I have something to say
わたしが近ごろかんがえていることを徒然なるままに...
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橋本龍太郎:中国詣の合間に1億円ヤミ献金で大ピンチ
橋本龍太郎センセイ、とんだオマヌケです。
中国からのお招きに応じ嬉々として日中友好7団体を率いての訪中のさなか、振り払っていたはずの火の粉がまた降りかかってきてしまいました。

日歯連の1億円ヤミ献金事件で村岡兼造被告に無罪が言い渡されたのです。それだけでなく、橋本龍太郎の関与に大きく踏み込んだ文言が判決文に盛り込まれていたのです。
曰く、「橋本(龍太郎元首相)は、政治資金規正法違反の罪に問われる可能性は相当高いと考えられ、このことは、橋本が不自然なまでに本件献金に関する事実を記憶していないと証言していることを説明するに足る」というものです。

笑ったのは、あれは中国に到着後の映像だったでしょうか、ぶら下がり記者に歩きながら「村岡さんに無罪判決が出ましたが」とコメントを求められたときのことです。橋本龍太郎にとってこのときの一報が初めて耳にした情報だったのでしょう、「そのとおりであればわたくしはうれしい」と答えました。

かつて派閥をともに取り仕切った仲間が無罪になってうれしいでしょうが、そのぶん疑惑の中心がまたあなたに戻ってきたのですよ。まあ、あの時点ではそれを知る由もない状態での第一声だったのでしょうが。
後刻詳細を知って、気持ちが顔に出やすいあの方のことです、表情がサッと変わった様子が見えるようです。

このピンチの中、胡錦濤国家主席と笑みをたたえて会談しなくてはならない姿が逆に滑稽に見えるはずです。
そして帰国後はまた一転苦虫をつぶした表情で相変わらず「献金は覚えていない」とすっとぼけるのでしょうか。今度は簡単には逃げられないと思いますが。
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麻原裁判:朝日新聞「控訴趣意書提出の遅れは大目に見ろ」
オウム真理教の「教祖」麻原彰晃こと松本智津夫被告の裁判が打ち切られそうになっています。弁護団が昨年8月末の期限までに控訴趣意書を提出しなかったからです。その理由として弁護団は「麻原はもうコワレテいるので裁判は続けられない」と主張していたのですが、実際は公判の引き延ばしが目的だったとみられています。
手続き上のルールを厳格に適用した裁判所によって結果的に目論見が失敗に終ったかたちです。

本日の東京新聞、読売新聞両紙の社説は同様に「控訴趣意書を期限内に提出したうえで、控訴審で松本被告の訴訟能力について争うべきだった」と述べています。弁護団の方針の誤りによって麻原当人からの弁明が全く聞けないまま、裁きの幕が閉じられようとしています。単なる作戦ミスでは済ませられないほどの大きな責任が問いかけられています。

一方、朝日新聞は、事件の重大性・特異性に鑑み少しくらいの提出遅れは勘弁してやれよ、とでも言いたいようです。
へんな例えを交えてこう述べています。

 もちろん裁判所も弁護団も真剣ではある。だが、はたから見ると、「宿題を出せ」「出さない」といがみ合う教師と生徒のようだった。

 生徒は「宿題が的はずれ」と言い張る。教師は「決まりは守れ」と怒りにかられ、生徒を落第処分にしてしまう。生徒はぎりぎりになって宿題を出すと言ったが、手遅れだった。教師の出方を読み間違えたのだろう。

 しかし、ことの核心は、書類の未提出という手続き上の問題ではない。地下鉄や住宅街に劇物や毒物をまいた首謀者として一審で死刑を宣告された人物がいま、訴訟に耐えられる精神状態かどうかの争いが背景にあるのだ。

(中略)

 異議申し立てを審理する裁判官には、控訴趣意書を正面から吟味してもらいたい。趣意書に法律家としての誠意が見られるなら、控訴審を開く方向に軌道を改める余地もあるだろう。

しかし、裁判所での論戦そのものではなく、あくまでも手続き上のミス(それも意図的になされたもの)なのですから、いくら前代未聞の大犯罪であろうとも、そのことを理由にルールを変えるべきではないと思います。
そして、この場合その責はもちろんのこと弁護団に帰するものなのです。
WBCは評価に値せず:絶賛の渦のなか敢えて言う
ようやくWBCの喧噪がおさまったようです。「日本、優勝おめでとう」「すばらしい大会だった」「感動した」等々すさまじいまでの大絶賛のあらしでした。それも日本国内だけの熱狂なのではなく、海外メディアも日本の活躍や大会そのものを高く評価していたのです。

この話題が下火になったところを見計らって、異論を書いておきたいと思います。

運用面での問題を指摘しながらも最後は日本チームを讃える論調が大勢を占めているのですが、どこかでこの流れに逆行する、つまり批判を主とする意見はないものかと様子を見てきました。が、本日までのところ、わたしの目にとまったのは週刊新潮 3月30日号のみです。記事は読んでいませんが見出しから察するにネガティブな内容かなと察せられます。

熱狂「王ジャパン」の冷たい舞台裏
「福留の一発」で消された王監督の「采配ミス連発」
「異様な躁」状態でチームから浮いていた「イチロー」
「熱くない」と豊田泰光氏に批判された「チンタラ選手」
「冷たい視線」を浴びた「松坂と上原」の快投
「長嶋ジャパン」なら出場したという「松井秀喜」

わたしは、世の中にはどうもほとんどいないらしい、批判派のひとりなのです。なにせあの熱狂の中の準決勝、決勝を含め1次リーグから一試合すら見ていません。ニュースのスポーツコーナーでも努めて無視してきたほどの"変わり者"です。

