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わたしが近ごろかんがえていることを徒然なるままに...
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新庄引退表明:NHKラジオは落語を中断までして速報
昨日(18日)夜8時半過ぎ、聴くともなくラジオをつけていました。合わせていたのはNHK第一、演芸番組の落語がかかっていました。
するとそこにスタジオのアナウンサーの声がかぶさってきました。

「番組の途中ですが、日本ハムの新庄剛志選手が、今夜東京ドームで行われたオリックス戦で」
ここまで耳にして、次の言葉が発せられるまでの一瞬のあいだに「死んだのだな」とわたしは直感的に思いました。
新庄が病気であるとも入院しているともきいていませんでしたので、試合最中に死んだのだろうか、脳溢血かなにかだろうか・・・そういう考えが瞬間的にあたまの中を駆け巡りました。
続くアナウンスはこうでした。
「今シーズン限りでの引退を明らかにしました」

落語を遮ってまで速報すべき内容のニュースでしょうか。
これを、地震情報や天候の警報発令、事故による道路閉鎖のときに流す緊急性のあるニュースと同等のものと判断したNHKの責任者の思考をおおいに疑いたくなります。

この後に続く10時のニュース(ラジオ)では、ヘッドラインで耐震強度偽装や光市母子殺人事件の裁判などを並べたあと、本編のトップニュースはこの"新庄引退表明"でした。いつもの"目立ちたがり精神"満載の引退表明の肉声(今朝、ヒーローインタビュー時のものと知る)を流し、彼の1990年のドラフト選出から始まり阪神タイガース、大リーグ(3シーズンも過ごしたのですね)と経由してきたプロフィールを紹介していました。

今回のこのNHKの一連の扱いはとてもまともなものとは思えません。あくまでスポーツコーナーで扱うニュースのひとつであり、ラフに言えば「せいぜいその程度のネタ」でしかないでしょう。

最近よく目につくのですが、NHKはまたもニュースの軽重を著しく誤って判断した、その一例だったと思います。
ラジオとはいえ新庄引退表明を速報するとは、かえすがえすも異常な出来事ではないでしょうか。落語ファンも怒っていることでしょう。
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朝まで生テレビ:田原総一朗の「難聴」を憂う
田原総一朗が仕切る月一の「朝まで生テレビ」。放送開始が1987年だそうですからかなりの長寿番組です。この番組に限らず、田原の発言の老害ぶりが最近とみにいわれていますが、その意見に一部賛成しながらも、この番組は大抵見ています。録画してですが。
しかし、前から気になっていた田原の仕草さ(というのか?)があります。

同じく田原が司会をつとめる「サンデープロジェクト」では対談者はすぐ目の前にいます。かたや「朝生」では田原が座っている対面(といめん)、あるいは大抵は奥の方に位置する宮崎哲弥のあたり、つまり田原から一番はなれているパネリストまでどれくらいあるでしょうか。7~8mほどでしょうか。

自分からは遠いパネリストの発言(のとくに冒頭部分)が田原には聞き取れないのでしょう、しばしば「えっ?」と聞き返すのです。したがって発言者はもう一度頭から言い直さざるを得ず、そこで一旦流れがとぎれてしまいスムーズさが失われてしまうのです。そのことで、少なくともわたしは、生理的な不快感を覚えるのです。この「えっ?」が一夜で4~5回ではすまないほど頻発しているのです。

聞き返される対象としてはレギュラークラスではなく(かれらは出演回数の多さから自然に田原のクセを知り、明瞭な発声に改めた?)、比較的声量の小さいひと(とはいえ放送上の音声をわれわれは難なく聞き取っている)、傾向としては女性が多いように思われます。

例えば

  • 田原:では、○○さん、どうぞ
  • ○○:雇用が増えたといいますが、じっ(「実際は」と言いかけたところ)
  • 田原:えっ?
  • ○○:雇用が、雇用が増えたといいますが、実際は...

