中毒事故ですが、本当のところ新聞も詳しく読まずに過ごしていました。
しかし、18日にテレビのニュースで社長の会見を見たことがきっかけで、遅まきながら注目するようになりました。というのは、その会見での社長のある発言に、というより単語といったほうがより正確ですが、引っ掛かるものがあったからです。

それは、いつ最終調査結果をまとめるつもりか、との問いに対し、「早急に進めたい。まずは安全でない可能性のある器具を一日も早く撲滅したい」(岩手日報:パロマ社長の一問一答  湯沸かし器事故で会見)と答えた場面です。

「撲滅」とは何でしょうか。「撲滅」とは、わたしの感覚では、「エイズ撲滅」とか「暴力団撲滅」などで使われてこそ相応しい言葉と認識していましたので、これを聞いて直感的に違和感を覚えました。
この場合、「器具を一日も早く回収したい」とか「修理したい」という言い方でよかったのではないでしょうか。たしかに「撲滅」として「根絶やしにしたい」気持ちを込めたのかもしれませんが。

そしてこのとき社長をみると、まだ若造ではないですか。マイクを持つ映像を最初に見たときは、社長とは思わず、一担当役員――それでも居並ぶ中では突出して若かったが――が説明していると思っていました(中央に座っていながら、むしろ社長を感じさせない何かがあった)。かれが社長とわかってからも、かつてのホリエモンこと堀江貴文のような、ガンガン、バリバリやっているような雰囲気も見えません。それどころか、おどおどしているように見受けられました(その数日前に責任の所在を否定したときはどうだったのでしょうか)。

つまり、わたしが後追いながらこの事件に興味を持ったのは、場違いな「撲滅」を使うような、ボキャブラリが貧弱で、一見してカリスマ性もなさそうな若社長を擁するパロマとは一体どんな会社なのだ、という野次馬感覚からだったのです。

そんなところへ、本日、東京新聞に"一転謝罪パロマ 同族経営のモロさ"が掲載されました。
かの若社長は小林弘明氏、37歳、同族の四代目で「昨年九月に社長に就任したばかり」だそうです。なるほど・・・と、いったところでしょうか。
野次馬としては、次の発言を楽しみに待ちたいところです。
W杯を終えて:テレビはスポーツをバラエティ化し続けるのか
「ドイツW杯 熱狂…尻すぼみ、テレビ“狂騒曲”」(MSN毎日インタラクティブ)を読むにつけ、日本は予選リーグで負けて本当によかった、もし勝ち上がっていれば決勝トーナメント以降のわたしの観戦意欲は著しく削がれたに違いない、と感じさせられた次第です。

この記事は「開幕前から日本代表の活躍をあおり続けたテレビ各局だが、1次リーグ敗退で放送は尻すぼみに。約1カ月間にわたるテレビの“W杯狂騒曲”を振り返った」もので、日本が決勝リーグ進出を果たした暁には、テレビはより大々的な煽りを準備していたことがわかります。
ある民放関係者曰く、「日本が1次リーグを突破すればお祭りっぽい番組をやろうかと考えていたが、初戦のオーストラリア戦でつまずいてしまって、決勝トーナメントの放送内容についてあまり話し合うことがなくなってしまった」と。

それにしても、「決勝トーナメントの放送内容についてあまり話し合うことがなくなっ」たとは何たることでしょうか。テレビにとっては、このイベントがスポーツ扱いされていなかった証左といえるでしょう。かれらのスタンスは、純粋なスポーツ中継というよりも、日本代表や世界のスーパースターの周辺ネタをバラエティー化して膨らませるだけ膨らまし、そこへタレントや御用解説者を適当に配して大騒ぎさせる、さらにかれらにアジらせることで、楽に視聴率を稼ぐ(儲ける)ことだったのです。上の発言はそれを裏付けるものではないでしょうか。

同文中には、決勝トーナメントの視聴率を比較すると、時差において同様の1998年フランス大会を上回る試合が多かったとあり、それに対する放送評論家の言として、「日本代表をめぐるお祭り騒ぎの中で、視聴者は、本物のサッカー文化への理解を深めていった。それが比較的高い視聴率につながったのではないか」とあります。この、スポーツの醍醐味そのものを欲している人たちが相当の割合で存在する、という事実を目の当たりにしても、今後の各種スポーツイベントでのバラエティー化をテレビはきっとやめないでしょう。

毎日新聞7月14日付「万能川柳」は、終了したワールドカップ特集の様相を呈していて、「日本代表礼賛」とは対極にあるもので埋められていました。その中から今日の話題に沿った数句を。

  • 目標はドイツに行こうだったでしょ

  • 4年後もあんなに騒ぐんだろうかね

  • 日本抜けのどかに世界楽しめる

  • 知らぬ間にサムライブルーになっていた
毎日新聞の「ジダン頭突き事件」に関するヘンな論述
本日の毎日新聞社説「視点:ジダン選手」にどうにも腑に落ちないところが...。
該当箇所を含む終盤部を以下に引用します。

準々決勝では試合前、両チームの主将が差別追放の宣言をするなど、FIFAはさまざまな機会をとらえてアピールを続けてきた。

 それにもかかわらず大会の最後の最後に問題は起きてしまった。ジダン選手の頭突きシーンは、ドイツ大会の象徴シーンとして語り継がれるかもしれない。「大成功」と大会を総括したドイツの組織委員会にとっても残念なことに違いない。