各メディアで「運用面の問題はあるが・・・」と報じられたその「問題」をわたしは大目に見ることのできない"大問題"ととらえており、そのひどさ加減にとても世界一を決定する大会とは認められないのです。したがって個々の試合がどれほどドラマチックに展開していようが好意的に見れなかった、という次第なのです。出場した各国がなぜあの条件を飲んだ(押し切られた)のか全く合点がいきません(まず初回となる大会開催そのものに重きを置いたとしても、あのルールはひどすぎます)。

数ある運用面の問題のうち4つをあげます。これだけで「WBCに価値なし」を論ずるに十分です。

  • 審判団が第三国ではない

  • アジア・北米グループと中南米グループが決勝まで対戦しない。そもそも組み合わせ抽選さえなかった

  • 同率チームの順位付けは失点率によるが、対極の点数である「得点」を無視する論拠はなにか

  • シーズン本番を考慮したピッチャーの投球数制限だが、野球の本質からは大きくはずれるもの

審判の問題はサッカーで証明済みの常識です。また、投球数制限をレギュラーシーズンに適用しようとしたら絶対に受け入れられない愚策であることは明らかです。そんな"へんなルール"を組込んだ大会が正当なものといえるでしょうか。

それからイチローの饒舌ぶりやリーダーシップが話題になりましたが、わたしはこれについても本質は別なところにあるのでは、とみています。

イチローが元マリナーズの長谷川や女子プロゴルフの宮里藍のように英語でマスコミと応対ができるという話は聞いたことがありませんし、通訳なしのインタビュー映像も見たことがありません。ということは英語での意思疎通は十分ではないとみてよいでしょう。日本語では理路整然とした発言をするかれが、英語ではそうできないジレンマがあるのでは、と想像してもそれほど的外れではないと思います。

それが今大会では全員日本語が通じるメンバーで、後輩プレーヤをからかいながら野球ができるという"喜び"(久しく忘れていた体育会のノリ)が感じられたのではないでしょうか。もちろん他の日本人プレーヤとちがい、メジャーリーガとして米本土に引率していく――高慢な意味ではなく、例えば、東京住まいの先輩が田舎の後輩を迎えるような――という意気込みもあったのではないでしょうか。

かれが入団した2001年の地区優勝以来、マリナーズはプレーオフにはとんとご無沙汰です。毎年プレーオフで活躍している松井秀喜や初年度でワールドチャンピオンの一員になった井口が気にならないはずがありません。そんなチームとしての高い目標に飢えたイチローがプレーオフに近い――本音では"似て非なるもの"と自覚しながら――WBC参加へのモチベーションを無理矢理にでも昂め持続させるための手段として、いつになく積極的にマスコミへ応対し、過激ともとれる発言を連発したのではないでしょうか。

それと、巷間かれはクールだとか寡黙などといわれますが、本来は目立つことが好きなのではと思っています。
一例をあげると、2003年だったと思いますが、オールスター最多得票のインタビューで開口一番"Holy cow!"でスタジアム中が大ウケしました。このときの開催地シカゴにもちなんだこの言葉ですが、とっさに出た本来の感嘆詞ではなく当然事前に"練った"ものでしょうし、フィールド以外でもここ一番での存在感を示す気概(つまりは目立ちたいという気持ち)はつよいことが感じられました。

以上をまとめれば、本来イチローは朗らかな明るい奴なのだが、メジャーでは言葉の壁にぶつかり――それでも中南米選手のように発音も文法も気にせず会話するには、クレバーなプレーヤとして通っているだけに尚更、プライドが許さず――ロッカーでも黙々と道具の手入れに励んでいた。そんななか今回国別世界一と銘打つ大会への、それも心置きなく日本語でコミュニケーションがとれるチームでの参加となった。擬似ではあれ久々にプレーオフの感覚が味わえるのもうれしい。
その結果が文春のいう「異様な躁状態」だったのではないか、とわたしなりに分析しています。

最後に、日本は出場を拒否した最初の姿勢を貫くべきでした。しかし結果は"やった者勝ち"となり、MLBとテレビ局はあらたな金のなる木を得てほくそ笑むことになりました。
今後FIFAワールドカップに相当する大会を目指すのなら、まずMLB主導を排し、国際野球連盟(IBAF)が一枚噛む(できれば主催する)ことが肝要だと思います。
しかし、なおいびつなまま第二回大会を迎えたとしても、日本では煽り煽られ再び熱狂することになるとは思いますが。
帯状疱疹:その後の経過
先日の帯状疱疹のその後をメモしておきます。

まず処方された薬の初めての服用後、正確に時間は計っていませんでしたが、少なくとも2時間後にはいままで続いていたヒリヒリ感がなくなっていました。

実は翌朝ヒリヒリ感がまた復活していたのですが、それは前日の夕食後の薬服用以降、次の服用(翌朝食後)までの間隔が長かったので、効き目が持たなかったということだと思います。
その次の朝には同様のことは起こりませんでした。
いまは違和感も含め痛みはほぼ完璧になくなりましたが、まれに帯状疱疹後神経痛という状態に移行し患部に慢性的な痛みが続くことがあるらしいので、処方された薬はなくなるまで飲むつもりです。

発疹のほうは処方された軟膏を塗って4日ほど経過したところですが、腫れも引き赤みもとれてきました。あと1週間も塗っていればおおむね目立たなくなるのでは、と思っています。
「帯状疱疹」に罹ってしまった
「帯状疱疹」という病気に罹ってしまいました。

名前は聞いたことがありましたが、字から受けるイメージ以外、どういう症状なのかは知りませんでした(のちにわかったが雅子妃が罹って一時話題になったらしい)。

まず「帯状疱疹」とはこんな病気です。
メルクマニュアル家庭版, 帯状疱疹 198 章 ウイルスによる感染症
ピックアップ ストレスも原因で起きる「帯状疱疹」 - nikkeibp.jp - 健康

