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百人斬り:東京高裁、「本当にあったこと」だとさ
先週のことですが、新聞に載ったいわゆる「百人斬り」裁判の記事に目が止まりました。小さい記事でしたし、たとえ気づいても普通であれば内容を読むことなくやり過ごしたかもしれません。しかしたまたま山本七平著「私の中の日本軍」(文春文庫)の読書中だったことで記事に目を通しました(ちなみにはこの本は以前新品で買ったもので、奥付によると1984年8月の第2刷とあります。20年以上を経ての再読ということになります)。

「私の中の日本軍」は戦時中の特異な雰囲気や実情を知る作者の体験から「百人斬り」があり得ないことを詳らかすることが中心に据えられており、非常に説得力に富むものです。戦時中の新聞社及び記者の特権意識もこの事件を生んだ一要因だといっています。そして今(作品発表当時)もそれは存在すると。残念ながら21世紀の現在にも綿々と引き継がれているようです。

「百人斬り」はこの本を読むまでもなく、今では誤報というより虚報ということでその評価はほぼ固まっています。
ところが今回の訴訟での判決は次のようなものになりました。
NIKKEI NET 5月24日付"「百人斬り」報道訴訟、原告側の控訴棄却・東京高裁"から全文を引用します。

 第二次大戦中に中国人の「百人斬(ぎ)り」競争をしたと虚偽を報じられ名誉を傷つけられたとして、旧日本軍の少尉2人の遺族らが朝日、毎日両新聞社とジャーナリストの本多勝一氏に損害賠償などを求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は24日、請求を退けた一審・東京地裁判決を支持、原告側の控訴を棄却した。原告側は上告する方針。

 判決理由で石川善則裁判長は、百人斬りを最初に報道した1937年の東京日日新聞(現・毎日新聞)の記事について「当時の戦闘の実態などに照らし、記事に記載された殺傷数などは信じることができないが、少尉2人が競争した事実自体は否定できず、記事が全くの虚偽とは認められない」と述べた。

被告である毎日、朝日の同日付記事をみてみると、毎日"百人斬り訴訟:東京高裁が原告の控訴棄却、1審判決を支持"は判決内容を淡々と伝えるもので、最後に「当社の主張が認められたものと理解しています」と社長室広報担当のコメントがあります。
一方、朝日も毎日のスタンスと変わりませんが、社としてのコメントはありません。そのかわりタイトルが何かを強く言わんとしているように感じられます。題して"「百人斬り競争」訴訟、二審も本社などが勝訴"

前述のように、いま「百人斬り」を否定する主旨の作品に接している身としてはやや「毒されている」のかも知れませんが、非常に残念な判決です。当時の記事は限りなく「全くの虚偽」に近く、遺族らの名誉は一刻もはやく回復されるべきだと思います。最高裁判決までまた時間を要しますががんばっていただきたいと思います。

はなしは変わりますが、「私の中の日本軍」が単行本として発売されたが昭和50(1975)年11月とあります。連載ものが一冊に纏められたようですので、連載されたのは当然それ以前ということになります。日中国交正常化直後といってよいでしょうか。
わたしが朝日新聞を始めとした媚中メディアの存在を認識したの小林よしのりの「ゴーマニズム宣言」を読んでからですからついこの間のことですが、この作品にはすでにこういう記述があります。

――聞いた話だが、今に日本には「ご注進屋」という人がいて、何かあるとすぐ中国側にご注進して足のひっぱり合いをするそうで、廖承志氏に、わざわざある新聞社系の週刊誌に台湾航空の広告が載っていることを「ご注進」に及んだ者もいるほど徹底しているそうだから、(後略)
(下巻81頁)

その頃からすでにそうだったことがわかりました。
ところでこの廖承志さんとはなにものだったのか。中日友好協会の会長で、東京生まれの東京育ちの方だそうです。ついでながら 人民中国のホームページのココに氏のエピソードが紹介されています。
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ビートルズのリマスタについて知ったこと(続)
前回のエントリ"ビートルズのリマスタについて知ったこと"を書いてから引き続きBeatlesのリマスタ盤(正規、ブートレグ)のことを調べていましたが、新たにわかったことをメモしておきます。


The Millennium Remasters Collection
RMG Recordsの正規販売(既に終了?このキャッシュによりamazon.comでも販売していた形跡確認)。13タイトル17CD。モノ・ステレオ、両方のミックスが存在するものは併録("Abbey Road"、"Let It Be"のみステレオオンリー)。ココでジャケットイメージが見られる(販売もしているようだ)。ソースはマスターテープではなく主に未使用LPらしい(モノ音源は80年初頭発売の"UK MONO BOX SET"、ステレオ音源は"MOBILE FIDELITY BOX SET"から)

FSL盤
"Fabulous Sound Labs"の略。ブートレグとして流通?オリジナルマスターテープをHDCD(High Definition Compatible Digital)方式でマスタリング(ブートならマスターテープどうやって入手?)。組織や活動に関する情報がほとんどなく実体掴めず

Mirror Spock盤
FSLと同様に正体わからず(Dr.Ebbettみたいなエンジニアか)。ブートレグとして流通。ちなみにMirror SpockとはSTARTREKのミスター・スポックのことだがそこに由来する名乗りか

あまり進展なく終ってしまいました。
ところでこの週末、John Lennon"Mind Games"のMFSL盤を聴く機会を得ましたが、手持ちの4枚組"LENNON"(1990年)に収録された同じ曲と比較すると、単に各パートがくっきりしただけでなく厚みがまったく違います。旧録が平べったいのが一目(聴)瞭然でした。
楽曲のよさそのものを味わうことから離れていくので、あまりリマスタ盤にはハマりたくないのですが、こういう実体を知ると魅力を感じざるを得ないのも確かなところです。
ビートルズのリマスタについて知ったこと
あるウェブサイトでBeatlesおよびメンバーがソロになってからのアルバム一覧のなかでタイトルに(DESS)や(MSFL)、(DCC)がついているものをみました。
リマスターCDに詳しい方なら言わずもがなの基本的な知識なのでしょうが、この時点でわたしにはそれらの意味するところはわかりませんでした。

まず、たどりついたのはBeatles(およびソロ)のカタログの現状です。こういうことらしいです。

オリジナル盤("Please Please Me"~"Past Masters"まで、すなわち黒のボックスセット内の15タイトルのこと)
リマスタが行われたのは1987~88。オリジナル2トラックのマスタテープからのリマスタではなさそう。イコライザは貧弱、デジタルサンプリングもじっくり時間がかけられていない。ライナーノーツはひどいし、(Sgt.Pepperを除き)忠実なオリジナルLPのアートワークは再現されていない

リマスタ「赤盤」「青盤」
オリジナル盤よりはよい(余談だが、赤盤は一枚に収まるのにあえてLP時を踏襲しての二枚組なのだろうか)。オリジナル盤でモノだったトラックのうちステレオに置き換わったものがある。イコライザ、ダイナミックレンジとも改善されている

上記正規盤のリマスタについて
Peter MewというAbbey Road Studioのエンジニアによってなされたのだが、ノイズを消すコンピュータシステムそのものに没頭した感がある(おもちゃに夢中になるように)。一例をあげれば、ノイズをとることでエコーも失ってしまい、結果、LPと比較して音の暖かみがなくなった、など

DESS盤
"Dr.Ebbett Sound System"の略。このDr.Ebbettなる人物については後述。UK・US盤(モノ・ステレオ別に)など世に流通する様々なBeatles音源を収集していわば勝手にリマスタし、アンダーグラウンドで流しているものらしい。音は見事な出来で、パッケージも美しい

MFSL、DCC盤
ともに音質が良いとされている24金でコーティングされたCD。MSFLはMobile Fidelity Sound Lab社が、DCCはAudio Fidelity社が発売する"24K Gold Disc"(正規流通品)。オリジナルアートワークにもこだわっている。レコード会社からマスターテープを借り、期間限定のライセンスにより生産が許されている。したがって生産量も限られているため珍重される

