I have something to say
わたしが近ごろかんがえていることを徒然なるままに...
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カスタマサービス、「設置しただけ」はNG
(幸いにして実体験はありませんでしたが、以前は--かなり前かもしれないが--対応が悪いといわれていたらしい)Appleのカスタマサービス(コールセンター)に先日アダプタの故障のことで電話しました。結果は、悪いうわさとは全く違っていて好感触でしたよ。たとえば次の点で。

  1. 待たされることもなくオペレータにつながった
  2. さらにフリーダイアル
  3. 話し方・対応も謙虚、こちらの話も十分きいてくれた
  4. 不具合の状況から交換と判断してくれた(しかも無償のケースに合致したようだ)

それほど難問な現象でなかったせいもありますが、こちらがイライラすることもなく無事終了いたしました。「Appleのサービス、優秀ですよ」と、声を大にして言いたいです(最終的に無償だったせいもあり)。

それに比べて、これも最近ですが、あるクレジットカード会社のカスタマサービスのひどかったこと。

  1. フリーダイアルではない(わたしは田舎住まいでセンターはかなり遠方)
  2. 音声ガイダンス「ただいま込み合っておりますので、しばらくお待ちください」
  3. 4~5分経過
  4. 音声ガイダンス「大変込み合っておりますので、このまましばらくお待ちいただくか、後日あらためてお電話をおかけください」
  5. いったん切り時間をおいて再度かけなおしたが、またしても上記2.~4.

おおいにアタマにきました(当所の目的が達せられないばかりか、電話料金を無駄にした)。これではカスタマサービスの体をなしていません。もう世間では当たり前のことかもしれませんが、「カスタマサービスの体制の良否がその後その会社に対する印象や行動にかなり影響を与える」ことを身をもって感じた、そんな2つの事例でした。企業側も肝に銘じていただきたいです。
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Liverpool win the Champions League
昨夜というより今日未明に、ヨーロッパチャンピオンズリーグの決勝(ACミラン-リバプール)がおこなわれたようです。わたしもWOWOW放送当時は見ていたのですが、いまは放映権がCSに移り見られなくなりました。勝ち上がりの情報はおもに新聞紙上で知るのみで、決勝カードも魅力的なチーム同士だとは思っていましたが、決勝のスケジュールなどすっかりわすれていました(知っていればBBCのインターネットラジオで生中継を聞くことも可能だったのですが)。
ゲームそのものは劇的なものだったようです。前半3-0でミランリード。ふつうならばもう「決まり」でしょう。しかし、ハーフタイムでの監督の鼓舞と選手交代が功を奏して後半「5分間に3発」で同点に追いつきました。延長戦はミランが支配し、とくに終了3分まえにはシェフチェンコ(Andriy Shevchenko)のヘディングが決定的だったのですがセーブされたようです。PK戦ではリバプールのキーパー・デューデック(Jerzy Dudek)の活躍によりPK3-2でリバプール21年ぶりの優勝がきまったとのことです。
おめでとうリバプール、Paul、Ringo(?)

劇的・奇跡といえば1999年でしたか、マンチェスターU-バイエルンミュンヘンの決勝戦もロスタイムでの同点・逆転弾(ManU優勝)というすごいゲームでした。
個人的な希望としては、つぎはW杯でイングランドの優勝をみたいものです。

冒頭の放映権ですが、WOWOWは開局当初からスポーツ中継に力を入れてきましたが、パーフェクTVがあらわれて以来「おいしい」コンテンツの争奪戦にやぶれ撤退することが多くなりました(セリエA、ブンデスリーガ、NHL)。わたしも最近は月額料金ほどはWOWOWをみていないような気がしますが、CSへの移行もなかなか思い切れないでいるところです。
サッカーW杯の切符、日本逃しても我まったく落胆せず
FIFAワールドカップのアジア最終予選がまもなく大詰めを迎えようとしています。ここで日本が出場を逃したとしても、わたしはあまりガッカリはしません。むしろ出ないほうがじっくり観戦(むろんTVでですが)できるとおもっています。ここ2大会連続出場の際のメディア(とくにTV)、にわかファンなどの「から騒ぎ」にはほとほとうんざりさせられました。わたしはサッカーの熱心なファンではありませんし、Jリーグもほとんど見ていませんが、W杯は1978年のアルゼンチン大会以来腰を据えてみてきました。そのなかで前回の2002年日韓大会は最悪の大会であったと感じています。その理由としては以下のようなことです。

  1. ゲーム全体の質(審判の能力も含め)が低かった
  2. ホスト国日本・韓国はサッカー後進国であった
  3. ヨーロッパでのレギュラーシーズン終了後、W杯までの期間が短かかった
  4. 梅雨の時期の開催となった