といった具合です。

スタジオには学生など観客をいれていますからスピーカが配置されているはずです。にもかかわらず田原にはよく聞き取れないことがあるようなのです。
もちろん氏も老齢ですから聴力が衰えているであろうことは容易に想像がつくのですが、手元に小型のスピーカを置くなりイヤホンを装着するなりしてモニターすることはそれほどの手間ではないと思います(まさかそれを既に施しての「えっ?」ではないでしょう)。

あの「えっ?」がどれほどスムーズな進行の妨げになっているか、スタッフは気付いていないのでしょうか。わたしのように気に障ると感じている人はあまりいないのかもしれませんが。
いずれにしても今月末の放送ではまた「えっ?」が聞けることでしょう。
朝日新聞が名人戦を毎日新聞からM&A?
将棋の第64期名人戦がたけなわのいま、主催が現在の毎日新聞から朝日新聞へ移行?という事態が"勃発"しています。

日本将棋連盟は12日棋士会を開き、平成19年度に予選が行われる第66期名人戦から上記のとおり主催社を移行するとした案を提示したそうです。
その際の様子をSankei Webは"毎日「名人戦守ります」朝日と交代 将棋連盟に撤回要求"で「『慎重に進めてほしい』などの意見が出たが、強い反対はなかった」と報じています。対してMSN毎日インタラクティブ"名人戦主催を毎日から朝日に移す提案 日本将棋連盟"では「『理事会だけで進めていいのか。手続き上の問題もある』『もっと時間をかけてやるべきだ』との声が上がるなど、決定に対する異論も出た」という表現になります。死守したい当事者としては当然ともいえる論調ですが。

この名人戦の主催は過去にも毎日・朝日両社の間で行き来した歴史があるようです。

  • 1935年 :東京日日新聞(現・毎日新聞社)が創設
  • 1950年~:朝日新聞主催
  • 1977年~:毎日新聞主催

産経でも指摘していた毎日新聞の"「毎日の名人戦」守ります"――編集局長名による異例ともいえる声明文ですが――を読むと正論を述べているように感じられます。

将棋連盟のいう主催社移行の理由は契約金のアップによる(俗にいえばカネに目が眩んでの)ものなのですが、以下に引用する毎日の主張はその非を突いています。

 毎日新聞は将棋連盟と名人戦の契約書を交わしていて、これには来年度以降も契約を継続する、と明記しています。ただし書きで「著しい状況の変化などで変更の提案がある場合は両者で協議する」となっています。

 「著しい状況の変化」とは、たとえば将棋連盟から棋士が大量脱退して経営が立ち行かなくなったとか、毎日新聞が契約金を払えなくなった場合を意味し、他社の新契約金提示などの介入はそれには相当しないというべきでしょう。

また朝日の非道義的な態度についての主張にもうなずけるものがあります。

 30年前、朝日新聞と連盟の契約交渉が決裂しました。この時は、連盟がそれを公表したことを受け、毎日新聞は復帰交渉に入ることをあらかじめ朝日新聞に通告したうえで連盟と契約しました。毎日新聞はきちんと手順を踏んだのです。

 ところが今回の契約解消通知は、私たちにとりまさに寝耳に水でした。将棋連盟から契約金の値上げなど契約の変更要請は一切なく、朝日新聞からはいまだに何の連絡もありません。長年、共同で事業を営んできて、しかもその運営には何の不満もなかったパートナーに対して、社会通念上も許されない行為と言えるでしょう。

M&Aの変わり種ともいえる今回の争奪戦ですが、部数の増加や企業イメージに少なからず寄与するとはいえ、基本は文化面での支援なのであり、非情さで押す企業買収とは自ずから別のものであるはずです。
ましてや、カネにものをいわせて買収、拡大したライブドアを非難しなかった新聞社はなかったはずですが、もし毎日新聞の言い分が事実だとすれば、朝日新聞はその自らの主張にもとることになるのではないでしょうか。
イタリア:なぜいままでベルルスコーニは支持されたのか
イタリア総選挙は非ベルルスコーニ勢力、中道左派勢力「連合」の勝利によって政権交代がなされそうです。とはいえ現与党は再集計を要求しており、最終結果まではいま少し時間がかかりそうですが。