ゴールドディスクは他のアーチストのものを見かけたことがありましたが、そのような略称(MFSL、DCC)で語られていることは知りませんでした。

それにしても、正規盤ではいまだ発表されていない(永遠にされない?)アルバム"Get Back"さえも編集し、流通させているDr.Ebbettとは一体何者なのか。
わたしと同じ疑問を持ったひともいるようで、2004年時点のメーリングリスト"How did Dr. Ebbetts do it?"をみつけました。これによるとおよそ次のようです。
[ビートルズのリマスタについて知ったこと]の続きを読む
森鴎外が現首相のことを書いていた!?
数日前にとある古書販売のチェーン店で、日本文学全集の森鴎外の巻を二冊購入しました。昭和42年集英社発刊のもので函付きハードカバーの非常にきれいなものです(子ども向けに買ったはよいが一度も読まずにずっと納屋にあった、というありがちな経緯で古書店に来たのかもしれません)。一冊105円(ちなみに当時の価格は290円)であり、よい買物をしたと思っています。

その一冊をペラペラめくっていたときです。鴎外作品はいくつか読んでいますが、繰っているうちに行き当たった「青年」という作品は読んだことがありませんでした。

冒頭部分で――少しオーバーですが――びっくりしました。
タイトルから記述すると、こう始まるのです。

  青  年

    壱

 小泉純一は芝日陰町の宿屋を出て、東京方眼図を片手に人にうるさく問うて、(後略)

新聞であれ週刊誌であれ「小泉純一」という活字の連なりをみたとき、現代のごく普通の日本人ならばかなりの高率で反射的に「小泉純一郎」のことだと判断するのではないでしょうか。少なくともわたしの場合はそうでしたので、鴎外作品のとっかかりの部分で(勘違いではあるが)同姓同名のこの名を認めたことにいささかの驚きを禁じ得なかったというわけです。

以上、大文豪と大宰相(?)との奇妙なエンカウンターの発見の記録として。
裁判に関する用語の基礎中の基礎
テレビや新聞で頻繁に見聞きする「告発」「告訴」「訴追」など警察への訴えや裁判における様々な用語。意味も違いもわからないまま漠然と聞き流していますが、基本的な手続きや裁判所の判断に関する用語についてこの際簡単にまとめておくことにしました。


告訴
被害者が、加害者を処罰して欲しいと、警察又は検察に要望すること。親告罪(名誉毀損罪・器物損壊罪・強姦罪など)では、告訴がなければ起訴することができない

告発
第三者が、加害者を処罰して欲しいと、警察又は検察に要望すること

上訴
検察官が刑事事件の裁判を提起すること

起訴
検察官が公訴を起こすこと

公訴
検察官が裁判所に起訴状を提出して、犯罪人に対する裁判を求めること

上訴
裁判の判決に不服のとき、上級裁判所に再審を申し出ること。下記の控訴・上告・抗告の三種がある

控訴
第一審の判決に不服のとき、上級裁判所に再審を申し出ること

上告
第二審の判決に不服のとき、上級裁判所に再審を申し出ること

抗告
裁判所の決定や命令に対する不服を、上級裁判所に申し立てること

特別抗告
高等裁判所の決定や命令に対する不服を,憲法解釈の誤りやその他憲法違反を根拠に、決定又は命令をした高等裁判所に申し立てること

免訴
事件の審理をせず、訴訟手続きを打ち切る判決。裁判打ち切り

破棄
上級裁判所が下級裁判所で下した判決を取り消すこと

棄却
訴えを受けた裁判所が、審理をした上で訴えを無効にすること。原告の訴えを認めないこと(原告敗訴)

却下
裁判所が訴えを取り上げずに差し戻すこと。訴えが認められないこと(門前払い)

差戻し
上級審で原判決を取り消した場合に、審理をやり直させるため改めて 控訴審又は第一審に移審させること。「破棄差戻し」とは前審の判決を取消して再度審理を行わせるために事件を前審に送り返すことだが、この場合前審の裁判所は最高裁の判断に拘束され、取消された理由と抵触しないように裁判しなくてはならない

恥ずかしながら、「控訴」と「上告」はともに上級審への再審要求だが、主体が原告か被告かの違いだと今日の今日まで思い続けてきました。
長年の間違った認識が正されただけでも今日の"調査"は意味がありました。
中国:「人口ボーナスの不足で先進国になれず」という説
昨日のNHK「ラジオ夕刊」の特集で、中国は今後先進国になりきれないで高齢化社会を迎える可能性が高い、とゲスト解説者が言っていました。そのなかで「人口ボーナス」という聞き慣れない言葉が使われていて、どうもそれがキーワードのようだったのですが、定義の部分を聞き逃していましたので、あらためて調べてみます。

まず言葉自体の意味はMSN毎日インタラクティブ"ニュースな言葉"によると

 多産多死から少産少死に転換する過程で、子供も老人も少ない時期が現れる。生産年齢人口(15~64歳)が増え、豊富な労働力が供給される。この状態を人口ボーナスと呼ぶ。子供の扶養負担を急低下させることにもつながる。日本の高度経済成長のプラス要因の一つ。現在、出生率・死亡率がともに低下している東南アジア、ラテンアメリカ、南アジアの一部は、21世紀中に開発に有利な人口ボーナスの条件を備える。これに対し生産年齢人口が急速に減り、老年人口(65歳以上)が増える状態が「人口オーナス(重荷)」と表現されることがある。

ということです。

"人口ボーナス論からみた中国の経済発展の軌跡と展望-人口構造変化からみた改革・開放政策の課題- "というホームページの内容が昨日の解説に酷似しています。日本総研のホームページですが、昨日の解説者もシンクタンクの方だったはずです。もしかすると同一人物かもしれません(ホームページ執筆は大泉啓一郎氏)。
無断ですが全文を引用して参考にさせていただきます。

1.中国は改革・開放政策と一人っ子政策により経済発展と人口抑制という開発途上国が抱える二つの課題を克服してきた。本稿では、「人口ボーナス」という考え方を用いて中国の人口構造の変化と経済発展の関係を考察する。人口ボーナスとは、出生率の低下が、労働投入量の増加と貯蓄率の上昇を通じて、経済発展を促進するという考え方である。

2.1971年以降、中国の出生率は低下に向かい、この傾向は一人っ子政策により加速した。2004年の合計特殊出生率は1.7で、人口ピラミッドは35歳から45歳にベビーブーム世代を抱える「つぼ型」になっている。

3.人口ボーナス前半(1980~95年)において中国経済は年平均10.2%という高い成長を実現した。しかし雇用面では、工業部門の発展段階が低かったこと、他方、改革・開放政策のなかで、国有企業や金融制度の改革を先送りしてきたこと、農村と都市間の労働移動を制限したこと、労働集約的な産業よりも資本集約的な産業を優先する工業化政策を遂行してきたことなどから、工業部門は毎年1,000万人を超える新規労働者を十分に吸収することが出来なかった。その結果、多くの若年層は農業部門にとどまった。

4.人口ボーナス期後半(1995年~)に入っても中国経済は減速することなく、高い成長を維持している。生産年齢人口の増加率はすでに低下に向かっているものの、GDP比で40%を超える貯蓄率と外資企業の進出による旺盛な投資が高成長を支えた。工業部門はGDP比で50%を超えているが、労働吸収力は弱く、引き続き労働者の多くは農業部門にとどまったままである。

5.中国の人口ボーナスは2015年頃に終わるが、その時点の一人当たりGDPは3,000ドルに達しない見込みである(ちなみに日本は約27,000ドル)。

6.人口ボーナス後半と人口高齢化においては、高齢者や女性の労働市場への参入促進が経済発展を持続させる重要な政策となるが、中国では女性や高齢者の就業率は低下傾向にあり、とくに都市部でこの傾向が著しい。また農村部にとどまった中高年層、とくにベビーブーム世代が再教育・就業機会にアクセスできない状況を改善しないと、高齢化の進展に伴う負担が増大することになる。今後の人口高齢化の負担を軽減するためには、これらベビーブーム世代を含めた中高年層の人材・能力開発に目を向ける必要がある。

中国は年金のような高齢者の社会保障制度が未整備だが、それ自体今後の大きな問題であるうえに、たとえできたとしてもその予算は莫大なものになるはずである、とも言っていたはずです。
あくまで中国が今の体制で存続するとした場合のお話なのでしょうが。
「標的は11人―モサド暗殺チームの記録」を読んで
以前"ドキュメンタリー映画「ブラック・セプテンバー 五輪テロの真実」をみて"で触れた、スピルバーグ作「ミュンヘン」の原作でもある「標的(ターゲット)は11人―モサド暗殺チームの記録」(新潮文庫)を読み終えました。

前半の、電話やベッドに仕掛けた爆弾を使った作戦はまさにスパイ小説を読むようなスリリングあふれる展開でしたが、やがて彼らも展開に行き詰まると心を病むようになり、ミッションへの疑問も頭をかすめます。そして仲間もひとり、ふたりと...。