2.はサッカーの実力においては当然のことながら、サッカー文化がまだ根付いていない、という意味においてです。そのため盛り上がりもいまひとつでした。
また3.4.はプレーヤがベストな状態でのぞめない原因となり、それが1.につながったといえるでしょう。

なにか日本は出場できて当たり前のような雰囲気ができてはいないでしょうか。そして出場が決まれば「本大会では予選リーグ突破はもちろん、今度はベスト4だ」などと戯言があふれることになります。へんな理屈ですが、そろそろ「出場をのがすことがある」ことを思いだすべきです。あのフランスでさえ1998年自国開催(そして優勝)のまえ2大会には出場できずにもがいていたのです。

もし出場が決まった場合TVにいいたいのは、日本を実力以上に評価して無理に期待をあおった番組やタレントを使ってはしゃいだりすることなく、純粋なスポーツファンのために単純に「スポーツ中継」に徹してほしい、ということです。なにもむずかしいことはありません。日本が出ていなかったときの「姿勢」にもどせばよいだけですから。
この際、中国を「北朝鮮の大なるもの」と呼んでよいか
昨日、中国の呉儀副首相が小泉首相との会談を突然キャンセルして帰国しました。同日の日本経団連の昼食会には参加しながらも、という多分に皮肉とも受け取れる「ジャブ」を打ちながら。
読売onlineはこの背景を以下のように伝えています。

中国指導部は、経済発展に極めて重要な日中関係の改善を望んでいる。しかし、靖国問題では、先月激しい反日デモにまで発展した強い反日世論の圧力を前に、強硬姿勢を崩せない状況にあると見られる。
中国は、いま呉副首相が小泉首相に会えば、小泉首相が「参拝継続」を言明したままでも、首脳級の相互訪問が可能との「誤ったシグナル」を日本側に送る恐れがあると見ている模様だ。それ以上に、自国民に「弱腰」の印象を与えかねない。党内外の対日強硬派から指導部の責任を追及する声も上がりかねない。

中国も国内を鎮めるのにたいへんのようです。日本ではもはや見られないであろう、高度な権謀術数がうずまく世界ならではの一場面ではないでしょうか。ここには、相手への礼を最優先に考える(とイメージされた)中国はもはやなくなったようです。4月の反日デモで海外メディアからの批判をうけたもかかわらず、またこんな非礼を全世界へさらしています。「恥」より「国内鎮撫」優先という感覚なのでしょうか。

われわれほとんどの一般人にとって「戦争」「紛争」というのはテレビで見る他国のことであり、身近に起こるとは考えたことがありません(=平和ボケ)。しかし、このさき日中間の関係が悪化の一途をたどって、たとえば中国が尖閣諸島の支配に軍事的な動きを見せる、などということは考えておいてもよいのではないでしょうか。
先日NHK-BSで「フォークランド紛争」を振りかえったドキュメントがありました。当時の諸々の状況は措くとして、イギリス・サッチャー首相の断固とした武力突入への決断は毅然としたものでした。このさき日本が開戦の決断をする場面はない(はず)ですが、政治家にはなにか別のことで「毅然」とした態度をしめしてほしいものです。
訪中の与党幹事長殿、カンペキよそいき
中国を訪問している自民・公明の幹事長を胡錦濤主席が「謁見」したようですが、映像で見るかぎり、最初の握手の場面に両幹事長のちがいが如実にあらわれていて、おもしろく拝見しました。武部はなんとも田舎もの風の卑屈さ丸出しで「ぺこぺこ」していました(ふだん国内での強面ぶりはどこへといったかんじ)。たいして冬柴、さすがに「特殊な集団」で長年きたえられてきただけに、満面の「似非」笑み(なんか「がきデカ」にみえました)をたたえ両手を添えていました(この辺の「権力者へのすり寄り方」は一朝一夕には会得できますまい、さすがです。会談がはじまると主席のお言葉を一所懸命手帳にメモっていました)。迎える胡錦濤、「我こそは大中華を統べるものなり。なにを土産にもってきた」といった風で「愛想笑い」はなし、「歓迎」の意など表すものか、といったかんじ。しかしこれもまた、衰えたりとはいえ中国共産党で、日本では想像もできないくらいに「きったなく、おっそろしい」であろう権力闘争に勝ち残ったものからすれば、小日本の幹事長に会うなど片腹いたいことかもしれません。