このベルルスコーニといえば、「メディア支配」「汚職」などネガティブなイメージがまず思い浮かぶのですが、なぜ長期政権(第1期:1994年4~12月 第2期:2001年6月~2006年4月?)が可能だったのでしょうか。

前回2001年の伊総選挙を控えた時期、英エコノミスト誌はべ氏が脱税や汚職の疑惑を抱えた「首相不適格者」であるとして厳しく糾弾したそうです。
そのときの模様を「日本発地球メディア"World Reader"」というホームページが"イタリア国民を敵に回した?英「エコノミスト」誌 "で氏が握っている権力を含めてわかりやすく解説してくれていました。

これによれば、なんでもありの様相を呈しています。ひどいものです。「べ氏への疑惑を調査していた検事が一転して氏の弁護士に」「自身への会計虚偽申告容疑に対し、政権獲得後、会計虚偽の非犯罪化の立法を提唱」等々。

最大の疑問、こんな"汚い野郎"なのになぜ首相の地位にとどまることができたのか。イタリア国民はなぜそれを許していたのか。それについて上記ホームページではこう答えています。

  • ベルスコーニ氏は、普通のビジネスマンがやっていることをやや要領良く、かつ大規模にやっただけだ。そうしないと何も機能しないイタリーでは、仕方のないことである

  • すでにイタリーで最も高額所得者(世界でも14番目)のベルスコーニ氏は、今さら貧しい国民を欺くことはなかろう。むしろ、彼の、立身出世のノウハウを是非政治に生かして、我々もあやからせてほしい。手段がどうでも、生活がよくなればそれで構わない。これができるのは今、イタリアで彼だけである


先ほど40年間逃亡していたマフィアの大ボスがシチリアで捕まったとのニュース"'Top Mafia boss' caught in Italy"が入っていましたが、べ氏敗北となにか連動したものなのでしょうか。

そういえば先日(4月8日)の毎日新聞にイタリアについての興味深い記事が載っていました。題して"イタリア・表層と実像の落差 ユーロ後、露呈する困難"
普段われわれが抱いているポジティブな面だけの国ではないことがわかります。全文を引用して載せておきます。
[イタリア:なぜいままでベルルスコーニは支持されたのか]の続きを読む
映画「私は死にたくない」をみて
3月上旬にNHK-BSで放映時に録画してまだ見ずにいた映画「私は死にたくない( I Want to Live! )」を見ました。確たる証拠はないのに、かつての前科によって殺人事件の共犯者に仕立てられ死刑に処せられ女性、彼女の手記による実話に基づいた作品です。

わたしにとって初見のこの映画は1958年の作品なのですが、以前に観て衝撃を受けたずっと後年(1985年)の作品「デッドマン・ウォーキング(Deadman Walking)」を思いださせました。

両作品の主人公はともに死刑を宣告され、その執行の場面が詳細に描かれていました。もっとも「私は~」では冤罪であり、「デッドマン~」では間違いなく凶悪犯という確固たる相違点はあるのですが、執行を目前にした生への執念と諦観、そして死の恐怖(死より執行行為そのものへの恐怖というべきか)がないまぜになった心のうちが痛々しく感じられるほど2作品ではリアルに描写されていました。もしかすると後発の「デッドマン~」は「私は~」を研究したのかもしれません。

両作品とも執行寸前まで再審請求や執行延期または中止の嘆願がなされます。その間死刑囚である主人公は一縷の望みを持ちながら待つのですが最後にはそれも叶わず、まさにその間翻弄されるわけですが、頭が狂いそうになるとはこういう状況をさすのではないでしょうか。

そして死刑執行の詳細な描写はドキュメンタリータッチです。

「デッドマン~」では、薬物注射によるものでした。事前におむつを穿かせたのは筋肉を弛緩させる薬物だからでしょうか。死刑囚が横たえられた隣の部屋には(ガラス越しだったか?)執行を見守る人たちがいます。多くは犠牲者の遺族ではなかったでしょうか。かれらに対し、死に臨む主人公は最後の許しを乞います。そして、執行官がボタンを押すと複数の薬物が電機仕掛けの注射器から注入され・・・うろ覚えですがそんな場面だったと思います。

