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わたしが近ごろかんがえていることを徒然なるままに...
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食糧・エネルギー不足...他人事ではないのだが
中国で都市化が進んでいるとはいえ、先進国並みの環境が整っているのは沿岸部だけだという話はよく耳にすることです。それにひきかえ大半の農村部は貧困にあえいでいるといいます。それでは中国の現在の体制が存続するか否かにかかわらず、彼らが十分に―仮に昭和40年ごろの日本と同じくらいとしましょうか―食事できるようになったとき全世界の食糧は足りているのでしょうか。対象は中国一国だけではありません。アフリカもそれらに加えるとすればどうでしょうか。それが10年20年、50年先だとして十分に賄えるだけの生産体制が確立しているのでしょうか。中国やアフリカの大地が一大農産地に生まれ変わっているのでしょうか。屋内で水と電灯を使った野菜作りの実験などが紹介されますが大量生産化できているのでしょうか。それともいまの先進国も飢餓に襲われるような状況になっているでしょうか。そうだとすれば、食糧の自給率が著しく低い日本がまっさきにやられているでしょう。(これこそ優先順位の高い政治課題のひとつではないでしょうか)

たまたまいまの恵まれた国に生まれたわれわれのほとんどは「自分が生きている間はだいじょうぶ」とタカをくくっています。「MOTTAINAI」もどこか他人ごとのようです。戦中・戦後のひもじい日々を知る人も年々少なくなっていきます。先日、毎日新聞でコンビニの期限切れ間近の弁当・牛乳などの廃棄がレポートされていました。資本主義下ではある程度の無駄はしようがないとはいえ、これも「貧困と飽食」の後者側にいるからこそいえることです。しかしいまの便利さを捨てざるをえないときがくるかもしれません。

食糧不足に限らずエネルギー枯渇問題も世界レベルの共通課題です。また環境問題では京都議定書が発効されましたが、アメリカは反対のままですし、中国も年々莫大な量の二酸化炭素を排出し続けるでしょう。
いづれ、本当に深刻な状態に至るときがくるでしょう。そのときはもう遅きに失しているのか、自国のみ助かろうと紛争(戦争)がはじまるのか。あるいはその前に人類の英知によって解決できているのかどうか。いま生きているわれわれはもちろん見届けることはできません。
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