何十年後かに中国は経済規模において日本はおろかアメリカまで抜いて世界一になるとの予測がだされています。アメリカがそういう結果をだまって受け入れるはずがないでしょうから、たとえ首位を譲るとしても、いまの日本に対するように、「経済のうまみはいただきますが国際政治力は骨抜きにします」ということではないでしょうか。あるいは「いやぁ中国さんの成長はすごいです、このままだと世界一です」と、ヨイショ(リップサービス)しているだけかもしれません。あのアメリカが政治・経済の分野での支配権を手放すはずがありません。当然中国分裂のシナリオも研究しているはずです(場合によっては能動的に分裂を仕掛けるか)。しかしそのまえに、不正・搾取をうけた大衆はかならず爆発するという古今東西の事例に照らせば、早晩内乱が中国で勃発するのでは、とわたしは素人なりにかんがえるのです。
先輩現役選手を「さん」付けする解説者
昨日ラジオでジャイアンツ-ホークスの交流戦を床に入りながらラジオで聞いていました。試合そのものは9回裏のホークスの反撃を聞くまえに不覚にも寝入ってしまいました。
今日書くのはそのラジオ放送で気になった点なのですが、今回初めて気づいたことではなく、以前テレビでも見受けられたことです。
昨夜聞いた放送局はニッポン放送で、さきほどホームページでみると解説者は「西村龍次」というかたでした。
わたしがこのかたを例にとるのは、あとで述べる「気になる現象」の代表としてであり、このかた個人を糾弾するのが目的ではありません。(デーブ大久保も同タイプです、たしか)

この日登板の工藤は40歳をこえた大ベテランですが、西村氏は工藤投手を「工藤さん」と「さん」付けの呼称で終始したのです。たいして城島などは「よびすて」です。しばらくわすれていた違和感を思い起こしました。
先輩なので、ふだんは「さん」付けで接しているとしても、放送中の「よびすて」により当人--この場合は工藤--を不快にさせるとは思えないのですが。放送中、先輩に対してシビアな発言は自然に控えることになるでしょう。これは現役選手より年長の解説者を使えば解決するという単純なことではないと思います。先輩後輩の上下関係が公の「放送」にまで影響をあたえていることを考えると、解説者の人選の基準が問題の核心であると考えます。日本のプロ野球放送の解説者は「元プロ選手」であることが必須条件のようです。一種の癒着といえば言い過ぎでしょうか。一方、MLB現地放送では元選手はむしろゲスト待遇であり、解説は「元選手でない」専門家であることが多いと認識しています(監督の条件がメジャー経験有無を問わないのも同様)。いずれにしても、日本プロ球界--日本のスポーツ界全般といえるかもしれませんが--と放送局の関係は硬直化していることはたしかです。プロ球界自身はこれから改革に取りかかろうとしていますが、放送局もこのさいOB頼りから脱却するときではないでしょうか。
MLB中継のえこひいき、どうにもガマンならん
NHKのMLB中継。プレーオフ以外は、日本人が出場する試合しか放送されないわけですが、日本人選手個人とその所属するチームをえこひいきするのをいい加減にやめてもらいたいです。わたしはそういうNHKの偏ったアナウンスや解説に辟易して副音声を聞くようになって久しいです。しかし音声だけではありません。日本人選手に限って、現地放送の映像ではなくNHK専用のカメラがとらえているらしい個人ショットを、守備、ネクストバッターズサークル、ベンチと試合の間じゅう流しています(おそらく「アメリカの放送では日本人選手は毎試合ヌカれる頻度が異常に高い」と勘違いして誇らしく思っているひともおおぜいいることでしょう)。さらに日本人だけ「全打席をふり返ってみましょう」「PitchByPitchをみてみましょう」です(例えばヤンキース-オリオールズ戦ならテハダのも同じように見せろ、といいたい)。どうにかしています。
日本テレビの巨人戦中継のほうがはるかに中立的です。偏向度としてはフジのバレーボール中継での一時の「メグ・カナ」の扱いに近い、というよりあれ以上にかんじられます。
おそらくNHKは「視聴者の意向を忖度」したつもりなのかもしれません。どうもオリンピックやサッカーでの日本戦の中継とおなじような感覚でいるようです。

結論としては、日本人が出場しているとはいえ、

  • NHKは公共放送である
  • 中継の内容が「スポーツ」である
  • しかも個人競技ではない
  • しかも日本対他国の対戦ではない

以上をを考慮すると、あやまりに早く気づいて改めるべきであると、つよくおもいます。
また放送カードも、日本人所属チームでなくとも首位攻防戦・交流戦などの好カードを(深夜帯での録画放送でもよいから)流すなどの工夫もほしいものです
英国議会のソファー
今朝NHK-BSのBBCニュースで目にとまった映像がありました。英国議会の場面で、中央のテーブル(というのか机というのか)をはさんで左右に(たぶん与野党別に)わかれています。党首討論ではこのテーブルを挟んで党首同士が相対するのはよくみる光景です。議員たちはそれぞれ横長のソファーに座っています。きょう見たのは議員が自分の席(ソファー)から立ち上がり、テーブルまで移動するのではなくその場で質問をしていたのです。ほんの数秒間の映像でしたが、異なる2人がそういう形で質問しているのが確認できました。印象としては、日本の予算委委員会のような「質問者」ではなく、任意に質問したようにみえましたがどうなんでしょう。つまらないことに疑問をもちましたが、これをきっかけに英国議会のしくみ(「本家」議会制民主主義)について「むずかしくない」本がないか探そうかとおもいます。