わたしのケースを覚えとして記しておきます。
[「帯状疱疹」に罹ってしまった]の続きを読む
WBC:オーバーヒート気味にみえるのですが
MLB機構としては最悪のWBCファイナルを迎えることになりました。よりによって最もメジャーリーガーが少ない組み合わせ(両チームで日本の二人のみ)になったのですからMLBの思惑まるつぶれです。

運営上の瑕疵が大いにあると報じていた新聞各紙ですが、日本の決勝進出が決まったことを一般紙でさえも一面で取り上げています。ウソくさい大会であることを一方で指摘しながらおかしなことをするものです。そもそもトップにすべきネタなのでしょうか。

この大会の性格としてはプレーオフよりも日米野球に近く、あくまでも"イベント"の域をでるものではない、とわたしは思っていますが、しかし大会がはじまるや、日本では視聴率をとっているようです。
対して現地アメリカでの注目はWBCよりもNCAAバスケットボールトーナメントであり、盛り上がりには欠けているといわれています。

今回キャンプを十分に行えずにシーズンインすることで、ペナントレースにどのような影響がでるか、あるいはでないか。それも次回開催の有無に影響するのではないでしょうか。MLBの有力チームではプレーオフ進出できない理由をWBCに帰するオーナーが出るかもしれません。

いろいろな不公平がいわれるなか、開催国をアメリカ以外にすることはあるのでしょうか。わたしはその可能性はないと思います。治安が心配な南米で?極東という最果ての地で?ヨーロッパでお客呼べるか?
アメリカのスーパースターたちを国外に長期間滞在させるなど考えられません(所属チームが絶対許さないでしょう)。ましてやシーズンを目前にしてです。
これから推せば、開催は常にアメリカとなります。不公平の最たるものです。

もし次大会も開催されるとなった場合、第一回の優勝国がメジャーリーガ輩出の少ない国であれ、MLBの主導が揺るぐことはないでしょう。それに対して日本も結局は強硬な態度をとることもなく参加することになるでしょう(前回優勝もしくは準優勝国としてはなにをおいても参加は当然という世論になるでしょうし)。

ファイナルへ残ったこと(それも大衆うけするドラマチックな経緯で)は果たして日本にとって良かったのか悪かったのか。初めての大会で一定以上の成果を残してしまったことが、今後、大会の本質と参加の意味を改めて論じる雰囲気を結果的に封じることにならなければよいのですが。
PSE法:ビンテージ品解除?あきらかな場当たり的対応
いよいよPSE法に対する経産省の対応が"迷走"状態に突入したようです。
有名ミュージシャンらの声に負けて、まずは「ビンテージ品は除外」というお追従に走りました。

[参考]
ITmedia:PSE法、「ビンテージ品のみ除外」に困惑する中古業者
東京新聞:ビンテージ定義あいまい

ビンテージ品を除外したのは、市場規模が小さく日常生活には影響が少ないからだと見られています。しかし「ビンテージ」そのものの定義・範囲をめぐってごたごたは続くでしょう。まさに場当たり的対応だったことを裏付けるような結果です。

家電などをあつかう業者から「不公平だ」との声が上がるのは至極当然のことです。
廃業には至らなかったとしても、中古店などはすでに買い取りをやめ、施行前に在庫品を"投げ売り"したりして大損しています。

この不公平感はついには訴訟に発展するのではないでしょうか。たとえこの先除外品が拡大され、実質、従来の製品を扱えるようになったとしても、それまでの損害に対する訴訟にもなりそうです。経産省にとっては進んでも退いても地獄が待っているかもしれません。

結局、やる必要のないことをやろうとした末の迷走なのではないでしょうか。
3月10日エントリ「PSE法:目的は中古店をつぶすことか」に載せたこの法の目的・主旨を再掲します。

 立法目的は「電気用品による危険及び障害の発生を防止する」こと――つまり、電化製品の安全性を確保すること、だ。

 ただ、同法施行以前に製造された電化製品も、安全性にそれほど違いはないようだ。経産省の担当者は、「電気安全法は、1962年に制定された『電気用品取締法』を改正した法律だが、両法の安全基準はそれほど変わっていない」と話す。

 旧法と新法の大きな違いは、電化製品の製造・販売に国の認可が必要かどうか。旧法は、製造・販売に国のチェックが入ったが、新法はメーカーが自社でチェックしてPSEマークを添付できるようにし、民間の自由度を高めた。

 つまり、PSEマークがない製品でも、旧法に適合していれば、安全性は国によって担保されていることになる。それでも旧法時代の製品の販売を禁止するのは、「市場にいろいろなマークの製品が混在するのは好ましくない」(経産省)ためだという。

今回のビンテージ品の解除はそもそも「安全性の確保」を無視していませんか。
マークの混在を心配しているようですがわれわれはそこまで見ていません。マークに十分注意を払うことを中古業者に徹底させることで事足れるのではないですか。

この法律をやる必要のないことといいましたが、得をするのは――前も書きましたが――メーカーです。その前提にたてば、もはや製造されていない品をまず対象外としたことも頷けます。
役所はこの法律の「真の目的」の愚を認め、はやく庶民の立場に沿った方向に転回しないとさらなる混乱に陥るでしょう。
量的緩和解除:毎日新聞・論説室のユニークなお説
日銀の量的緩和解除をうけての新聞各紙を初めとしたほとんどの論評は画一的な印象を与えるものでした。金利政策への回帰はおおむね歓迎するもゼロ金利からの脱却には十分に配慮し決して拙速になるな、といったものと理解しています。