ミッション前段の準備工作から実行までの緻密さと、それとは裏腹な大胆さをも合わせ持つ主人公らのチームもさることながら、最も印象に残ったのは作中「ル・グループ」なるヨーロッパ中に網を広げる地下組織でした。

純粋にモサドだけの諜報力と実行力でミッションを遂行していったのだろうという先入観があったのですが、モサド本部からチーム5人への頻繁な助力は下手をすると国家としてのイスラエルの関与が知れ渡ることになるため、接触は最低限に留められていたのでした。そうなると物理的に5人でできることは限られてくるわけで、そこでたどり着いたのが「ル・グループ」でした。「蛇の道は蛇」とはこのことです。この組織が持つ能力の多様さは恐るべきものです。

ヨーロッパの各都市はただの観光都市ではなくエージェントが交差する拠点という印象を強く受けましたが、作中で主人公らが行動した時代からおよそ30年が経過し、加えて冷戦が終わった今でもその様相を呈しているのでしょうか。そして「ル・グループ」のような組織もまた存在するのでしょうか。

冒頭にあげた映画をみて間もなくNHKの『BS世界のドキュメンタリー』で「証言 イスラエル暗殺部隊~“ミュンヘン”への報復(Munich:the Death List、BBC 2006)」という番組を見ましたが、そこにでていたリレハンメルでターゲット筆頭、アリ・ハッサン・サラメ(Ali Hassan Salameh)と勘違いして一市民を誤射したのはこのチームのことかと思いながら読んでいましたが、そうではなく別働隊のことでした。

また同番組でも触れていた、サラメを最終的に"仕留めた"女エージェント、エリカ・メアリー・チェンバース(Erica Mary Chambers)というイギリス人のことが「標的(ターゲット)は11人」のエピローグでも簡単に触れられています。
注釈で、実体は「モサドでも伝説的人物で知られる長身の美人、シルビア・ラファエル(Silvia Rafael)」とあります。
もう少し詳しく調べてみたいところです。
ニュースで暑さを伝えることがそれほど大事だろうか
MSN毎日インタラクティブ"蒸し暑い!:都心で27.8度…8日ぶり晴れも"によると、他の地域でも「▽山梨県大月市30.9度▽さいたま市28.5度▽甲府市28.8度」だったそうです。

テレビも含めて、もう例年といってもよいでしょうが、上記のように「△月で既に□月並みの(高い)気温」と聞いても、こちらはなにかとんでもない異常気候だと危機感を感じることもありませんし、報道する側も危機的なトーンで報道しているのではないようです。
扱いとしては例年の季節の風物詩のひとつで、桜前線などと同様のものでしょう。

その証拠に映像はハンカチを頭のてっぺんにかけたサラリーマン、日傘をさす女性、公園の噴水のある池に入ってはしゃぐ幼児...とパターン化されたものが流されます。「アツい、アツい」と言いながらも、ほとんど深刻さが感じられないニュースです。明暗でいえば明らかに明のイメージが先行した報道です。「いよいよ開放的な夏がやってまいりました」とでも言いたげなユルい雰囲気の。

それに対して、昨年から今年にかけて近年稀に見るほどの大雪だった日本海側では、例えば雪合戦をしたり、雪だるまを作る子どもの映像を流すなどとんでもないほど深刻なものでした。集落が取り残される、家がつぶれる、食料の備えが切れるなど生死に関わる問題でした。もちろん多くの当事者以外の人間にとってはテレビの向こう側の話だったでしょう。しかし、少なくとも暑さを伝えるニュースでの噴水で遊ぶ子どもを見るような、微笑ましさを伴う感情は持てなかったのではないでしょうか。
そこまで深刻な状況ではなくとも、北国で真冬日が続いたらはたして夏の暑さと同程度の頻度で取り上げているでしょうか。そうは思えません。夏ほど象徴的な映像のバラエティーがないからかもしれませんが。

夏本番を迎えると今度は「○日連続の熱帯夜です」「まだまだ寝苦しい夜が続きそうです」というフレーズが連日ニュースで流れるでしょう。これはもはや異常でもなんでもなく(大気の流れを長いスパンで見れば異常なのかもしれないが)、ここ数年大差ないといえるほどの普通の現象になっている(なってしまった)のではないでしょうか。

むろん、水不足や農作物への被害、熱中症での死亡が続出するようであれば注意を喚起する報道が必要なのは言わずもがなです。しかし、そうではなく、連日暑さが続いている、そのことだけにどれほどのニュースバリューがあるでしょう。
扇子を使うサラリーマンやアイスを舐める子どもといった映像を流すくらいならば、その時間をべつのもっと重要なニュースに割いたほうが有効ではないでしょうか。あとはお天気コーナーでサラッとコメントすればよいではないですか。
BBC:生放送で起きたMr.ビーン的ひと間違い
2、3日前に報じられたことですが、BBCで起きたウソのようなホントのお話。
Mr.ビーンでもやりそうな(実際すでにやっていそうな気もする)ひと間違いネタ、それも権威者に間違われるコントを思わせる出来事です。

東京新聞web"人違い素人がニュース解説"より全文を抜粋します。

 【ロンドン=岡安大助】英BBC放送のニュース専門チャンネル「ニュース24」が、裁判のニュース解説に、人違いで関係のない無職の男性を出演させていたことが明らかになった。同チャンネルは男性に謝罪するとともに十六日、男性を再びスタジオへ呼び、視聴者に向け、ことの顛末(てんまつ)を説明した。

 “素人解説”を生放送したのは十二日。同チャンネルはもともと、商標の使用差し止めをめぐる英国のレコード会社アップルと米パソコン大手アップルコンピュータとの訴訟で、アップルが敗訴した背景を探るため、コンピューター専門家のガイ・キューティーさんの出演を予定していた。

 ところが別の男性をスタジオへ招き入れ、司会者が裁判の感想を質問。男性は緊張で顔を引きつらせながら「判決に驚いた」などと話した。

 実はこの男性、BBCの機材などを扱う部門への就職を希望し、受付で面接を待っていたガイ・ゴーマーさん。番組スタッフが「ガイ・キューティーさん」と呼び掛けたのを聞き誤って応じたという。

 番組の司会者は「ガイさんがあまりに緊張しているので、質問は三つだけにした」と話している。

「あまりに緊張してい」た、とありますが実際のやり取りをこのYouTubeのビデオクリップで見ると、確かに緊張している様子なのですが、専門外なはずの質問に答える姿は堂々としたものです。

これを報じた"当人"BBCの記事が" 'wrong Guy' is revealed"というもの。ここでの'wrong Guy'の"guy"は"ナイスガイ"などでも使う「奴(やつ)」であると同時に間違われたガイさんの綴りに掛けたシャレです。
したがってタイトルは「人違いだった」ことと「ガイさんはガイさんでも別のガイさんだった」ことを二重に意味しています。

日本ではBBCに相当するNHKはもとより民放、スポーツ紙、タブロイド紙であってもこんなタイトルをつけただけで批判が殺到するでしょう。
一国を代表する報道機関であっても自身の失敗を(当然度合いにもよるでしょうが)シャレにでき、大衆もそれを許すまでもなく共に笑える文化が英国には根付いているということでしょう。
なにせ王室を人形劇で茶化すことさえできるお国柄ですし。

[参考]
the Mail on Sunday:"Revealed: The identity of the BBC's latest star "
党首討論:やっと小泉攻略の端緒掴むも、遅かりし
昨日の小泉純一郎首相と小沢一郎代表による初の党首討論についての本日付け各紙の論評と若干のわたしの感想を記しておきます。

引用は、毎日新聞、朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞はそれぞれ社説から、東京新聞は「核心『第1R小沢ペース』」からです。

全体的な印象について

[朝日]
首相との議論は深まらなかった。だが、愛国心などの文言にこだわる与党案に対して、教育問題の根本に切り込む民主党、というイメージを打ち出そうとの意図ははっきり伝わってきた。


[読売]
これこそ党首討論にふさわしいテーマだった。だが、時間的な制約もあって、議論の掘り下げが、とても十分とは言えなかったのは残念だ。


[日経]
小沢氏の切り込み不足もあって、45分の持ち時間の大半を割いたせっかくの教育論争は生煮えのまま終わり、物足りなさが残るデビュー戦となった。


[毎日]
従来の討論とは異なり、小泉首相の一方的なペースにはならなかった。
(中略)
この日の討論では、小泉首相が得意とした争点ずらしも見られず、議論がかみ合う場面が目立った。