先日このBlogで書いた「天皇制についてすこし考えてみました」ですが、一部補足をいたします。
「現天皇の結婚当時は『貴族階級』が存在していたのではないか。しかし現皇后のご出身正田家はそうだったかはわからない。」という主旨の記述をしました。その数日後、文芸春秋六月号掲載の福田和也氏「結婚の条件 美智子皇后と雅子妃」と題する論文に「正確な」記述がありましたので該当部分の要旨を載せます。

婚礼を按配した小泉信三は「平民からの選択は、ある意味やむなしの選択。元華族・皇族にふさわしい候補者がいなかった。美智子さんのようないいお嬢さんが、庶民と貴族の両方にいたら、貴族を選ぶのが当然でしょう」と語っている。
当時の正田家のようすとして、昭和34年婦人公論には「子供たちはホームコンサートをして遊んでおります」とある。テニス・ピアノ・チェロなど一般市民には距離感のあるものに触れていて、十分に文化教養的であった。
美智子妃の母上自身も上海ですごした小学生時代を「修道院での英語のおけいこ。海外の日本人として厳格に育てられた。」と語っている。

まあ「当たらずといえども遠からず」でしょうか。「庶民」とはいっても一般市民の生活形態からははなれ、「貴族」寄りの家風だったようですから。
「女性専用車両」からこの国をかんがえる
首都圏では痴漢対策として、「女性専用車両」の運行を私鉄や地下鉄も始めたようです。「女性専用車両の導入は、それだけ痴漢が多いことの裏返しであり恥ずかしいことである」といった主旨の論評もみうけられました。それとは少し観点をかえた「論壇」の外国人(欧州)の意見を興味深く読みました。<痴漢防止策、女性専用車両運行>

以下、無断で引用すると

(前略)
パリやロンドン等ヨーロッパの大都会でも、朝夕などの通勤時には、多少の混雑は見られますが、日本のラッシュアワーとは比べものになりません。 人を押し退けて乗る必要はないのですから。
(中略)
(引用者註:日本の)交通機関も、人口の過密度に対応して精いっぱいの努力で電車の運行スケジュールを組んでいます。 それぞれが、数分間隔で、秒刻みの緻密な運行管理を行なっているというのです。 それも、総ては、とにかく大都会へという、地方から大都市圏への人口移動が集中し過ぎていることに、諸要因があるということでしょうか。
ヨーロッパ各国では、政治、経済・産業、文化等の社会機能の適正な地方分権、分散化を図ることによって、国内の人口の偏在を極力防ぎ、調和のある都市計画に力を入れています。 日本がこうした問題の解決に、中、長期の政策を策定、実施しない限り、明快な回答は用意されないでしょう。
(後略)

「模倣」で近代の社会機能基盤をつくった日本と、数百年をかけてじぶんたちで制度を確立したヨーロッパでは根本的に土台の堅牢さがちがうのだとおもいます。日本・中国をはじめアジアで顕著なことですが、景観を無視して高層ビルを乱立させ、そうした未来都市的な姿を自慢しています(だが一歩裏道に入ると貧弱な住宅群)。しかしヨーロッパはその対極にあります。この一例をみただけでも、日本がいくら経済規模ではGDP第2位の国であるとはいっても、やはりヨーロッパの成熟度にはかなわない、と思わせられます。

関連して首都機能移転のことを思い出しました。いまでは実質「しりすぼみ」「たなあげ」といっていい状態だとおもいます。
今調べたところによると平成2年の「国会等の移転に関する決議」 では『二十一世紀にふさわしい政治・行政機能を確立するため、国会及び政府機能の移転を行うべきである』と謳われていましたが、平成12年「国会等の移転に関する決議」では『移転先候補地の絞り込みを行い、二年を目途にその結論を得ることができるよう、政府その他の関係者の協力を得て、広く国民の意見を聞く措置等により、早急に検討を進めるべきである』となっています。その後2年どころか5年が経過した現在では話題にさえのぼることがありません。バブルがはじけたことも一因なのかもしれませんが、そもそも本気で移転を考えていたのか、数十年先のことであり無責任に「ぶち上げておいた」というかんじもするのですが。
サーチエンジン改善リクエスト(付録「ITを憂う」)
サーチエンジンはgoogleをつかっているのですが、つねづねこんな検索はできないだろうか、とおもっていて、きょうもまた遭遇したのでメモしておきます。