そんななか、わたしが目にしたなかではただひとつ、非常にユニークな意見がありました。毎日新聞、玉置和宏氏の論説室"「日銀マジック」の終幕"です。

まず冒頭部分にこうあります。

 その筋の論評によれば「この量的な緩和は危機的なデフレ対策として効果があった」とする。

 経済政策的な意味で効果があったのではない。優れて政治的な意味であったと解すべきである。


そして氏は遡って2001年3月の自説を引いています。当時その時点で、量的緩和は「政治的な意味」しかないことを既に看破し、危惧していたかのようにです。

 01年3月にこの量的緩和策第1号が発表された時筆者は小紙社説にこう書いた。

 「(ゼロ金利への復帰と量的な緩和を)グリーンスパン流の『市場との対話』と言うべきか、それとも『政治との対話』によるものなのだろうか」(01・3・20付) 「新奇な政策にあれこれ飛びつくのはかえって日本経済の狼狽(ろうばい)を露呈するだけである」(同)

 「デフレの原因があたかも日銀の『ゼロ金利からの脱却』にあったかのような政治サイドの立論そのものに、政府のこの『10年の失政』を見る思いがする」(同)


読みを誤った2000年8月のゼロ金利政策解除、そして2001年3月再度の同政策復活、そして量的緩和というながれについては

 量的緩和策は米マサチューセッツ工科大学のクルーグマン教授が3年前(当時)から日本向けに言い出していた。それを「ゼロ金利に再び戻す」という照れ隠しに日銀がそのアイデアを借用したと言っていいのではないか。

といっています。しかし「照れ隠し」というのもすごい表現です。

量的緩和というといつも「日銀がお金をジャブジャブ供給して銀行が借りやすくなる」ときいていましたから、次の一文には驚きました。

最終的には現在の30兆~35兆円まで日銀の門前に日銀券を積んだのだ。だが銀行はそれをほとんど使おうとしなかった。資金需要がなかったからだ。貸し出しが増えたのはごく最近であるがそれは別にこの当座勘定から持ち出したわけではない。不良債権処理が進んで潤沢になった銀行自身のポケットから増やしたものである。

これが正しいなら、氏の結論「経済政策的な意味で効果があったのではない」ことが裏付けられますが、こういう解説は他で見聞きすることがなかったものでした。

とくに最後に示した部分が、他の論評では触れていないものだったので、逆説的に、隠そうとしている"真実"のようにも思えていたのです。

ですが、この玉置和宏氏、"トンデモ"な方だという評判もあるようで...。
まあ、こんな解釈もあるという程度におさえておきましょう。
マリナーズ城島:英語もバッチリ、素早いチームへのとけ込み
USATODAYの"New Mariner handles lingo with aplomb"を読んで、移籍した城島の急速な英語の上達ぶりとチームメートから"かわいがられている"様子がわかりました。
反面、かれの登場でイチローの孤立(孤高)ぶりが増幅されるような雰囲気が行間から読み取れなくもありません。

記事から抜粋してみます。

  • (渡米当初の出来事であろうと思われるが)サインをしてくれとチームメートからペンとボールを渡される。キャップをとると顔にインクがピュー。日本ではポピュラーではないがアメリカではお約束過ぎて誰も引っ掛からないようないたずらの洗礼を受ける

  • 他のいたずらとしては、握手すると電気でしびれる道具を使ったり、ユニフォームを隠したり

  • これらに対し、のちにスキルアップした英語で「来年はこっちの番だ、待ってろよ、今までの分全部お返しするからな」と返している

  • 効果を上げた英会話は、週3回、1回2時間の速成コースによる

  • 外見的にも日本人には見えないといわれている(体格、大きな茶色の目から)

  • メキシコ出身のピッチャーEddie Guardadoとのやりとり。Eddie「最初会ったとき日本人には思えなかったよ。おれと同じメキシコ人だろ。親父さんがメキシコ人か?おふくろさんか?照れないでメキシコ人だといえよ」、城島「あれ、あなたエディー?ほんとに?テレビでみた太ったメキシコ人に似てるんだけど」

  • マリナーズのチェアマンHoward Lincolnのコメント「城島はマリナーズの歴史上でも人気者のひとりになるかも。たしかにイチローの時のインパクトはない。イチローほどフィールドで自信に満ちたプレーヤは見たことがない。しかし、イチローは非常に寡黙な奴だが、城島はとても人付き合いがいいし感情表現豊かだ。ファンはそういった彼の性格や熱意、喜びを素直に表す姿に好感を持っている」

  • 日本では釣り雑誌のカバーに載るようなプロ級の釣りマニアである

  • ベテランピッチャーJamie Moyerのコメント「朝二人で打ち合わせをしたとき日本語通訳は呼ばなかった。その後のピッチング練習でかれが内容を理解していたことが証明された」

  • 急速に英語力がついたとはいえ、まだまだ障害はある。対戦チームの打者についての知識がないためスカウティングレポートやピッチャーの助言を当てにしなくてはならない。またピッチャーがマウンド上でスラング混じりでべらべらしゃべるときもある

  • それに対して城島「みんながその種の悪い言葉を教えてくれてる最中だから大丈夫」。またスペイン語を母国語とする4人の投手陣については「今年で英語をマスターする。そして来年はスペイン語に挑戦してみる」

ホークス時代すでにチームリーダーの一翼を担っていたはずですから、もともと人に好かれる性格だったのでしょう。
イチローのようにすぐ全米級の人気プレーヤに、というのは難しいかもしれませんが、少なくとも地元シアトルではイチロー人気を脅かすような存在になるのは間違いないようです。
珍説:WBCはイラク派遣のベースボール版である
WBCのセカンドラウンド、日本ーアメリカ戦で審判の判定ミスがあったようです。8回表日本の攻撃、犠牲フライで三塁走者が還ってリードを奪ったと思った直後、三塁走者のタッチアップが早いとのアメリカのアピールが認められたプレーです。