つぎに「小沢氏はゆっくりとした口調で、小泉首相の考えを引き出すように努めたが、肝心の質問に行き着くまでいたずらに時間をかけすぎた。」(日経)とありますが、わたしはこれにやや異を唱えたいのです。

[東京]
 決して声高になることなく、まるで教え諭すように政治理念を説いた小沢氏。これまでの民主党代表が具体論を持ち出して小泉答弁の矛盾点や問題点を突いたのとは、全く異なる手法だった。
 理論家の小沢氏らしい追及ぶりではあるが、具体論で攻めた菅直人、岡田克也、前原誠司各氏の歴代代表が、首相の「すりかえ答弁」にかわされ続けてきたことも頭の中にあったのだろう。

とあるように、質問者が感情的になればなるほど、茶々を入れれば入れるほど小泉氏の思うツボだったのです(党首討論に限らず予算委員会などでも)。質問者がアツくなってくれれば、対する自分は青筋立てて激昂するもよし、「まあ、そんなに興奮しないで」などと相手を揶揄するもよし、どう転ぼうと結局世間受けするのは小泉氏だったのです。

具体的な例をあげると、昨日小泉氏は「しっかり抱いて、そっとおろして、歩かせる」というお得意の格言頼みの論陣を延々と張っていました。今までの民主党代表であれば「手短に」とか「そんなこと聞いていない」と我慢できずに割って入っていたはずです(それが逆に小泉氏に何か言わせる――たとえば「わたしにも言わせてくれたっていいじゃありませんか」など――絶妙な"助け舟"となり、結果点数を稼がせることになっていたのです)。
ところが小沢氏はだまって喋らせ続けました。"助け舟"が入らなかったためパフォーマンスでのカモフラージュもできず、逆に質問に沿っていないこと、論旨が通っていないことを露呈してはいなかったでしょうか。
これは例えばこう指摘されています。

[東京]
相手が手を振りかざさんばかりに具体論で突っ込んできて、議論が先鋭化すればするほど、巧みにすり抜けてみせた首相だが、理念で攻められると弱いという側面をさらけ出した。

問題を単純化して国民に提示するワンフレーズポリティックスと呼ばれる小泉手法。党首討論はその限界を露呈させた格好だ。


[日経]
小泉首相が家庭教育の重要性を説く中で、子育ての心構えを長々と語るなど冗漫に流れたという印象は否めない。

要は放置することで実体が晒されるという戦法が、いまでの民主党ではとられてこなかったということです。

党首討論のあるべき姿は、確かに見る側には楽しい、従来のケンカ腰や揚げ足取りではなく、真面目に対峙する昨日に近いものではないでしょうか。もちろん語調が激しくなる場合もあるでしょうが、内容がレベルの低いものでなければ心を揺さぶられるかもしれません。またユーモアのセンスに沿った揶揄ならば否定するものではありません。昨日の小沢代表の最冒頭のことば「久しぶりに小泉首相のご指導をいただく機会を得ました」などその好例ではないでしょうか。

小泉政権末期の今になってやっと気づいたのは遅過ぎたのでしょうか。それとも安倍晋三に引き継がれようとする前に気づいてよかったのでしょうか。
明日未明のUEFAチャンピオンズリーグ決勝を前にした小事件
UEFAチャンピオンズリーグ2005/06・ファイナル「バルセロナ-アーセナル」がパリで現地時間5月17日19:45(日本時間18日3:45)に行われます。

両者の激突を直前に控えてちょっとしたゴタゴタがあったようです。BBC New "Linesman ejected from Paris final(線審、決勝戦から「退場」)"によると次のようなことです。

  • ことの始まりは、地元紙に載った、線審を務めるノルウェー人(ちなみにファイナルの審判はすべてノルウェー人)Ole Hermann Borganの写真

  • そのBorganの写真はバルサのシャツ(ユニフォーム?)を着たものだった

  • 新聞社は両チームのシャツを着たところをカメラに納めたかったらしい

  • だが後に、Borganはバルサのシャツしか所持していなかったことがわかった。当然バルサのシャツを着た写真しか撮っていないわけで、結果的にそれが載った

  • 「軽率だった。ただシャツを着てくれといわれただけで、おかれた状況と結果を深刻に考えていなかった。試合で公正にジャッジすることは当然だし、一方のチームに偏ることはない」と弁明するも既に遅し、UEFAは線審の入れ替えを決定した

  • ノルウェー審判団のチーフRune Pedersen:「ルールに明文化はされていないとはいえ、審判は公正を疑われる行動は厳に慎むべきである」

  • アーセナル監督Arsene Wenger(ベンゲル):「わたしは審判を常に信用している。この一件でもその気持ちに変わりはない」

  • バルセロナ監督Frank Rijkaard(ライカールト):「アーセナルは彼にシャツをあげてもう一枚写真を撮ればいい。それでおあいこだ」

幸いへんな方向へ問題化はしなかったようです。
FIFAワールドカップでも主力になるプレーヤにはこのタイミングでの真剣勝負は酷ですが、彼らも手は抜けないでしょう(し、抜くわけはないが)。けがのないことと本番開始までの体力回復を切に祈ります。
いま佐瀬稔のようにスポーツを語れる人はいないのか
昨日は「話題のアンテナ 日本全国8時です」月曜スポーツコーナーのレギュラーゲスト永谷脩氏の"悪口"に終始してしまい、肝心の佐瀬稔氏に触れずじまいでした。

あくまでも本業であるライターとしての著作を読んだわけではなく、副業であるラジオでのコメントを聞いての主観ですが、(前回も言ったように)永谷氏のネタのほとんどがプロ野球であるのに対し、佐瀬氏の場合は月曜スポーツコーナーと銘打つに足る多岐に渡るスポーツを取り上げていました。MLB、NBA等のアメリカのメジャースポーツからボクシング、陸上などにも精通していました。

そして「まず日本人、日本チームの話題が第一」という態度ではなく、国の内外を問わず、個々のアスリート本位に捉えようとした結果でしょうか、話題の対象がワールドスポーツに広がるのは自然の成り行きだったのかもしれません。
ひとことでいえば、15分間に満たない番組の密度が今とは段違いに濃かったのです。内容は非常に蘊蓄(うんちく)に富むものでした。

永谷氏お得意分野の日本のプロ野球に限ってみても、永谷氏はおそらく取材を通じて(元)選手や(元)監督など球界人にガッチリ結びついているからでしょうか、それとも海外のスポーツ経営事情に疎いためでしょうか、日本球界、特に体制への批判的なコメントを耳にすることはほとんどありません。球界全体の巨人頼みの体質、親会社支配の弊害やMLBに見習うべき運営形態、細かい所ではフェンスの金網撤去などファン本位の考え方等々、玉木正之氏に代表される主張を佐瀬氏もしばしば提言していたものです。

今年もそうです(そうでした)が、オリンピック、FIFAワールドカップなど世間の目が集まるビッグイベントが近づくと(もちろん始まってからも)多くの場合日本チーム、日本人プレーヤのことしか語れない――盲目的に日本有利という方向へ無理に誘導したり、「絶対に負けられない」という無意味なフレーズを使ったり――マスコミの風潮のなか、佐瀬氏は広い視野、冷静な態度で、世界との埋めようがない差があれば率直に語っていたような気がします。

と、佐瀬氏を懐古しているといえ、前述のように、わたしがラジオ以外で佐瀬氏の著書を自ら進んで読んだことはありません(Numberなどで知らずに読んではいたかもしれませんが)。
1998年5月、65歳で亡くなったそうですから、存命であればまだまだ活躍していたかもしれません。1998フランス、2000シドニー、2002日韓、2004アテネ、そして今回2006ドイツではどんな話をしてくれたでしょうか。聞けなくてとても残念です。
森本毅郎「日本全国8時です」:月曜日、スポーツコーナー
TBSラジオ朝の「森本毅郎スタンバイ」の中の枠番組「話題のアンテナ 日本全国8時です」を長いこと愛聴しています。

今日月曜はスポーツコーナー。レギュラーゲストは永谷脩氏です。わたしはこの永谷氏のネタの幅の無さに辟易して久しいのですが、いまでは嫌みな態度で氏のコメントに接するようになっています。もし前任者の佐瀬稔氏を知らなければ、あるいは(日本の)プロ野球が大好きであれば、こんな文句は発していなかったでしょう。