たとえば「きりかえる」をキーワードにするするとき、漢字部分や送り仮名部分の変化をすべて考慮して検索してくれる。
すなわち

  • 切りかえる
  • 切り替える
  • 切り換える
  • 切替える
  • 切換える

を自動的にバックグラウンドでキーワードにくわえてサーチする。
そんなインテリジェントなエンジンをどなたか開発してください。(もしかすると既にありますか)

しかしインターネットのもたらす影響はいまさらながらすさまじいものがあります。大は一国の大衆をまとめて体制をかえるほどの原動力にもなりうれば、小は映画をビデオ屋で借りなくとも「どこかからタダで拾ってきて(?)」鑑賞できてしまいます。

「IT、IT」とこれですべて将来はバラ色のように喧伝されてきましたが、じっさいはどうでしょう。ゲーム・ケイタイ・PCに依存しているひとが増えています。しかも若年時からハマる。これはAさん、Bさんという個人レベルではなく、なにか「日本人」というおおきなくくりでその性質や性格が変化している気がします。もちろん悪い方向へ、亡国の方向へです。
「100年安心の年金改革」は本当に「100年安心」ですよ
「年金制度の抜本的な改革」についての話し合いが停滞したまま、いっこうに前進する気配がみえません。社会保険庁の不祥事とも相まって国民の関心も非常に高い喫緊の問題であるにもかかわらずです。しかし、この一見停滞にみえる現状ですが、じつは「国会の先生たち」はしっかり考えてくれていますよ。

与党自民・公明が2004年に可決した「100年安心の年金改革」は「ごまかしだ」「ウソっぱちだ」とたいへんな反対にさらされたわけですが、豈図らんや、文字通り「100年安心」なのです。少子化傾向は「急激」というより「劇的」に改善されていきます。その兆候ははやければ今年後半あたりから顕著にあらわれてくるはずです。年金制度破綻の最大の要因とされていた「少子化」が解決されれば、みなさんもう安心でしょう?

そのカギは公明党の支持母体にあります。あそこのエラい指導者が、会員のなかで出産能力のある女性に対し「解任」もとい「懐妊」指令をすでに出しています。最低でも厚労省に有利なデータがそろうまで、しかし実際は半永久的に実施されるもようです。あの団体におけるカリスマ性の強さ、結束の固さはみなさんご存知だと思いますし、特別な事情がない限り一人あたり数回の「懐妊」がお言葉として発せられています。もちろん自民党だってだまってはいませんよ。公明党ほどの「強制執行」は無理ですが、まわりにハッパをかけるとともに、Y先生を先頭にまだまだ意気盛んな先生たち自身が「懐妊させる運動」に励まれるようです。(弊害として補欠選挙が頻繁に実施されることになるかもしれませんが、先生たちにすれば年金制度の維持のためであり本望でしょう。くわえて、今後は公明党中心の世の中になりますが、甘んじてうけましょう)

以上、さる筋からの極秘情報ですが、みなさんにはやく安心していただきたいと思い、禁をやぶって報告いたしました。
天皇制についてすこし考えてみました
天皇制の議論が最近とみにかまびすしくなっていますが、皇族の歴史も無視し、一庶民としての感覚のみをたよりに、ひとこと申し上げます。

敗戦後、天皇制の存続は日本国内の混乱を回避するためのGHQの「手段」だったのでしょうが、あの時点で天皇制は廃止すべきであったと考えています。しかし、それは戦争責任をとるためではありません。子孫を残していけなくなるからです。結婚相手が見つけられなくなるということです。しかし、これは今現在にいたってわかったことであり、当時では予測は不可能だったことです。現天皇が皇太子時代の結婚はまだ旧華族・士族など貴族階級の人々が実際に存在していた時代でした(正田家がそれに該当していたかどうかはわかりませんが)。
しかし現在、結婚相手としてそのような階級が存在しているとは、平成以後の天皇家の結婚相手をみるかぎりあまり考えられません。

天皇家以外の宮家の「お年頃」は、マスコミにねらわれる機会が少ないので、あまり「迷惑」を受けずにふつうの恋愛ができるのかもしれません。しかし天皇家の「お年頃」への注目度は別格です。愛子様がもし皇位を継ぐ立場になったら「お相手さがし」はますますたいへんなことになるのではないでしょうか。極端にいうと、庶民は当然のことながら、よい家柄であっても「皇族と結婚したいとはおもっていない」というのが現実ではないかと思うのです。ですから、結局国家的なさる筋からの一種の懇願とも脅しともとれるような方法で決まっていくのではないでしょうか。(願わくは秋篠宮が川島紀子さんをみそめたような結婚であってほしいのですが、それも親王という立場だから可能だったのかもしれません)。