一方、「私は~」はガス室(カプセルといったほうが近いか)での執行でした。何かの液体(事前の場面で「硫酸」と書かれた瓶をいじっていたいたのでそれか)に布でひとまとめにされた卵大の物質(「なんとかegg」と書かれた缶から取り出していたが額面どおりの生卵ではなさそう)数個が外からのレバーの操作によって投入されると化学反応で毒性の物質が気化する、という仕掛けでした。ここでもカプセルの回りに立会人というか、証人と言うか、人だかりしていますが、遺族という感じではなく、その多くは記者のように見えました。

その後「私は死にたくない」について少し調べてみました。以下はおもにこのホームページから得た情報です。

  • 実際の事件は1953年3月バーバンク(Barbank)で起きた。2年間弁護士らが冤罪を訴えたが、結局1955年6月死刑執行。サン・クエンティ(San Quentin)刑務所のガス室で処刑された最初の女囚となる。映画でも実名だったが、名前はバーバラ・グラハム(Barbara Graham)

  • この作品でアカデミー主演女優賞に輝いたスーザン・ヘイワード(Susan Hayward)だが、出演を決めるまではジョージア州で静かに生活しており、ハリウッドへ戻るつもりはなかったらしい(実質、引退状態だったのか)。結局ヘイワードの主演を熱望していたプロデューサと彼女の夫の説得で受諾に至った

  • プロデューサ、ウォルト・ワグナー(Walt Wagner)は妻で女優のジョーン・ベネット(Joan Bennett)の恋人(つまりは浮気相手)を銃で撃ったことで収監された。これをきっかけに刑務所の不正に関心を持ち1954年"Riot in Cell Block 11"という作品をプロデュースした。同時期にバーバラ・グラハムの手記をもとにした脚本を目にしていた

  • 監督はロバート・ワイズ(Robert Wise)。ガス室の場面を撮影するにあたって、自身がサン・クエンティでの死刑執行の様子を実地でみたようだ

蛇足ですが、映画の冒頭でのジェリー・マリガン(Gerry Mulligan)を始め著名ジャズメンの演奏シーンも興味深いものでした。

最後にこの作品のスタッフを記しておきます。

Producer: Walter Wanger
Director: Robert Wise
Screenplay: Nelson Gidding, Barbara Graham (letters), Don Mankiewicz, Ed Montgomery (articles)
Cinematography: Lionel Lindon
Film Editing: William Hornbeck
Original Music: John Mandel
Principal Cast: Susan Hayward (Barbara Graham), Simon Oakland (Ed Montgomery), Virginia Vincent (Peg), Theodore Bikel (Carl G. G. Palmberg), Wesley Lau (Henry L. Graham).
対北朝鮮:もしかしていま「圧力」キャンペーン中ですか
ここ10日あまり、日本国内での対北朝鮮の動きがやたら目につくように感じられます。


3月23日
原敕晁(ただあき)さん拉致事件で大阪市の中華料理店や在日本朝鮮大阪府商工会などを捜索

4月2~4日
NHKスペシャル「ドキュメント北朝鮮」3夜連続で

4月3日
総務省、朝鮮総連施設の減免の厳正判断を自治体に通知

4月3日
万景峰号、保険更新が遅れで今年最初の入港中止が判明

4月4日
拉致事件被害者・田口八重子さんを題材にした漫画の連載開始


万景峰号の件は向こうの都合によるものとしても、他の4つは受動的ではなく日本側から起こした行動です。この集中度はあたかも同じキャンペーンの一環であるようにみえます、というと少々穿ち過ぎでしょうか。

しかしいままで政府が「対話と圧力」といっていたなかで、前者では時間の引き延ばしに利用されているようにしか見えず、後者については全く手をつけていないとしか感じられなかっただけに、もし国主導のキャンペーンだったとしてもわたしは支持したいと思います。
政府はことさらに「これから圧力をかけます」などと宣言せずとも、このように粛々と行動を起こしていけばいいのです。

ところで「ドキュメント北朝鮮」ですが、広範囲に各国のアーカイブや当事者から取材したようで、その力の入れ具合がうかがえます。昨夜の第2回は(録画して)まだ見ていませんが、第1回の感想をメモしておきます。