永谷氏からプロ野球の話題を引いたら九割方ネタはなくなるといっても過言ではないでしょう。残り一割の大半はゴルフの話題でしょうか。実際、昨年だったか今年に入ってからだったか忘れましたが、番組内で視聴者からプロ野球のネタに偏向していることを指摘するはがきが紹介されました。すると氏は(表情は当然ながら見えないものの)苦笑いしているような雰囲気がこちらに伝わるなかで、それを認め、自分の得意な分野だから仕方がない、といった意味のことを言ったのではなかったでしょうか。

今朝は、今日がFIFAワールドカップへ向けた日本代表発表なのですが、氏も冒頭その話題に触れました。その内容はというと、「サッカーの代表選手は能力の高い順に選ぶのだろうか。その場合補欠選手はチームを盛り上げる役割を果たせるか(ここは氏の反語ように聞こえた)。WBCの場合は控えの宮本がその役を担っていた。王監督もその辺(チームの雰囲気)を考慮して選考していた」といった主旨で、国の代表チームの構成はWBC的であるべきではないか――言葉にはしなかったもののその主張がひしひしと感じられました。この話題で約3分。後半は当然プロ野球交流戦。そして松井の骨折で長嶋元監督が激励の電話をしたこと。トータルして本日のネタのプロ野球依存度95%と判定します。こうしたことは特段めずらしいことではないのですから笑わせられます。

ウィキペディアの氏の項には「元西武ライオンズ監督の東尾修、元横浜ベイスターズ監督の権藤博と親交が深い」とあります。番組でも、昨夜一緒に食事したなどという発言がしばしば聞かれます。それから「プロ野球(特にメジャーリーグ)と大相撲には詳しいが、サッカーの話をしたがらない」ともありますが、前半には首を傾げたくなります。メジャーリーグといっても正しくは"メジャーリーグの日本人プレーヤ"ではないでしょうか。それに大相撲ネタを聞くことはほとんどないのですが本当でしょうか。

これは永谷氏を批判するよりもTBSに言うべきことなのでしょうが、スポーツの曜日なのにほとんどプロ野球の話題に終始しています、ですからかつての佐瀬稔氏級の、スポーツに広汎な興味と知識をもつコメンテータを起用していただきたいものです。

それでもわたしが永谷脩氏のコメントを聞き続けるのは、今日はどんな野球ネタを並べるか、といったアラ探しのためといえます。アラ探しといえば、氏の根拠薄弱な希望的観測開陳時(?)のフレーズ「~という気がして仕様がありません」が大好きです。
「一九七二」を読んで(下)
坪内祐三著「一九七二」を読んだ感想を前回は少し大きく捉え過ぎましたが、個々の事柄のうち特に感慨深かったものについて書いておきます。

まずあらためて1972年の2月だけを見ても次のような凄まじさです。

  • 2日 横井さん帰国(1月24日グアムで救出)

  • 3日 札幌オリンピック開幕(~13日)

  • 17日 連合赤軍の森恒夫と永田洋子、群馬県で逮捕

  • 19日 連合赤軍あさま山荘事件(~28日)

  • 22日 ニクソン訪中

作中、最も引き込まれたのはやはり一連の連合赤軍の記述でした。連合赤軍といえばまず「あさま山荘」ですが、わたしもリアルタイムで見たことは間違いないのです。しかし生中継され続けた(という)映像を夜も見ていたのか覚えていません。果たして当時ドキドキしながら見たものかどうか、回りの大人たちの表情はどうだったのか、記憶はありません。時代を象徴する出来事としてあの映像はその後何度もみることになりましたから、"後付け"されたものなのか当初の記憶なのかわからなくなっています。あとは、総括して埋めた穴が掘り起こされ、中に何人かの遺体跡が白いひも(?)で記されていた映像も印象的に覚えていますが、これも"後付け"かも知れません。

この事件に関するわたしの能動的なアプローチは、機動隊側から描いた佐々淳行著「 連合赤軍『あさま山荘』事件 」を数年前に読んだ程度です。そもそも今回この作品を読むまで赤軍派と革命左派の"連合"であることさえ知りませんでした。"総括"があったことは知っていてもそれに至る経緯も知るところではありませんでした。

著者の、犯人たちの手記、そして当時の刊行物からの絶妙な構成によって、サスペンスを読む感覚で一気に読ませられました(オリジナルは月刊誌での連載ですが「このつづきは次回へ」的ななんとも嫌らしい切り方で、次号が待ち遠しく、読者はある意味イライラしたのではないでしょうか)。

彼らが異常さよりもむしろ普通の若者っぽさを多分に持ち合わせていたことは意外でした。ともに革命を目的としながらも、のちの狂信集団としてのオウム真理教とは趣を異にしていたのでは、という印象を持ちました
連合赤軍については今回初めて知ったことが多過ぎました。いずれ手記本体を含めてもう少し詳しく見てみたいと思っています。

次に本作品で懐かしく読んだのはロック、「ぴあ」に関することです。
ロック界の外タレ来日ラッシュの黎明期には、当時わたしは地方在住でしたので、当然立ち会っていません。「ポパイ」など読みながら(それほど強くはなかったとはいえ)都会の文化面での充実ぶりをうらやましく思っているしかありませんでした。その当時は「ぴあ」の存在は知らなかったと思います。

その後、進学で上京したのですが「ぴあ」はすぐに買いました(一時シティロードに移ったことも思い出しました)。名画座でいい映画を安く観まくることを上京前は大きな目標に置いていたのですが、実際は大して実行できなかったことがほろ苦く思い出されます。とはいえ「ぴあ」で調べて電車を乗り継いでかなり遠くの映画館まで行ったことはありました(映画のためだけにただ一度訪れた町は何カ所かあったはずです)。

何度か外タレロックにも行きました。プレイガイドで求めたチケットはほとんどがとんでもないところしかとれないものでした。武道館の座席表で「ココになりますが」とステージの横やや後ろの二階席を指され「えー、これでS席?」と思っても結局は買ってしまったものです。

1980年前後だったと思います。何のコンサートだったか忘れましたが、新聞紙上で来日の告知とともにチケット発売に先立つ整理券配布の日時が載ったのです。その整理券を求めてウドーだったかキョードーだったか、いずれ招聘元の事務所まで(わざわざ)出かけたのです。ビルの外から中の事務所の階まで階段も人でいっぱいでした。これも「電話予約」というシステムさえまだなかった時代の思い出です。

最後に、著者の、おそらく膨大な資料に当たったであろう労力にあらためて感服するとともに、同時代を生きたものとして、久しく忘れていたことを思い出させてくれたり、当時は知る由もなかったことの意味付けがわかったり、と楽しく読ませてくれたことに感謝したいと思います。
「一九七二」を読んで(上)
坪内祐三著「一九七二」(文春文庫)を読了しました。
著者のことは、よく購読している情報誌「ダカーポ」(マガジンハウス)の連載で知っていましたが、本格的な著作に触れるのは今回が初めてです。

小泉純一郎が首相から身を引くまで数ヶ月を残したいまの段階で、すでに新聞・週刊誌・オピニオン誌等はその功罪について総括し始めています。リアルタイムでそれらに接する身としては、主張Aのある点には頷き別の点では不同意、かたや主張Bについても同様に合点がいく面と承服できない点と...というふうな態度しかとれません。

小泉政権が今後おおきな変化をもたらすといわれているタネを数々仕込んだのは間違いありませんが、実際どう展開するかは未来のことですから今言えるのは予測に過ぎません。また現在問題になっている格差社会の要因の一部を既にこの内閣の責任に帰する向きもありますが、その本当の根は一体どこにある(あった)のかを見極めるには時期的にまだ早すぎるのかもしれません。

というのはこの本を読んだことでそう思ったのですが、こういうことです。当時はリアルタイムで判断できなかったか誤っていた事柄で、30年後の今ではほぼ確固たる答えが出ているものがあります。たとえば本書に載っていた「週刊読売」や岩波書店「世界」における北朝鮮大絶賛論です。まさに歴史は後世が判断するということです。よって小泉政権の本当の評価は数十年を待たねばならないだろうと。

ただし問題は予測が当たったから先見の明があった、外れた方を笑ってやれということではなく、当時様々な意見があったという記録自体が時代の空気を読み解く上で重要な資料になっているということです。リアルタイムに生きたときはわからなかった何か(たとえば大転回点だった)を見せてくれると思うのです。

この評論は現在(正確には月刊誌で連載していた2000~02年)からほぼ30年前をターゲットにしていましたが、ある時代を客観的に見つめるには30年くらい寝かせておくことが必要なのかもしれません。そうすれば良い加減に「歴史化」していてちょうどよいのかもしれません。10年だとまだ同時代の範疇だし、20年では端境期に当たるかもしれないし、30年で完全にひと昔と言いきれる目で振り返られるのではないでしょうか(幼少だったのが社会人に、中心にいた年代は引退と言う具合に世代交代もなされるし)。

今後は時事問題に限ってみてもリアルタイムではどの意見も"話半分"で聞いておこうかと思うのです。上記の「週刊読売」は極端な例ですが、一方に与していては視野が狭くなるという弊害があるからです。そのかわり聞こえ心地のよいものだけでなく、「そんなアホな」という類いも一応聞いておかなければなりませんが。
石井琢朗2000本安打:NHK「人一倍努力をして」と讃える
横浜ベイスターズの石井琢朗が昨夜の対楽天戦で2000本安打を達成したとのこと。今朝ラジオで聞いた7時NHKのニュースでも伝えていました。が...

