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わたしが近ごろかんがえていることを徒然なるままに...
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「野球留学」心情的にはわかるが...
昨日のNHK「クローズアップ現代」で高校野球の越境留学を取り上げていました。この議論になると、必ずでてくるのが、「学校選択の自由ではないか」、「大学進学の越境はどうなのだ」という(主に肯定派の)意見です。そういわれると確かにそうなのですが、なにか感覚的に釈然としないのです。

今夏出場のある代表校はベンチ入りも含めて地元出身者が2名だけだったそうです。
例としては、大阪・兵庫など学校数が多くまた強豪校もひしめいているところでは、自分が入学した学校がかならずしも甲子園出場できるわけではく、それ以前に強豪校に入ってもレギュラーになれるかどうかもわからない。
それならば、県全体のレベルはそれほど高くなく、常連校が数校に固定されているような後進地の有力校に留学することで確率が大幅に高くなる、というのが甲子園出場に絶対的な価値をおく人たちにとってはごく自然な帰結なのでしょう。

A地域で自分は「中の上」だが、B地域へ行けば「最上」に位置できるからそこへ活を求めて行こう。会社経営や商売でもこれはごく自然な動きです。では、野球留学が腑に落ちないのはなぜでしょう。「あの学校の監督にあこがれて」ならばまだしも、そうではなく、「より甲子園に出場しやすいから」という動機が気に入らないのです。しかし、これも基本的には「高校生らしさに反する」という説得力に欠ける感情論と同様で反対の根拠としてはよわいものです。

そのあこがれの甲子園ですが、大会の効率性という観点から見ると、毎年同じ球場一カ所だけで全試合を行うというのは異常な運営方法ではないでしょうか。ウィンブルドンで予選から決勝までをすべてセンターコートで行うようなものです(芝のいたみなど細かい点はこの際問題にしないとして)。
もはや、この祭りあげすぎてしまった「聖地」としての甲子園の価値はかわらないのですから、老朽化などで現球場がなくならないかぎり、今後もこの悪弊のまま続けられていくのでしょう。

高校バスケットではアフリカからの「国際留学」もみられます。結論めいたことを言うと、是非はともかくとして「自由競争社会」なのですから、野球(および他の人気スポーツの)留学の流れはこれからも進む一方でしょう(もし、規則によって禁止の方向に動くようなことがあれば、それはそれで大問題です)。そして結果的に、「オラが地域の学校」という地元との一体感は当然希薄になり、当事者の学校関係者と父兄だけが喜んでいることなるでしょう。

いますでに始まっていますが、日本でのスポーツの王者に君臨していた「野球」は崩壊しつつあります。(ここでいう「野球」はいわゆるbaseballではなく「日本の野球界」を指しています)
ここ20年くらいをみると、ラグビーは注目・人気を落とした最たるものでしょう。野球がいま同じ道をゆっくりですが確実に歩んでいると感じています。
「だから、あまり甲子園、甲子園とがむしゃらになるな」といってもきかないでしょうが。
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