WBCにはさほど関心がありませんので日本の敗戦自体にはとくにいうべきことはありません。ただ、こういうミスジャッジが大会中に多かれ少なかれいくつか生じるのは仕方がないという前提に立つならば、運営方法にはおおいに疑問を抱かざるをえません。

MLB自身のプレーオフではなく国別対抗と銘打った大会なのですから(とはいえ、実質MLBに牛耳られているのだが)、審判団は対戦当事者以外とするのが最低限必要なことではなかったでしょうか。

アメリカチームの監督のアピールをうけてアメリカ人の主審が判定を覆す、そういった疑惑をよぶ環境はまず排除しておくべきではなかったでしょうか。その後リプレー映像が何を示しているか、審判のスキルはどうか、ということとは別の大前提としてです。

しかし、WBCの眼目そのものがMLBのマーケティングの世界戦略にあるわけですから、彼らにすれば誤審の10や20は大したことではない、それ打ち消してくれるようなプレーを見せてくれればいいのだ、といったところでしょう。まずは世界の耳目を集めるべく派手にイベントを打ち上げることこそが最大の目的だったのでしょう。

アメリカチームの優勝にもあまりこだわりがないのではと想像します。優勝は南米のチームであってかまわない、と。ただメジャーリーガーの絶対数が少ない日本や韓国が勝ち進むことは歓迎しないでしょう。
「このエキサイティングなゲームを演出するプレーヤたちの活躍が見られるのは世界最高峰のリーグ、MLBです」これがWBCを通じて世界(の野球が盛んでない地域)へ訴えたい最大のことなのですから、MLBに所属するプレーヤが少ない日本や韓国に勝ち進んでもらっても意味がないのです。

MLB機構にすればWBCは映画の予告編であり、本編は引き続き始まるレギュラーシーズンをどうぞ、ということです。
日本側もMLBのその戦略はわかっているはずです。「世界一」を目指すなどといった戯れ言でマスコミ・テレビは煽って便乗し、一方日本のプロ野球機構も自国リーグ活性につながればという淡い期待で、不利な条件下にあるのを承知の上で「参加させてもらっている」ということではないでしょうか。

日本にとってWBCはイラク派遣のベースボール版である、という解釈はどうでしょうか。
「ダーウィンの悪夢」:「ダーウィンの箱庭」は遥か彼方
3月11日、NHK-BS2"BS世界のドキュメンタリー"「ダーウィンの悪夢」をみました。
概要はNHKのホームページから引用します。

人口約3500万人のうち200万人あまりが食糧不足に苦しむといわれるアフリカ・タンザニア共和国。その北部に広がる世界第3位の湖・ビクトリア湖からは連日、白身魚ナイルパーチの切り身が冷凍食材としてヨーロッパ・日本にむけ大型ジェット輸送機で輸出されている。しかし、この食料輸出は一部の人を潤すだけで飢餓・貧困・HIV感染のまん延・武力紛争の続発といったアフリカのかかえる問題を解決する糸口になっていない。魚の加工工場と空港がある湖畔の町・ムワンベにカメラを据え工場主・漁師・輸送機パイロット・ストリートチルドレンなどさまざまな人々を見つめることでアフリカの構造的な貧困問題を浮き彫りにする。

この番組での印象的な場面のことを記しておきます。

[その1]
孤児たちが十人くらいいたでしょうか、なにか食べ物を火にかけています。先頭に立って調理をしていた背が高い最も年長と思われる少年がまず自分の分を確保します。回りを小さい子らが「はやくこっちにもおくれよ」といった風情で手を出そうとしています。少年が器を持って移動すると子どもらもついてきます。少年が放るように器から手をはなすと子どもらが一斉に殺到します。まさに、えさに群がるピラニアのごとくです。あっという間に器は空になり、運悪くありつけなかった者がでます。「オレにもすこしよこせよ」「いやだよ」...そこからお決まりのケンカ、そして手に握られていたなけなしの食事は両者のどちらの腹に入ることなく地面にばらまかれることになります。おおいなる無駄です。体力と食べ物両方の。リーダーが存在するのに、順番に並んで分ければ食べ物も無駄にならず各人に行き渡る、という知恵さえないことに悲しくなります。原始時代もかくや、と思わせられ場面でした。しかしながら、反面、自分たちの周辺を取材しているカメラという文明機器は認識している(であろう)というギャップをどう理解すればいいのでしょうか(極論すれば、カメラも理解できないくらい原始的であれば整合性があるのだが、という意味で)。
魚を詰める発泡スチロールを溶かして嗅ぐ子どもたちをみるのもやるせないものでした。

[その2]
上記、輸出用の魚の切り身以外の「アラ」は地元の最貧民層の重要な食料源として安く払い下げられていました。トラックいっぱいに積まれたアラは、地面に投げ捨てられるようにおいていかれます。その土まみれになったアラを住民はまず干すようです。劣悪な環境でした。足下はぬかるんでおり、魚にも虫がわいています。腐敗から発生するのでしょうか、あるいは発酵時なのでしょうか、ある女性はアンモニアは非常に目に悪いといい、現にその女性の片目はつぶれていました(適切な治療もなくえぐりとったような傷跡でした)。

自分たちの食料にも事欠くのに先進国へ魚を売り、先進国からは武器を輸入しそれで内戦を繰り返す。アフリカはいまだに搾取し放題の地であるようです。

アフリカに限らず、また食料品に限らず、「○○産(製)」のラベルの商品はこうした犠牲の上に成りたっているのかもしれません。われわれはほとんどあたりまえのように手にしていますが、しっぺ返しをくうときがいつかくるかもしれないと思わされました。
PSE法:目的は中古店をつぶすことか
「リサイクル店ではPSEマークがない商品を売ることはできず、これでは廃業だ」といったコメントに代表される「電気用品安全法」の施行がおおいに議論を呼んでいます。
わたしもずっと斜め読みするのみでしっかり理解していなかったのですが、どうもあまり出来のよくない法律であることがわかってきました。