曰く。ドラフト外で投手として入団したが、一勝しかできなかった。その後野手に転向し、人一倍努力をして今度の大記録達成に至った。

上記はアナウンスのおおむねの大意ですが、「人一倍努力をして」を使ったのは間違いありません。瞬間的に違和感を覚えました。

スポーツコーナーの一特集として扱ったのならまだしも、昨日の試合結果のあとサラッと取り上げたに過ぎません。
大記録、しかも挫折からの復活(しかしこの種の成功物語自体は陳腐ではある、と言っては言い過ぎか)ですから、賞賛したことを非難しているのではありません。あくまでもNHKのニュースには似合わない感情を込めたことばだっただけでなく、もし感情を込めるにしてもベタすぎたのでは、ということです。

高いレベルに達したひとはスポーツ選手であれ、学者であれ、それが「人一倍努力をし」た結果であるのは当たり前です。さらに、そういう道を究めるレベルではなくとも、一般庶民にも「人一倍努力をして」いるひとは多くいるのです。

ちなみにSankei Web "限界から石井、2000安打"ではこうあります。

(前略)
 一流打者への道は自分でこじ開けた。投手として1勝した後、結果が出ず、思い悩んでいた3年目の1991年オフ。当時の須藤豊監督へ野手転向を直訴した。

 「投手としてもう限界です」。監督室で切り出すとカミナリが落ちた。「限界とは何だ! 本当に燃え尽きたのか」

 実は指揮官も石井に野手としての才能を見いだしていた。「怒鳴ったのは心構えを確かめるため。相当の決意だと分かった」と、評論家として活躍する今、振り返る。

 「もう使ってもらえないだろう」。あきらめつつ2軍で野手の特訓中だった翌92年5月に1軍へ呼ばれ、いきなりのスタメン起用。あとで人づてに監督の真意を知り、感謝した。「須藤さんの器の大きさがなければ、今の僕があったか…」
(後略)

こうしたエピソード、所謂"いい話"を交えた記事はこれはこれで意味があると思います。

しかし、ここまで構成すべくもないラジオの20~30秒程度のネタを、「人一倍努力をして」の一語で強引に纏めるのはやはり不適当というべきでしょう。
どういうつもりでこんな原稿を書くのでしょうか。
「なぜ自分は自分なのか」にこたえてくれる本はないか
「なぜ自分は自分なのだろう」「なぜ私は私なのだろう」
たまにこう不思議に思うことがあったのですが、ネットで調べたのは今回が初めてですから、前回考えたときからは相当の年数が経っているかもしれません。

とはいえ、今までも考えるといっても深く沈思するというのではなく、寝床で空想の世界に遊ぶ、といった程度のものだったのですが。

冒頭の問いかけは、代表的な哲学的命題である「人間(私)は何のために生まれてきたのか」という"生きる意味"が知りたいのではありません。非常に説明し難い――遥か昔、言わんとするところを友人に理解してもらえなかったことを覚えている。ということはこんなことを考えるようになって久しいことは確かである――ものなのですがこういうことです。

  • 地球上の65億の人口のうち自分以外は親兄弟であろうが全員他人である。自分と他人の比率は「1:65億」という超圧倒的なものである

  • 19XX年xx月xx日xx時xx分日本国○○県△△市の□□家のn男に生まれたのがなぜわたしだったのか(なぜスーダン、ダルフールの○△家のn女がわたしではなかったのか)

  • たとえ双子としてまったく同じといってよい環境下に生まれても、相方は既に他人である。なぜ自分は相方のほうでなくもう一方の自我の持ち主として生まれたのか

  • そもそもなぜ犬でも馬でもハエでもミジンコでもなく人間として生まれたのか

ネット上の検索ではキーワードの指定がまずいのか、なかなか思いどおりの記事に出会えません。
そのなかにやっと同じ思いの(ような)人をみつけました。

"2ちゃんねるの超怖い話"というBlog(にまとめられた、オリジナルは2ちゃんねる)の次の書き込みです。

小さいときは、なぜ自分は自分なのか?とか
周りの人も自分みたいに、
頭の中で色々考えてるのかな、とか
実は自分以外の人はロボットみたいなもので
意識があるのは私だけなのかも…とか考えてた。

あと、地球上には何億人もいるのに、
どうして日本のこの家庭の、
何のとりえもない私に生まれてきたのか
な~
(それは自分のせいだが)とか。

わたしが強調表示した部分は、まさにわたしの疑問と同質のものといえます。

この種の本についても探してみましたが、この渡辺恒夫 ・高石恭子共著「“私”という謎―自我体験の心理学」は疑問に答えてくれるものでしょうか。
それから以前書評を読んだときピンときていたのですが、三浦雅士著「出生の秘密」はどうでしょうか(題名、著者とも覚えていなかったこの本にたどり着くまで相当の時間を要した)。

いにしえの哲人が既にこの命題に触れているような気もするのですが、どうやってその著書を探し得るか、また見つかっても難解すぎてはいけません。
入門書タイプの本があればよいのですが..。まあゆっくり構えましょう。
いつまたこの疑問が再燃するかわかりませんが、そのときこのエントリのことを記憶しているでしょうか。
NHK:堀江「被告」ではなく堀江「元社長」とするのはなぜ
本日、ライブドア事件の堀江貴文に対する公判前整理手続きが開かれた旨、各報道機関が伝えています。

それらのうち、NHKは(少なくとも朝のニュースでは)堀江に対する呼称を「元社長」として、「堀江被告」とはアナウンスしていなかったのが気にかかっていました。

そして時間が経過した今、NHKのホームページで昼のニュースらしい動画を確認しましたが、次のとおりその"姿勢"に変化はありません。

  • 初出の呼称は「堀江貴文元社長」。やや経過して「堀江貴文被告」と。「被告」付きのアナウンスは結局ここだけ

  • 他はすべて「堀江元社長」で通す

  • 画面左上隅に固定されているキャプションは「堀江元社長裁判争点整理」

  • このホームページの表題は「堀江元社長の第1回争点整理」

  • その本文では、冒頭で「堀江貴文被告(33)は・・・」とあるものの、以下5カ所ではすべて「堀江元社長

つぎに、大手紙(朝日、産経、読売、毎日)の各サイトを覗いてみましたが、公判前整理手続き開催を伝えた、この時点での記事では次のようになっていました。

  • タイトル部分ではすべて「堀江被告

  • 本文での初出の表記はすべて「ライブドア前社長・堀江貴文被告

  • 二度目以降の呼称は読売、産経がすべて「被告」、他の二紙がすべて「元社長

起訴された容疑者○○に対する呼称が「○○元[肩書き]」か「○○被告」かですが、他の著名な被告のニュース記事をNHKのホームページ(おもにキャッシュ)で調べると、元自民党官房長官・村岡兼造は前者(ただし記事内初出の呼称は後者)、帝京大学元副学長・安部英は後者(記事は子どもニュースから)を多用していました。

それぞれの組織・会社では呼称に関する一貫したポリシーが存在するのでしょうが、起訴されたなら「○○被告」でよいと思うのですが。
FIFAワールドカップ:レフェリーのハイテク道具とは
昨日(5月8日)夕方の「NHKラジオ夕刊」では間近に迫ったFIFAワールドカップの話題が特集枠で取り上げられていました。このコーナーには最近テレビでもとみに露出の多い、おなじみの山本浩解説委員の登場です。