ソビエトによって抜擢されたキム・イルソンは当初、後年見慣れたでっぷりとした体躯からは想像できない細身で、カリスマ性も感じられないそこらにいる青年にしか見えませんでした。ソビエトにすればコントロールしやすい傀儡指導者を据えたつもりが、ある時点から制御不能に陥ってしまったのです。

スターリンを批判し個人崇拝を禁じたフルシチョフ――共産圏のトップとしては(西側から見て)マトモな政治家――の再三の警告を振り切って独裁体制を確立した手腕をみるとかなりのやり手ではあったようです。
そのキモは、本家ソビエトもびっくりの「主体思想」による国民の洗脳です(旧ソ連衛星国ではあちこちで民主化運動の火の手があがっているのに、北朝鮮ではいまだにその気配がまったく見られないのはこの洗脳がよほど効いているということでしょうか)。

権力闘争ではお決まりの敵対派閥をハメての粛正はスターリン譲りでしょうか。そして瀬戸際外交の原点と言われている「プエブロ号事件」などをみると見事に米ソを手玉に取っています。近年われわれは息子のキム・ジョンイルの報道にしか接していませんが、父親はその地歩を盤石なものにした元祖だけに、力量においては数段上のようです。

ソビエト共産党の中枢にいた幹部が当時を回顧して嘆息した言葉が印象的でした。「北朝鮮は常に頭痛のタネだった。あのような人たちとは関わりを持たないほうがよい」
わが国に国際的な科学者はいても政治家となるとどうでしょう
ライス米国務長官、ストロー英外相がイラクを電撃訪問した、と報じられています。それに至る経緯は、2005年10月アラバマ州のライスの生家訪問への答礼として今度はストローがリバプールを経て自分の故郷ブラックバーンへライスを招待したというもので、その2日間の滞在後のイラク訪問です。

「電撃」という行動ほど日本の政治家には似合わない、あるいはほど遠いものはないでしょう(小泉訪朝でも「電撃」が使われましたが、実際は記者発表後半月以上を経てからの訪問です)。日本にとっては、自衛隊のスクランブル発進といった軍事的なものを除けば、政治的には"電撃"行動すべき必要性がそもそもないでしょうし、国際世論に自己の存在をアピールするためのパフォーマンスとしてのその種の行動も日本には似合いません。それはなぜかというと、結局日本は経済大国としての存在は非常に重要ではあるが、国際政治を仕切るキー国ではないということを自他ともに認めているからではないでしょうか。

以上の事柄から発して、はたして日本および日本人は政治(国内であれ国際的であれ)に向いた国家、民族なのだろうか、という疑問がわいてきました。

日本には世界的に評価されている医学、科学、建築、企業経営などにおける逸材を過去も現在も輩出しています。反面、わが国は世界をリードする政治家を生んでいるのでしょうか。たしかにその時々の首相がG8に出席していますが、あれは単に"Japan"という席が、経済大国であるという理由で、いつも用意されているからで、そこに座るものが力量ある政治家であることを無条件に保証するものではありません(他国のメンバーについても同様ですが、少なくともその中の二国は今回「電撃訪問」でその影響力を示してしています)。

上であげた世界的に実績を認められた日本人たちには裏付けとなる確固とした成果物があり、それらがそれぞれの国際舞台で評価されるわけですが、それでは政治家のとっての成果物とはなんでしょうか、そしてその検証は何を持ってすればよいのでしょうか。

たとえば同じ議会制民主主義を敷いているイギリスと比較してわが国国会議員の責任や意識および力量はたいして変わらないのか、それとも大きな差がついているのか――どうやって数量化するのか疑問だが――知りたいものです。
また、卑近な例をあげれば、杉村大蔵はかつてのイタリアでのチチョリーナの存在と同列にみておけばよいのでしょうか。