 さて、1次リーグで敗退したわが日本代表。ピッチ上の「言葉の暴力」の被害にあうまでには、まだまだ時間がかかりそうだが。

最後の、皮肉で締めた、オチらしき一文なのですが、前後の脈絡がまったくありません。勝ち上がったからこそ浴びせ、浴びせられた「言葉の暴力」だったのだ、と読み取れるのですが、前段で、例えば「決勝トーナメントに入ってから(あるいは準々決勝以降)は『言葉の暴力』が目立った」などという事実(があったとして、それ)を挙げているのならばまだ納得できるのですが、全文を通してもそのような記述は一切ありません。

わたし流に読み解けば、こういうことになります。
「日本代表の試合では差別的な行動や言動はなかった。なぜならこれらは、勝ち上がって、決勝トーナメントというよりシビアな状況下でしのぎを削る者同士であればこそ生まれるものだから。今大会での体たらくを見るかぎり、日本は当分の間あのレベルへは到達できそうもないことがわかった。よって、少なくとも日本人が相手を侮辱したり、相手からヘッドバッドされて大議論を呼ぶような場面に心を砕く必要はなさそうだ。しかし、無理な注文ではあるが、はやく罵り合えるようになってもらいたいものである」

読んでいるものをニヤリとさせるような、ヒネリの効いたものにほど遠いオチを持ってきたこの社説子のセンスの無さよ。
サッカー日本代表:ボーナスはいくら?
7月10日付YOMIURI ONLINE"W杯優勝賞金は23億円、日本にも6億6000万円"によれば

 優勝したイタリアは国際サッカー連盟(FIFA)から2450万スイスフラン(約23億円)の賞金を受け取る。

 賞金額は段階的に差がつけられており、2位のフランスは2250万スイスフラン(約21億1600万円)。3、4位が2150万スイスフラン(約20億2000万円)を受け取る。

 決勝トーナメントに進めなかった日本には700万スイスフラン(約6億6000万円)が分配される。(共同)

とのこと。その後、ボーナス支給も含め、これらの使途に関連する報道には接していません。そういえばトーゴでしたか、ボーナスのことでもめた末、監督の辞任騒ぎにまで発展し、試合へ集中できなかった(?)チームがありましたが、わが日本では上記の分配金をプレーヤ、スタッフなどへ配るのでしょうか。

その問いに答えてくれるものが大会開幕前のZAKZAKにありました。結論からいうと、この内容通りだとすれば「ボーナスはなし」のようです。その記事"マルタ戦凡戦のワケ…日当たった1万円!!"から全文を以下に引用します(アンダーラインは引用者)。

日本代表はW杯前の最終試合となったマルタ戦で、大量得点の期待もむなしくわずか1得点で終わった。それにしても、この時期になぜJ2レベルのマルタ戦だったのか。「絶対に新聞に書いてほしい話がある!」と、そう訴える選手が多い。

期待を一身に背負うジーコジャパン。日本代表の日当は「1日1万5000円」という規定があるが、「違う、違う。1万円だよ。1万円」と、ある選手が告白。

副収入を含め、年間5億円近い収入がある中田英寿はさておき、日本代表の平均年俸は5000万円程度。あるJリーグクラブ幹部は「けがをすれば確かに保険はきいているが、あまりにも代表選手の日当として安すぎる」と話していた。

日本代表のW杯での勝利ボーナスは1試合につき1人100万円。しかし、敗退すればもちろんゼロだ。毎日、ドイツで汗を流しているジーコジャパンが日給1万円で働いているのだ。

一方、マルタ戦では日本で行う日本代表戦より格安とはいえ入場料(平均3500円)を徴収。在留日本人を中心に1万802人の観衆を集めた。また、テレビ放映に関しても通常と同じ放映権料(約1億5000万円)で同試合を発売。民放局が生放送を条件に買い取った。

おかげで日本協会の収入は会場費などを差し引いても、1億円弱。今回の試合をこなしたことで、ジーコジャパンの「特別ボーナス」の原資がしっかり確保できたことになる。

日本サッカー協会・川淵三郎キャプテンは、「とにかくけが人がでなくてよかった。まずはそれをヨシとしなければならない」と控えめに話した。

W杯が近づくにつれ、ジーコジャパンへの注目度は高まるばかり。ただし、選手にとっては、負ければ1日1万円の日当だけでジ・エンドだ。勝ち続ければ、今回のマルタ戦で稼いだ1億円が特別ボーナスに変わる。

選手全員がこの事実を知っているのは当然だろう。マルタ戦は消化不良で終わっても、本大会で頑張らないワケがない。試合内容はいまひとつでも、サッカー協会が行うニンジン作戦の準備は完了した。(夕刊フジ編集委員・久保武司)

ちなみに、2003年7月、日本女子代表が女子ワールドカップ出場を決めた当時の"祝!ワールドカップ出場!"には「日本サッカー協会の川淵会長も、とても嬉しかったらしく、勝利ボーナスを一人20万円のところを30万円と大奮発!」とあり、そのときの気分、いわば首脳陣の腹ひとつで何とでもなる様子がうかがえます。今回も鶴の一声でボーナス支給ということになるかもしれません。
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