わかりやすかった以下のITmediaの記事からまとめてみます。
「名機」が販売禁止に 4月に迫る「電気用品安全法」
廃業する中古店も 広がるPSE法の波紋、集会で訴え

そもそもこの法律の目的はなにかというと

 立法目的は「電気用品による危険及び障害の発生を防止する」こと――つまり、電化製品の安全性を確保すること、だ。

 ただ、同法施行以前に製造された電化製品も、安全性にそれほど違いはないようだ。経産省の担当者は、「電気安全法は、1962年に制定された『電気用品取締法』を改正した法律だが、両法の安全基準はそれほど変わっていない」と話す。

 旧法と新法の大きな違いは、電化製品の製造・販売に国の認可が必要かどうか。旧法は、製造・販売に国のチェックが入ったが、新法はメーカーが自社でチェックしてPSEマークを添付できるようにし、民間の自由度を高めた。

 つまり、PSEマークがない製品でも、旧法に適合していれば、安全性は国によって担保されていることになる。それでも旧法時代の製品の販売を禁止するのは、「市場にいろいろなマークの製品が混在するのは好ましくない」(経産省)ためだという。

ということらしいのです。
「いろいろなマークの製品が混在するのは好ましくない」理由は「PSEマーク付き製品とそうでない製品が混在すると、消費者は『どれが安全なのか』と迷うかもしれない」からだそうです。この法律をあえて実施する言い訳としては弱いように思えるのですが。
はたして悪行ではない特定の職種を廃業・縮小に追い込むほど強力に推進する必要があるのでしょうか。

また、問題点・矛盾点の代表的なものは次のとおりです。
[PSE法:目的は中古店をつぶすことか]の続きを読む
「Game of Shadows」:ボンズまたも大ピンチ
シーズンインを間近に控えたMLBでまた薬物問題が再燃しているようです。一時、大いに疑惑がもたれていたボンズ(Barry Bons)やジアンビ(Jason Giambi)などがBALCOスキャンダルに関連して証言をしていました(2003年12月のことらしいのですが、そんなに前でしたか)が、MLBは総力をあげて調査することもなく知らないうちに立ち消えになった印象がありました(その後ドラックテストは強化されたようだが)。

それが今週、アメリカで"Game of Shadows"というBondsのステロイド使用を暴く本の抜粋(本体発売は3月27日発売)がSports Illustrated誌に載ったことで、WBCの騒ぎどころではないような様相を呈しています。

New York Timesの"Jealousy Led Bonds to Steroids, Authors Say"から一部をまとめてみます。

  • 薬物使用のきっかけは1998年のホームラン新記録をSammy Sosaと争い勝利したMark McGwireへの嫉妬から。このホームラン争いの"騒動"で自分の存在がかすんでしまったことで頭にきていた
  • このときMcGwireが勝ったのは「白人だから("They're just letting him do it because he's a white boy,")」であり、負けたSosaについては「(MLBがラテンアメリカ人に)勝たせるわけがない("they'll never let him win.")」とガールフレンドに話す
  • この本の出版によりコミッショナーBud Seligはこの問題についてBondsと話し合うことを余儀なくされるだろう
  • もし書かれていることが事実ならば、Bondsが打ち立てた伝説的な記録(2001年、McGwireを超えた年間73本のHRも含め)がそのまま記録として残るかあやうい
  • Seligはこれらの記録についても詳しく調査することを求められるだろう
  • この暴露記事がWBCのアジアプール以外の開幕日に当たったため、選手たちは自国のために張り切っていたのに、Bondsに関する質問で腰を折られることになった
  • 1999年シーズン、SFへビジターでSt. Louis Cardinalsが来ていたとき、McGwireへの殺到を避けるためバッティングケージの回りをロープを張って群衆を制限していた。それをみたBondsは非常に腹を立てた。ここはホームグラウンドなのに「おれの家じゃないな("not in my house")」
  • 1999年シーズンを迎える頃には体重が210パウンドから225へ(15パウンド=約6.8kg)。春のキャンプでは別人のような体格のBondsのことを「超人ハルク」と呼んだ

本編が発売されればこれ以上のことが詳細に書かれていることは想像に難くありません。組織としてのMLBも矢面に立たされるでしょう。
最悪このままBonds引退ということにもあり得ると思います。ステロイド使用前までの実績だけで将来の殿堂入りは間違いなかったのに、何故、という記事も見かけられました。実際、彼の殿堂入りは微妙なものになりそうです。しかし激しい闘争心やスーパースターとしての誇りが自分以外にスポットライトが当たることをどうしても許すことができなかった、という気持ちもわからないではありません。

あえてだとは思いますが、開幕に合わせてきたこの本の発刊はWBCの余韻もシーズンインの華やかさも一気に吹っ飛ばすことになるかもしれません。
元ツインズ、カービー・パケットを悼む
元Minnesota Twinsで2001年に殿堂入りしている名プレーヤ、カービー・パケット(Kirby Puckett)が亡くなってしまいました。1996年の緑内障による早い引退も衝撃的でしたが、今回さらに悲しい知らせが届いてしまいました。

数日前にあるサイトで、彼が緊急入院したらしいことは知っていましたが、そのときは本文を詳しく読むこともなく、見出しで"stroke"を心臓病と解釈してやり過ごしていましたが、そのまま帰らぬことになろうとは...。 正しくは脳卒中、享年45歳の若さです。