今でも天皇制廃止の議論はあります。しかし、あくまでも少数派であり、これがいつか主流になって国会で提出・可決されるというのは現実的ではないとおもいます。廃止の議論が現実味を帯びてくるのは、皇族側から訴えてくるときではないでしょうか。その理由は「自由が欲しい」とか「国民の税金を受け取るに忍びない」などと勝手に想像しますが、少なくとも「もの言う皇族」が現れたときではないかとおもいます。それが何十年後、何百年後なのかはわかりませんが。そもそもそのころの日本はどうなっているでしょうか。
浮薄をきらう「堅物」とよばれるわたし
「夏子の酒」というドラマがありました。さっき調べたら1994年の作品でした。オリジナルは実話をもとにしたコミックでしたがよいドラマでした。わたし、連続の現代物ドラマはあれ以来見ていないもので、カンなのですが、しっかりした作りのドラマは最近はあまりないのではありませんか。たんなる懐古趣味なのかもしれませんが。

はなしかわって、私のうちにはちいさい子どもも、学校へ通う年頃のものもいないので、それが一因ではありますが、一般の家庭とはかなり異なったTV視聴傾向にあると思います。

例えばある平日の夕方以降の典型例でいうと
17:00 スーパーJチャンネル
18:00 BSふれあいホール
19:00 NHKニュース7
19:30 クローズアップ現代
20:00 ためしてガッテン or [福祉ネットワーク きょうの健康]
20:45 NHK手話ニュース845
21:00 きょうの料理
以上でたいていはTV視聴終了。21時以後の番組、例えば「NHK特集」「たけしのTVタックル」などは録画をして後日20時台や週末にみる、といった具合です。

その他の定例プログラムは
「ようこそ先輩」「NNNドキュメント」「金曜時代劇」「サンプロ」「サザエさん」などで、バラエティや民放(現代)ドラマはまずみることがないといっていいでしょう。
いいわすれましたが、テレビは居間に一台のみです。これももはや希少な例ではないでしょうか。
BBCのウェブサイトをおすすめします(英語は読めなくてもOK)
よくNewYorkTimesやBBCのウェブサイトを覗くのですが、いつになっても日本のニュースサイトは足下にも及びそうにありません。組織としてならばBBCに相当するのは日本ではもちろんNHKですが、ニュース報道としてのサイトの中身は雲泥の差です。NHKは結局番組に関する情報が大半で、ニュースが申しわけ程度にのっているだけですが、BBCのニュースサイトは完全に報道機関のそれで、先日の「中国の反日デモ」や「JR尼崎脱線事故」についても詳細に報じていました(脱線事故では見取り図も早い段階で載っていた)。わたし自身英語に通じているわけではありませんので、辞書(最近の電子辞書ではなく旧式のSONYのDiscman)を引くか、たいていの場合は知っている単語から前後を推測するという「読み方」をしているにすぎませんが。

先ほどみたときは「Slavery in the 21st century(21世紀の奴隷制度)」という特集で、依然として世界では強制労働・人身売買・子供の労働がはびこっていることを取り上げ、ILOのリポートを傍証としながら掘り下げた報告を載せていました。(中国では:強制収容所では毛沢東時代のスローガンを唱えながら行進させられている。弁護士の接見など不可能で、国際赤十字でさえ収容所の中へ入ることはできず、実態は闇の中である。いまだに人権侵害は甚だしい...と書かれていたとおもいます)

NHKと同様に新聞社、放送局のサイトも貧弱なことにかわりはありません。BBCは全世界に網をはっていますので、日本ではほとんど報じられないことを知る機会ともなりえます。内容もさることながら、ホームページの見映えそのものもひじょうに見やすい構成になっています(広告がないということもありますし、関連記事のリンクの配置などうまい)。さらにインターネットラジオも無料で提供しており、その充実ぶりを知れば知るほど、日本でもはやく追いつくところがでてきてほしいと願うものであります。
「そう、蚊がカイい」(宗教団体?)を斬る・・いや斬りたい(弱気)
先日奈良で騒音(またの名:ふとんたたき)おばさんが逮捕されましたよね。逆恨みをされた方のみならず近所中おおいに迷惑をしたと思います。反社会的行為の代償としておばさんは逮捕された、そういえると思います。
はなしが飛躍過ぎるかもしれませんが、あのおばさんの大なるものが「創価学会」--端的に言えば池田大作--だと思います。「悪行」集団であることは間違いなく、かなり一般的に知られていますが、フランスにおいてはカルト団体の指定を受けているのです。おまけに、かれの言動や機関誌の記述の下品さはとても宗教家・宗教団体のものとはいえないものです(さいごにリンクしたホームページでは「宗教家・宗教団体とはいえない」と解説しています)。