聞くともなく流していたのですが、今大会レフェリーはハイテクを駆使するとのこと。たとえば、線審がもつフラッグにはボタンがあり、それを押すと主審の腕時計が振動して、別のほうに気を取られていても注意を喚起される仕掛けになっているとか、審判団がそれぞれマイクとイヤホンを装着して無線でコミニュケーションを図る、などというものです。

どんなものか調べてみました。

まずはフラッグ。
このシグナル・ビップ・フラッグ(The signal bip flag)と呼ばれるものはこちらのBlogによれば、1998年フランス大会から既に使用されているようで、そもそもこのエントリが書かれたのは2003年7月当時、Jリーグでの使用に気づいたからだったようです。
わたしの思い込みだったのかもしれませんが、どうもこのハイテク・フラッグは今大会からではなく、今大会引き続き使用するということのようです。
今大会使用のものとは異なるかもしれませんがこんなイメージです。

それからマイクとイヤホンのセットは去る4月のUEFAカップで試験されたようです。そこで合格点を得てのワードカップ使用となったのでしょうか。
イメージはこんな感じです。
今年4月20日付けの"Referees Radio Link"と題するこのホームページでは「FIFAは2006ワールドカップは本当にこの無線セットでいくつもりだろうか。障害になる可能性があることはわかっているはずだが」といっています。
そしてギャグだと思いますが、この無線セットを身につけた英・仏・伊・西の審判団のうち三人は自国語で話すため、主審(英)はそれにあわせてそれぞれの言語で応対しなくてはならないという混乱ぶりがコント風に記述されていておもしろいです。
消費者金融:業務停止の先輩、旧・日栄はどうしているだろう
アイフルの業務停止は、あの盛んに報道されたあとで引き続きすぐ執行されたとばかり思っていましたが、今日からなのですね。
チワワさえもネタにされたりしていましたが、GW前あたりには下火なったようでアイフルのことは忘れかけていたところですが、実は今日からが本番だったというわけです。

ニュースは当然この執行を報じています。それも全国ニュースだけでなく、(支店が全国展開されているからでしょう)ローカル枠でもあらためて繰り返されています。これらの連呼で否応なくわれわれはマイナスイメージを上塗りさせられそうです。当のアイフルのイメージダウンの度合いは計り知れないところでしょう。済んだと思わせ世間が忘れかけたところで実執行するという当局のねらいは、そのことで、より強く印象づけられる心理を計算してのことなのかもしれません(深読みし過ぎ?)。

ニュースで「営業停止が守られているか、京都の本社をはじめ、xxx支店などに財務局職員を派遣し...」と言っていたのを聞いて「本社は京都にあるのか、ん?そう言えばあそこも京都ではなかったか...」と思いいたりました。

「腎臓売ってカネつくれ」で名を馳せた"同業者"日栄のことをです。

やはり京都市でした。いまは社名をロプロと変えているようです。京都には、サラ金屋、もとい消費者金融の創業者を生む何か独特の人的あるいは歴史的な土壌があったのでしょうか。たんなる偶然でしょうか。

社長は、事件当時番組のスポンサーだったサンデー・プロジェクトに出演したときに見ましたが、貧相具合は社長は社長でもせいぜい町工場の社長にしか見えなかった松田一男氏から、身内の長男龍一氏へお約束の"禅譲"がおこなわれているようです。
もっとも、ワンマン体質もしっかり受け継いでいるらしいですが。

最後に素朴な疑問。かれらと銀行はどれほど違うのでしょうか。例えば取り立てにおいて銀行はあらゆる点で紳士的であり、罵倒や脅迫など皆無なのでしょうか。
陸上競技:女子選手、あの体格であのポテンシャル!
昨日(5月6日)テレビ観戦した国際グランプリ大阪大会ですが、世界のトップの参加はごくわずかとはいえ久々に陸上競技の面白さを満喫しました。

ハイライトはやはり女子走り幅跳で優勝した池田久美子(スズキ)でしょう。日本新記録となった6m86cmは昨年の世界陸上(ヘルシンキ大会)の2位に相当するそうではないですか。特筆すべきことです。

走り幅跳(に限らず跳躍競技)の世界トップレベルのアスリートはたいてい長身で細身なのですが、彼女の体格はどんなものなのか調べてみました。

TBS世界陸上ヘルシンキ大会「選手紹介」によると
166cm・53kg
だそうです。6m86といえば実際にメジャーを伸ばしてみると実感しますがすごい長さです。170cmにも満たない身体で跳ぶとは信じられません。

体格と言えば100mで優勝したアリソン・フェリックス(Allyson Felix)。あの小柄かつ細身の身体で短距離のトップにいられるのが不思議でなりません。1996年アトランタ・オリンピックの同種目を制したゲイル・ディーバース(Gail Devers)に代表される、出っ尻で太い腿といった黒人特有の特徴はまったくといっていいほど彼女には当てはまりません。
1988年ロサンジェルス・オリンピックで勝ったアシュフォード(Evelyn Ashford)も小柄でそれほど筋肉質ではありませんでしたが、バランス的にはフェリックスより太い腿だった気がします。

参考までに彼女らの体格も記しておきます。

【フェリックス】168cm,57kg
【アシュフォード】166cm,55kg
【ディーバース】160cm,52kg

あれほどのパワーはどうやって生まれるのでしょうか。これをみて男子短距離のトップアスリートと比較すると、感覚的には、あれほどの圧倒的な男女の体格差ほどにはタイム差に表れていないように思えてしまいます。
ロックのピークは1968年だった?「ホテ・カル」再検証
以前わたしは、「NHK-BS2「ロック誕生50年」:些細な疑問」でEagles" Hotel California " の歌詞「We haven't had that spirit here since nineteen sixty nine」とは 「 われわれは 1969 年からスピリットを失っている 」ことを暗喩しているらしい、と書きました。

ここでわたしは、スピリットとは殊更に「ロック」スピリットを指しているようには書いていません。解説の萩原健太氏はロック界のことを指してそう言ったのか、それとも様々なアメリカンスピリットを包含して言ったのか、残念ながらわたしは覚えていません。萩原氏もそこまでは言及してはいなかったようにも思えます。

ところで、いま面白く読んでいる最中の本があります。坪内祐三著「一九七二」(新潮文庫)です。
この本で、上記のスピリットが「ロック」スピリットだとすれば、それを裏打ちするような記述にぶつかりました。

その部分を引用します。

実はこの頃、一九七二年、ロックの本場アメリカでは、ロックは退潮期に向いつつあった。例えば、『ロックへの視点』(邦訳は音楽之友社)で知られる評論家のカール・ベルツは、ロックミュージックの質的なピークは一九六八年末であり、それに続く一九六九年から一九七一年に至る時期は、「ロックの苦難の時期」と定義している。
(259頁)

くだんの" Hotel California " の歌詞とぴったり符合しているわけです。Eaglesのメンバーのだれかの頭の片隅に、この本か同様の主旨の評論の記憶があったのでしょうか。それとも(" Hotel California "制作当時の1976年から)過去を振り返っての実感をそのまま詩にした結果、偶然一致したのでしょうか。

このカール・ベルツ著「ロックへの視点」、わたしが調べたかぎりでは、著者の綴りと原題はCarl Belz"The Story of Rock"ではないかと思います。
章立ては次のようになっていて、坪内氏の記述にも合致します。

  • Rock as Folk Art
  • The Beginnings of Rock: 1954 - 1956
  • The Expansion of the Rock Style: 1957-1963
  • The Maturity of Rock: 1964-1968
  • A Troubled Period: 1969 - 1971

Maturity:成熟、円熟
セルビア:ムラジッチ逮捕できず、EU加盟交渉に暗雲
以前のエントリ、"セルビア:スレブレニッツァ虐殺の「首領」逮捕へ本腰"でムラジッチ逮捕近しと見られていましたが、期限とした4月末現在それは実現されておらず、セルビアの本気度は大いに疑わしいということでしょうか、EUは遂に懲罰的ともとれる加盟交渉の中止を発表したようです。

関連記事をMSN毎日インタラクティブから掲載します。
[セルビア:ムラジッチ逮捕できず、EU加盟交渉に暗雲]の続きを読む
安保理理事国:1971年まで中国代表とは台湾を指していた
ある本を読んでいての一節。