彼の思い出は何といっても1991年のAtlanta Bravesとのワールドシリーズです。歴史に残る壮絶なシリーズでした。このシリーズでのパケットの活躍のハイライトは第6戦延長11回のサヨナラホームランですが、3回表の守備でRon Gantの飛球をフェンス際でジャンプ一番、キャッチしたファインプレーも忘れられません。
BSを付けた年のシリーズでした。録画したテープも残っているはずです。すべてホームチームが勝つ流れだったためNHKのアナウンサーが「Home Sweet Home」を連発していたのを覚えています(ちなみに同じくMinnesotaが'87年St.Louisとのワールドシリーズを制したときもすべてホームチームの勝利で第7戦までいったようです)。

2ちゃんねるなどでは、死亡原因はステロイドの使用ではないかなどと憶測されているようですが、MLB.comの"Twins left to mourn Puckett's death"によると、家系的に心臓病になる傾向があり、かつ親戚でも健康を害して50歳を待たずに亡くなるケースが多かったそうです。ですから引退後かなり太っていったことには警告が発せられていた、とありステロイドのことは全く出ていません。ただ、突然の病気でフィールドを去らざるえなかったことが彼を深く傷付けることになったのではないか、と述べています。

かれのガッツあふれるプレーはもちろんのことですが、社会奉仕にも熱心(Roberto Clemente Award受賞)な人柄で、その容貌や体型からも広く愛されたナイスガイでした。

最後にかれの輝かしい経歴を記し、冥福を祈りたいと思います。
Summary of Accomplishments:
• 10-time All-Star (1986-1995)
• All-Star Game MVP (1993)
• Six-time Gold Glove winner (1986-1989, 1991-1992)
• ALCS Most Valuable Player (1991)
• Five-time Silver Slugger
• Clemente Award winner (1996)
• Batting Title (1989:AVG.339, 1994:112RBI)
Career totals (1984-1995)
G AB H HR RBI SB AVG
1783 7244 2304 207 1085 134 .318
刑事司法:国連勧告を拒否し、韓国にも劣る後進ぶり
昨日放送された朝日テレビのザ・スクープ「検証!日本の刑事司法」をみました。この番組では警察や検察の怠慢や隠蔽体質などが何度も取り上げられてきました。今回は二つの冤罪事件についてそれが"でっち上げられる"に至った密室での取り調べという人権面での後進性を再度訴えるものでした。

このような冤罪を知るたびに思うことですが、無罪を証明するには、犯人に仕立てあげたエネルギーの数倍の労力と時間が―貶められた人にとっても、反証に奔走する人たちにとってもごく当り前の権利として生産的なことや楽しみに使われるべきなのに―浪費されるのです。

最悪なのは数十年の服役後、再審請求でまた十年単位の時間を使い、運よく再審に至ったとしてもさらに数年を経ないと無罪を勝ち取れないという現状です。支援者をふくめた彼らの執念があるからこそなせる業なのでしょう。
番組中の冤罪をかけられたひとも言っていました。誰もが当事者になりうる、と。ある日突然非日常空間へ強引に連れ去られる。そして自分の意志はまったく通じない状況下におかれ、最終的に犯罪者のレッテルを張られる。恐ろしいものです。

対して、罵詈雑言を浴びせ脅迫によって自白調書を"強要"したことが判明した検事には厳重注意のみです(そのまえに時期外れの転勤までさせて"匿って"いた)。当然のごとく犯罪性の追求はなされませんでした。この検事はまもなく退職し、いわゆるヤメ検としてのうのうと弁護士活動をしているようです(ただし番組では顔出しで、インタビューから逃げる姿が放送されましたので、少なからぬマイナスの影響はあるでしょう)。

それにしても、国連からこのような自白の強制をまねく密室での取り調べを改めるよう勧告されながらも、特高の残滓のような制度を改めようとしない根拠は何なのでしょうか。さらに一方では人権においてはるかに遅れているとはいえ、中国などを殊更に非難するのは「目糞鼻糞を笑う」の類ではないでしょうか。
今回の例のような刑事司法の問題は人身売買と併せて日本が軽蔑の目で見られていることなのですが、歴代政府があえて手をつけずに現在に至ったのがなんとも理解できません。

参考になったホームページ「時代後れの刑事司法」によれば、勧告拒否の理由は

  • 取調べが録画・録音されると被疑者は真実を話さない
  • 録画・録音に莫大な費用と手間がかかる

だそうです。これらを人権擁護にまさる理由として挙げること自体が国際世論に対し恥ずかしくないのかと思います。

もし改善を受け入れれば起訴数が明らかに減ることになるのではないでしょうか。それはとりもなおさずでっち上げが減るからでしょう。その事実が白日の下に晒され権威が失墜することこそが恐いのではないでしょうか。

たしかに警察や検察が組織ぐるみの不正を認めることになれば日本はある種のパニックに陥るかも知れません。しかしかれらがまったき正義集団であるというのはもはや神話に過ぎないことをわれわれはすでに知り過ぎる程に知っています。でありながら、組織安泰のためにはそのお題目に縋らざるをえない、国連勧告を振り切ってまで、というのが本当のところではないでしょうか。

真に生まれ変わるためには膿を出し切らなくてはならないのですが、ことは法という民主主義の根幹にかかわることだけに、一筋縄にいかないのは承知しています。他国に顔向けできないほどのこの大悪弊を壊せたならば、小泉首相は郵政改革より数段意味のあることをなしたとして讃えられると思うのです。あとわずかで退陣ですが、動機は功名心でけっこうですから、最後に一仕事やる気はありませんか。
attention:芥川賞受賞作「沖で待つ」の選評は先に読んではダメ
現在発売中の文芸春秋3月号に掲載の第134回芥川賞受賞作、絲山秋子著「沖で待つ」を読みました。読後感をひと言でいえば、恋愛やサブカルチャーではなく一風変わったものを題材にしながらも、清々しさ、爽やかさが残ったということです。一種の友情譚に近いかもしれません。