このような疑問に答えてくれる、先人が著わした書籍が存在しているのは間違いないとは思うのですが、いくらインターネットで便利になったとはいえ、自分に適した答えになかなか到達できないのが歯がゆいところです。
とはいえ、国民のレベルが議員のそれに投影される、というよく耳にする結論で断じられて終わり、ということになりそうな気もするのですが。
MLB開幕前夜:今年はA'sの「マネーボール」ぶりをしっかり見る
かなり遅ればせながら、先月の文庫化を機にマイケル・ルイス著「マネーボール(MONEYBALL)」(ランダムハウス講談社)を読みました。
リアルタイムで現地アメリカの話題沸騰ぶりを知って興味をもっていましたし、翻訳版が出たときも早速読みたかったのですが、貧乏性なものでそのうち古書店ででも探そうと思っていましたがそのままになっていました。文庫版の広告を新聞紙上で見て喜んだのは無論ですが、文庫化の予想外の早さにいささか驚いたのもたしかです。

ちなみに日本語版単行本の刊行が2003年3月、文庫版で解説を書いている丸谷才一氏による書評が毎日新聞に載ったのがそれから1年以上経た2004年5月だったようです。

内容は期待に違わず読み応えのあるものでした。カネのない球団だったからこそチャレンジできた手法だったのでしょうし、さらにビリー・ビーン(Billy Beane)という強烈な個性と実行力がなければとても実現できなかったことでしょう。野球の、今までとは異なる側面からの見方を提示されたわけですが、わたしもそれに則した見方を実践してみたいのですが、さすがにデータの分析までの根性はありません。しかし、とくにA's戦はまず出塁というものにこだわっている様子をたしかめるところから始めてみようと思っています。

ところで、2002年オフ、ビリー・ビーンとレッドソックスの契約がサインを残すのみという状況まで進んでいたとは初めて知りました。最終的にそれを翻し"貧乏球団"に戻ったビーンはおよそアメリカ的でない経営者と言わざるをえません。日本のような義理人情の感覚から生じた行動ではないと思いますが、自身のサラリーや球団の規模から言えば、世間からは「もったいないことをして」としてしか見られないことなのです。(その後レッドソックスはビーンのフォロワーといえるセオ・エプスタイン[Theo Epstein]を起用)

本作の数々のエピソードでいとも簡単に触発されてしまった身としてひと言だけ言うとすれば、今シーズンのMLBの見方は(例年どおりの)アンチ・ヤンキースと並行してアスレチックスの応援という2本柱で行こうと決めました。

ここでは文中に登場していたプレーヤ、関係者の何人かの「その後」を記しておきます。

ジェレミー・ブラウン Jeremy Brown
2002年ドラフトで入団した"でぶ"。いまだAtheletics傘下にあるが一度もメジャー経験はないようだ。今シーズンの開幕ロースターにも名前なし

スコット・ハッテバーグ Scott Hatteberg
「第8章 ゴロさばき機械」に登場。今シーズンはフリーエージェントでCincinnati Redsと契約

リカルド・リンコン Ricardo Rincon
「第9章 トレードのからくり」に登場。今シーズンはフリーエージェントでSt. Louis Cardinalsと契約

チャド・ブラッドフォード Chad Bradford
「第10章 サブマリナー誕生」に登場。2005年Boston Redsoxを経て、フリーエージェントの今オフNew York Metsと契約

ケビン・ユーキリス Kevin Youkilis
ここ3年ほどBostonを応援してきた身としてかれはもちろん知っていたが、これほどビーンが欲しがっていたプレーヤだったとは。今年はいよいよレギュラー(ファースト)定着か

ポール・デポデスタ Paul DePodesta
ビリーの右腕(パソコンを駆使してのデータ解析)。2004年LA DodgersのGM就任。2005年シーズン後チーム成績不振で解雇

Athleticsは今回のオフシーズンもお得意の掘り出し物探しに精を出したようですが、最大の出物はあの"The Big Hurt"ことフランク・トーマス(Frank Thomas)でしょうか。1年50万ドルという破格の安値で買いたたいています(ちなみに松井秀喜は4年5,200万ドル!!)。近年は故障続きですっかり音沙汰なしでしたが、心機一転再生なってもう一花咲かせてもらいたいものです。
さあいよいよ開幕です。A's、がんばっていきましょう。
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