中国は国連加盟を要請し、国連に「中国招請・国府追放」のアルバニア決議案が提出される。国府と国交を持つ米国は、一挙に中国加盟を認めるわけにはいかない。三分の二の票決を要する「逆重要事項指定決議案」で阻止しようとし、日本は佐藤首相の指示で、共同提案国となった。しかし十月二十五日、国連総会は米案を否決し、アルバニア決議案を可決する。中国は国連代表権を得て、国府は国連を脱退する。

1971年の出来事だそうです。中共が国府を追い出すことで安保理の常任理事国の地位を引き継いだとは初めて知りました。

以下、調べたことをメモしておきます。
[安保理理事国:1971年まで中国代表とは台湾を指していた]の続きを読む
地球温暖化:水没する島と燃やし続ける国

欧州戦乱は已成(いせい)の強国と未成の強国との争なり、現状維持を便利とする国と現状破戒を便利とする国との争なり。現状維持を便利とする国は平和を叫び、現状破戒を便利とする国は戦争を唱う。平和主義なる故に必ずしも正義人道に叶ふに非ず、軍国主義なるが故に必ずしも正義人道に反するに非ず

(新潮文庫、城山三郎著「落日燃ゆ」44頁から引用)

これは1919(大正8)年、第一次大戦後パリで開かれた講和会議の日本全権団の一員だった近衛文麿が、その少し前に雑誌『日本及日本人』に発表した「英米本意の平和主義を排す」の一節で、実際講和会議に臨んで自説の正しさを再確認したといわれているものです。

90年近く経過した現在にも十分過ぎるほどに通じる論理です。むしろ何も変わっていないといったほうが近いかもしれません。

地球温暖化を扱った4月30日のNHKスペシャル「同時3点ドキュメント 煙と金と沈む島」にも当てはまります。

  • 已成の強国:アメリカ

  • 未成の強国:中国

  • そして抜け目なく排出権を売買するブローカや、中国の膨大な(石油ではなく)石炭の燃焼に伴う副産物、メタン(だったか?)ガスを商売にしようとする日本商社

  • 一方、自然と共存してきた「未成の島」ツバルは地球上で最もはやく水没する運命に

ツバルの人たちにはまったく関知しない事柄です。境界があろうはずもない大気が他所で勝手に暖められた結果です。

すくなくともわたしが生きている間は冒頭の枠組みのまま続いていくのは確かなようです。已成であろうが未成であろうが経済優先であることに違いはないでしょう。自分たちが生きている今のこの状態が豊かならそれでいいということです。日本もガッチリそれに与しています。

しかし大国が今後も経済や他国の体制をコントロールできたとしても、自然のメカニズム崩壊による悪影響までは阻止できないでしょう。もはやどうしようもない状態に否応なく直面するのは後代の人間を含めたあらゆる生き物たちです。

現代人は科学者たちの警鐘にいっとき不安を覚えながらも、あくまでテレビのCGの世界であり実感が伴うことなくすぐに忘れてしまえる。だからこそ、あまり罪悪感もなくこれほどの"悪行"ができているのかもしれません。
Red Sox:ウェイクフィールドのナックル捕るためミラベリ復帰
Boston Red Soxにダグ・ミラベリ(Doug Mirabelli)が知らないうちに戻ってきていました。それが本日(現地5月1日)のことだったとさきほど知りました。

今日Bostonで行われた当のNew York戦、テレビではなく、パソコン上でESPN配信のGameCast(無料)で「観戦」していました。
Bostonの先発ピッチャーはナックルボーラー、Tim Wakefieldです。Bostonも今シーズンは大幅に選手が入れ替わっているので改めて守備位置を確認すると....アレ、キャッチャーがMirabelliとなっています。いくらWakefieldが投げるとはいえ、Mirabelliは今シーズンからSan Diegoへ移籍しています。ESPNはデータを更新していないのではないか、まずそう思ったのです。

ところでこのDoug Mirabelli。Wakefieldの専属といえるキャッチャーでしたが、SDへの移籍(2塁手Mark Lorettaとのトレード)を聞いたとき、出場機会が増えるのなら彼にとって喜ばしいことではないか、Wakefieldの新しい相方も目鼻がついたから出したのだろう、そう思っていました。

それにしてもESPNがシーズン前(昨年12月)に成立した移籍選手の更新を忘れるだろうか。そう思ってMirabelliの個人データを見てみました。
所属チームは"San Diego Pardres"になっていますが、Player Newsの欄に5月1日付けでこうあります。

The Red Sox re-acquired Mirabelli in a trade with the Padres on Monday in exchange for Josh Bard, Cla Meredith and cash, ESPNews reports.

これで戻ったことがはっきりしました。

mlb.comの"Red Sox reacquire Mirabelli"によればWakefield先発の今日の試合に向け、San Diegoから時間と競争しながら移動してきたようです(本人への通知自体も今日だったのでしょう。でなければこんなにあたふたするはずがありません)。

東部時間19:09試合開始に対して

18:48
ボストン、ローガン国際空港到着

19:00
警察の先導でフェンウェイパーク到着(空港から5マイル。その間にユニフォームに着替え)

19:01
Mirabelli先発をプレスへ発表

19:07
先発ラインナップを球場アナウンス。しかしまだクラブハウスで準備中

Mirabelliの後任Josh Bard(Cleveland Indiansから移籍)はパスボールが10個(現時点最多)と多く、捕球のスキルもさることながら、Wakefieldとの相性も考慮してのMirabelli再獲得だったのではないでしょうか。

面白いのはYankeesもMirabelli獲得に動いていたらしいことです。理由というのが今回のSDとBostonの取引を阻止するためです(その本意はMirabelliとの名コンビを復活させないことでWakefieldを本調子にさせないこと)。実際いままでも補強の必要性がないのに、ライバルチームへ渡したくない、その一点だけでカネにあかして動くところですから推して知るべしです。

Wakefieldは今のところ勝ち星に恵まれていませんが内容は決して悪くありません(1-4、3.89)。これからはよき相棒が帰ってきたことでストレスなくピッチングができることは大きなプラス要因です。結果として勝利がついてくることを期待します。
水俣病50年:「怨」の幟(のぼり)に込められていた思い
水俣病が公式に確認されてから今日で50年だそうです。

以前NHKアーカイブスで放映された、水俣病患者の抗議活動が最も盛んだったと思われる昭和40年代半ば頃の映像は胸を打つものがありました。

白装束の巡礼姿と「怨」の一字が染め抜かれた何流もの幟がはためく様は胸の内を揺らさずにはおかない強烈な場面でした。

障害に冒された我が子をつれての陳情の場面だったでしょうか。母親がチッソのお偉方か役人かにこんなこといっていました。
「この子を見てやってください。こうして(我が子の)醜態を人前に晒してまでやって来ました」
土地の言葉での訴えがなおさら胸を打つものでした。

あのときチッソ、政治家、官僚たちはどういう気持ちで相対したのでしょうか。わたしが当事者なら神妙な顔をしながらも、なるべく相手の声を耳に入れないようにして全く違うことを考えながら、はやく終ってくれと願ったかもしれません。それほどにいたたまれない状況だったのではと想像します。

数日前の毎日新聞に当時の首相、三木武夫が水俣病に罹った子どもを抱いている(親から無理矢理預けられたようにも見える)写真が掲載されていました。

これをみて、われわれが持つ偏見のために、接触するのにも一瞬ひるんだり、躊躇したりするような類いの人たちに対して、近年の首相たちが(例えばダイアナ妃がHIV患者に対したように)物理的に接触することが果たしてあっただろうか、と想い至りました。
パフォーマンスの要素が大きかったとしても、まだ一国の指導者が障害者と直に接することができる、またはそうすることを求められる時代だったのかもしれません(三木首相個人の特性だったのかもしれませんが)。
いまでは、為政者はその任にあらずとその役割は専ら皇族まかせになっているようにも見えます。

MSN毎日インタラクティブ"あす公式確認50年 患者ら、怒り秘めて静かに行進--都内で"の写真では「怨」の幟は小さくなり、そして数も多くは見えません。

あの当時の"怨念"を源とするエネルギーは時間の経過とともに確実に減じました。活動の中心にいた世代はいまでは高齢に達したでしょうし、多くは亡くなったかもしれません。
本当に一生を台無しにされてしまいました。さらには数十年を経て最近になって発症した人もいます。子どもの世代、さらにその子たちといつまで戦い続けなくてはならないのでしょうか。
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