ただ、この作品を味わう上である決定的な間違いを犯してしまいました。それは、本編の手前の頁におかれた選評を先に読んだことで、作品の重要な鍵となるタネを事前に知ってしまったことです。これを知らずに読めばその"仕掛け"の妙をもっと堪能できたととても悔やんでいます。

それはさておき、この作品で描かれていた、社会人になったときの同期というのは特別なものだったことを思い起こしました。会社という"ムラ"のなかでさらに区別される独特の存在でした。

おなじ同期とはいっても学業や部活動、遊びが中心の学生時代と、仕事すなわち飯の糧がベースにあり、そこへ幅広い年代との接触や酒という小道具が加わる社会人とでは一線を画しておおきな違いがあります。
その同期のメンバーも、男女、ときには高卒・専門学校卒・大卒が入り乱れ(大卒はなどはさらに年齢のばらつきがあったりする)ながらも不思議な連帯感があったことを思いだします。

そこから転勤・結婚・転職などで別れを余儀なくされるわけですが、この「同期の一体感」は個人的にはそのひとにとっての"最初の"入社――それもやはり春の入社がふさわしい――で「同期」になった仲間内でしか味わえないように思えます。
転職によって中途入社したとき同日に入社したひとがいて、その後協力しながら仕事をしたとしても、そのひとを「同期」と呼べる感覚はほとんど持てないでしょう。

作品のなかの職種は違いますが、仕事の失敗の慰め合いやくだらないギャグのやり取りなど、ずっとながいあいだ意識から消えていた同期の連中との思い出が蘇ってきました。小品ながらも久しぶりに佳作に出会えたひとときでした。
おなかに30センチの器具忘れる:またあの病院かい
「30センチのヘラ、体内に置き忘れ…慈恵医大青戸病院」というYOMIURI ONLINEの記事。まったくひどいものです。

一部を引用します。

 同病院の手術の基準では、腹部を縫合する際、使用した器具がそろっているかどうかを2~3回確認することになっているが、執刀医は、縫合作業に入る前に1度確認しただけで、ヘラの使用後は確認を怠っていた。また、手術後、手術補助員がヘラが足りないことに気付き、器具の管理担当の看護師に指摘したが、看護師は思い込みで「初めからなかったのでは」と答え、そのままになった。
 女性患者が翌日、違和感を申し出て、レントゲン検査で発覚し、再手術した。

置き忘れたのが、てのひら大程度の器具(ならば言い訳になるということではないが)どころの話ではないのです。素人からすると、30cmというと相当に"長尺"といっていい長さに思われます。記事内にいう、最終的に「初めからなかったのでは」で済ました感覚が信じられません。

「この病院って、あのときの..」と思い、調べてみるとやはりそうでした。
2002年、未熟な3人の医師がベテラン医師のサポートもない状態で「腹腔鏡手術」を"敢行"し、患者を死に至らしめ、その後逮捕された、あの医療事故と同じ病院です。

「腹腔鏡手術をやってみたかった」という空恐ろしい理由で、人ひとりが犠牲になったのです。上層部の責任・管理体制も問題になったはずです。にもかかわらず、大事には至らなかったものの、今回の再度のミスです。

この病院には、再度いいますが「初めからなかったのでは」という発言が象徴する、なにか構造的な欠陥がいまだに是正されずに残っているように感じられます。'02年の事故については一過性の形ばかりの反省や改革で済ませていたのではないでしょうか。どうも、ひとりひとりの意識は改まってはいなかったことを結果的に露呈することになったようです。
さようなら、「警部マクロード」
今日の新聞でアメリカ俳優デニス・ウィーバーの死を知りました。YOMIURI ONLINEでの記事の全文は以下の通りです。

AP通信によると、米俳優デニス・ウィーバー氏が24日、がんによる合併症のためコロラド州の自宅で死去。81歳。

 1970年代に日本でも放映されたテレビドラマ「警部マクロード」では、ニューヨークの街で馬に乗って活躍する型破りな警部を演じ人気を集めた。スピルバーグ監督の映画「激突!」にも主演した。

 環境問題や貧困対策に取り組み、ロサンゼルスで貧しい人に食事を提供する活動などに携わった。

さすがにLos Angels Timesでは「Dennis Weaver, 81; Star of 'Gunsmoke,' 'McCloud' Also Was Environmental Activist」として長文の関連記事が掲載されていました。

かれは多くの場合、無名時代のスピルバーグが監督したテレビ映画「激突!」(日本では劇場公開)での、徐々に増幅される恐怖に怯える主人公の名演がまず語られがちです。が、個人的には「激突!」よりもNHKで放映されていた「警部マクロード」がまず頭にうかぶのです。大都会ニューヨークをウェスタンスタイルで身を固め馬を駆る、あの印象的な対照ぶりがです。

当時は「刑事コロンボ」全盛の時代であり、(ストックがなくなって)終了を迎えたときはがっかりしたものです(米現地で後続シリーズがあるなどその当時は知り得ず)。「警部マクロード」が果たしてコロンボの"最初の"終了直後の後継番組だったかは覚えていませんが、いずれにしても期待せずに見始めたのを覚えています(そして結果的に見続けた)。

上記LA Timesのよれば、当時NBCではコロンボ、マクロード、"McMillan and Wife"(「署長マクミラン」のことか)などをシリーズ化して同じ時間枠を順繰りに回していたらしいのですが、NHKもそれに準じた放映になっていたのかもしれません(マクロードもコロンボのように何回かシリーズ毎にわけて放映されていたかも記憶なし)。

あのころ、ビデオもBS放送もない時代、NHKは本当に良質の海外ドラマを紹介してくれました。これら"警察もの"や、さらに忘れ得ない「大草原の小さな家」など。権利関係の問題があるのかもしれませんが、また放映してもらえないものでしょうか。

最後に、デニス・ウィーバー氏のご冥福をお祈り致します。
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