週刊新潮をはじめとした学会・池田の正体を暴くキャンペーンがいくどとなくはられているにもかかわらず、かの団体は生きながらえ、いまだに政治をはじめ各種方面へ影響を及ぼしています。おそらく世の中の多くの人にはまだ創価学会の恐ろしさが浸透していないのではないでしょうか。と申しますのは、かくいうわたしも、ここ4~5年インターネットによって創価学会の実態を知り、そのことで雑誌上の関連記事にも目がとまるようになったからです。(それにしても、創価学会って友達同士でも話題にしにくいんですよね。いつどこで学会員に「遭遇」したり、「探知」されたりするかこわくて。この「こわさ」があるから庶民はなかなか大きな声を上げて糾弾できないのかな)

素人考えからすると、まず宗教団体の資格剥奪から簡単に着手できるとおもうのです。いままでに関与した事件・あきらかな謀略体質などから、とても宗教団体とは認められず、よって担当部署が粛々と事務的に指定解除の手続きをとる、というふうに。しかしそうならないのはなぜなのか。そこにはなんらかの政治権力が関与しているのでしょうね。
やはり世論の盛り上がりを期待するしかないのでしょうか。わたしがネットで学会の実態を知ったように、新たに気づいてくれる人が増えてその声がおおきくなることを。

それにしても保身のために創価学会にすがる自民党、これはもう徳川幕府の末期と同じようにどうしようもなく腐り切っています(いちど廃案にされた人権擁護法案=池田保護法案をまたぞろ国会提出しようとしている)。おまけに、頼りにしたい新聞は輪転機を止めたくないので何も言えない、と敵の戦略もさるものです。
いずれ政権交代してもそのなかに創価学会の支援をうける政党はぜったい入っていてほしくない。そうつよく願っています。

今回のことに限らず、世の中、道理が通らないことってまだまだたくさんありますね。
さいごに、「創価学会の実態」について小長井良浩氏が日蓮正宗弁護団長のお立場から理路整然とわかりやすくかかれたホームページを紹介いたします。<被告・池田大作を追いつめた  五年間に及ぶ「宗門戦争」、その驚くべき実態> 1996年の作成ですが、年月は経過しているにもかかわらず現在学会がよい方向へ進んでいないことを逆に証明しています。
日本のプロ野球はますます衰退していくとおもいます
日本のプロ野球、今シーズンから採用された最大の目玉であるところの交流戦がいまさかんに行われていますが、人気回復の起爆剤にはどうもなっていないようです。実施するのが遅すぎました。

BSでMLBを本格的に放送し始めたのが1990年、その後1995年からの野茂の活躍でMLBの魅力に目覚めたひとが急増したことは容易に予測できます。そして多くの人が、金網のない観客席、美しい芝のグランド、鳴り物のない応援、ファールポールはお客にあげる・・・などを見てうらやましく思ったはずです。
このとき、間髪を入れずにメジャーの「マネ」をする球団が1つもあらわれなかったのは残念です。この「ファンのため」という意識改革の絶好の機会に気づかなかったか、気づいていても実施できなかったことをおもうとなさけないです(オリックス時代のイチローの観客へのボール投げ入れはあくまでもかれ個人のパフォーマンスでした)。
その当時、もちろんスポーツ評論家からの改革の提言がありましたし、その志を持ったフロント関係者もいたかもしれません。しかし、なんといってもナベツネ(+ツツミ)に支配された球界では「絶対無理」なことだったのですね(ついでですがヤンキースタジアム・ライトフェンスの読売広告、えげつないですな)。これは日本のプロ野球界にとってたいへん不幸なことでした。自軍(というより自社)の利益しか頭にないのです、ファンのことや球界全体のことなど二の次なのです。

昨年巨悪二人の退場により重しがとれて実現した改革ですが遅かったです。
イチロー・松井級のスターが流出する前からかれらがいなくなっても魅力的なものにしていく対策はなんら施してなかったように思います。
内野席の金網を撤去した球場がいくつかあるようですが、今後もあえて金網のままの球場があるとすればどういう理由でしょうか。もし観客のけがやボールの取り合いを理由にするのなら、訴訟国家アメリカMLBの球場はバックネット以外金網はないのですが。
昨年からのパリーグのプレーオフもひどいものです。6チーム中3チームで実施してどうするんですか、ほんとうになさけないです。
今後もこのような小手先の改革をおこないながら年々衰退していく、そして実力者はますますメジャーを目指す、と勝手に予測しているわたしです。
だれか小泉首相の詭弁を論破してくれ
いままで不思議に思ってきたことですが、なぜ小泉首相の数々の詭弁をだれも論破できずに今日に至ったのでしょうか。
新聞・オピニオン誌などではそのテクニックを解説し、糾弾したものがあるかもしれませんが、少なくとも国会議員が国会の場(本会議や予算委員会など)で直接論破したーもっと直截的に言えばギャフンといわせたーことは一度たりともないのではないでしょうか。
かなりいいところまでは追いつめても、最後には首相の「わたしはそうは思いません」と言うだけで具体的な根拠を示さない、あるいは「考え方はそれぞれあっていいと思います」などの答弁でまんまと逃げられているのです。そして翌日の新聞紙上には「今回も議論は噛み合わなかった」とだけ載り、時間が経過すれば世間からも忘れ去られる、そういったことがずっと続いてきました。

「健全な議論を戦わせる」というにはほど遠い状況です。年金・失業など待ったなしの問題は山積しているのにほんとうに不毛なことです、時間の浪費です。これでは与野党両者の馴合い政治だと言われても仕方がないのではないでしょうか。
われわれ一般国民もいつのまにか馴らされてしまい、憤りからあきらめの気持ちにかわってしまいました。

たしかに主たる責任は小泉首相にあります。茶化したり、人を食ったような発言は相手をあきれさせ戦意を喪失させているようにみえます。しかしそれで片付けられることではありません。これは追いつめる側(野党)のテクニックのなさに起因するのでしょうか、それとも気概といったたぐいの精神論的な問題なのでしょうか。おそらく論難するための研究や専門家からの助言などはあるのでしょうがまったく実を結んでいません。ひとりの論客をも出せない野党は恥を知るべきです。

くわえて海外のメディアはこういう日本の議会の姿を報じているのでしょうか。先進国と言われてはいるが国会での議論の仕方もわからない未熟な国家だ、とすでに「お里が知れている」のではないでしょうか。そういったことを承知の上で(さらにいえばこれ幸いとして)日本という国とお付合いしているのではないでしょうか。わたしの自虐的な妄想でしょうか。

小泉さんの首相在任中にかれの詭弁がかれの目の前で論破されることを切に希望して、きょうはおしまいにします。
NHKニュース、なんかヘン
最近のNHKニュースの質の低下には愕然とせざるを得ませんねえ。
例えば朝・夜7時の定時ニュースですが、特に顕著にあらわれているのがスポーツコーナーです。
ひとことで言うと一握りの選手をアイドル化して極端にスポットライトを当て、本来の勝敗の結果は二の次なのです。

具体例をあげてみます。

その1:女子ゴルフ
宮里藍(加えて最近は横峰さくら)に関しては練習ラウンドからしっかり取り上げている。優勝争いに絡んでいようがいまいが報道は彼女らが中心で、ほぼ必ずインタビュー映像もあり。
他者が優勝した場合はその選手の最後のパットと喜んでいる姿を数秒のみ。

その2:卓球
福原愛以外の選手や大会全体の報道は全くと言っていいほどない。
もうそろそろ彼女のコメントにもウケを計算しているのが垣間見られ、鼻につき始めている。

その3:大相撲
本日の好取組・大一番でもなんでもないのに高見盛の取組は必ず放送。それも毎回「気合い入れ」と取組後の態度(勝ったとき「堂々」、負けたとき「憔悴」)をセットにして。

その4:MLB
上記3例以前からの大偏向報道(日本人選手の成績のみ扱うという点で)。
私は1989年からのMLBファンですが、日本人選手の活躍のみ見たいとは思いません。むしろ中継されないため普段目にしないチームにスーパースターがたくさんいるのです。

以前NHKではこれほど露骨な扱い方ってありました?(もちろんオリンピック開催中などは例外として)
ワイドショー的編集で見せる方向へ転換したのでしょうか。(過日の「ニッポン放送買収問題」を連日トップで扱ったのも同列に論じられるのではないでしょうか。)
お固い(?)7時のニュースが大衆に迎合(=民放化)しているのでしょうか。少なくとも私にはそう感じられます。
さらに言いたいのは、例えば「4月なのに気温が30度をこえた」といった気候や観光地などのヌルいネタで数分無駄にしていますが、そんなもん天気コーナーでさらっとながして、代わりにもっと重要な(とくに海外の)ニュースを扱ってほしいです。
様々な問題発覚後、挽回策の一環なのかもしれませんが、なんか方向が違いませんか。

それに対してNHKラジオのニュース番組は充実しています。朝7-8時台、夜6時台のニュース解説は扱う題材の幅広さ、掘り下げ方においてテレビよりずっと上手(うわて)だと思えることが度々あります。時にはテレビでは絶対見られない批判的主張なども織り込まれることがあるくらいです。

もともと「NHK特集」をはじめとしたドキュメンタリ群には敬意を表すべきものが多々あります。それだけに冒頭の現象が違和感を際立たせているのです。
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