I have something to say
わたしが近ごろかんがえていることを徒然なるままに...
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FIFAワールドカップ:準々決勝以降の希望的シナリオ
FIFAワールドカップはいよいよ日本時間で明日、日付が変わると同時に準々決勝が始まります。今回のベスト8のメンツ(ドイツ、アルゼンチン、イタリア、ウクライナ、イングランド、ポルトガル、ブラジル、フランス)は、役者不足の感が否めず物足りなさが残った前回大会のそれ(イングランド、ブラジル、セネガル、トルコ、ドイツ、アメリカ、スペイン、韓国)と比較すると、まさに胸躍る思いです。

ここで、今後の展開の予想、というよりわたしの夢想するシナリオを記しておきます。

軸はイングランドです。わたしは、遡ること1990年イタリア大会からこのチームを応援してきたこともありますが、イングランドがここ15年程、この勝ち残ったいくつかのチームとの対戦で悔し涙を流したことをわたし自身リアルタイムで知っています。ですから、それを撃破して過去を払拭する、というドラマチックな展開にならないだろうか、と期待を込めて願っているのです。
以下、各ステージでの(希望)対戦相手とそれにまつわる「因縁」を記します。

準々決勝 ポルトガル戦(確定)
Euro2004ポルトガル大会、準々決勝の再現。そのときの両チームの監督は今大会と同様、イングランドがスベン・ゴラン・エリクソン(Sven-Goran Eriksson)、ポルトガルは2002年日韓大会の優勝チーム、ブラジルを率いたスコラリ( Luiz Felipe Scolari)。前半3分オーエン(Michael Owen)が先制。ルーニー、前半30分も経過しない時点でケガのため交代(足を踏まれて指を骨折)。後半38分ポルトガルが追いつく。終了直前ゴール前の混戦(今大会、日本-オーストラリア戦の日本の得点時のような)からキャンベル(Sol Campbell)のゴールと思われたがキーパーチャージの判定。延長戦へ突入しポルトガルに1点リードされるもイングランド再び追いつく。最終的にPK戦3-4で敗退

準決勝 ブラジル戦
2002日韓大会、準々決勝の再現。そのときの両チームの監督は上と同じくエリクソンとスコラリ。前半23分オーエン先制。前半終了間際、ロナウジーニョ(Ronaldinho)からのスルーパスを受けたリバウド(Rivald)がゴールし同点(このパスはロナウジーニョがベッカム David Beckham、スコールズ Paul Scholesのスライディングをかわした直後。すでに大器の片鱗が現れていた)。後半11分ロナウジーニョの浮かせた25メーターのフリーキックが、前がかりのキーパー、シーマン(David Seaman)を越えてゴール。結果1-2で敗退

決勝 ドイツ戦
1990年イタリア大会、(当時の西ドイツとの)準決勝の再現。この大会でのイングランドのパフォーマンス、とくにガスコイン(Paul Gascoigne)リネカー(Gary Lineker)、プラット(David Platt)などの活躍で強烈に印象づけられ、前述のようにイングランドというチームに好感をもつきっかけとなった。試合は1-1のまま延長でも決着つかず、PK戦3-4で敗れる

FIFAワールドカップは1978年アルゼンチン大会から徐々に注目し始めましたが、1990年イタリア大会からはNHK-BSでの中継が始まり、放映試合数が増えたことで、観戦にも今まで以上に熱が入りました。この年の年末(大晦日と記憶している)、BSでイタリア大会のベストゲームが何試合かセレクトされて再放送されました(たしか順位付けしていて、イングランド-西ドイツ戦が1位ではなかったか。このとき録画したテープの状態はいまどうなっていることか)。

1990年イタリア大会のことをもう少し書けば、ケガ人が出たときにボールを出して試合を止めますが、再開後にボールを相手に返す"お約束"を初めて知ったのがこのイングランド-西ドイツ戦でした。ちなみにイングランドはこの大会で反則の少ないチームに与えられるフェアプレー賞を受けたはずです。
(ついでながら、この大会は西ドイツ-オランダ戦での唾吐き退場――その当人二人が後年、代表監督になろうとは――やイタリア、スキラッチ Salvatore Schillaciの活躍などもあり、最も強く印象に残っている大会です)

今大回に話を戻すと、いまのイングランドのメンバーはわたしが見始めてからのベストに思われます(オーエンがいればなおさらだったが)。かつてのスコールズやインス(Paul Ince)のように期待になかなか応えてくれず、歯がゆい思いをした時代から比べれば、中盤の充実には目を見張るものがあります(歴代のDFはおしなべて強力で安心できたし、FW陣にもそれほどの不満はなかった)。

以上のような、個人的な肩入れの歴史からしても、イングランドには是非優勝してもらいたい、少なくともファイナルには駒を進めてもらいたい。それにはルーニーの爆発が不可欠となります。大いに期待します。
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W杯:イタリア代表へ暗雲?いやなニュース
FIFAワールドカップは休養日に入って、こちらも一息ついているところですが、関連した話題を硬軟取り混ぜて二題。

まずは悪い知らせです。昨日のうちに飛び込んできたニュースですが、ユベントス、イタリア代表でプレーしてきたペッソット(Gianluca Pessotto)、いまはユベントスのスポーティング・ディレクターという位置にあったようですが、かれがクラブ本部ビルから転落し(自殺を試み?)て重態だというのです。"Italy stars fly to see Pessotto"(BBC SPORTS)によれば、いまドイツで戦っている、ユーベでの同僚デル・ピエーロ(Alessandro Del Piero)やザンブロッタ(Gianluca Zambrotta)等が急遽イタリアへ飛んだとのこと。この記事では、妻の話として、うつ病だったとあります。ただし今渦中のセリエAの八百長疑惑には関与していないようです。この時点での容態については、ユーベ・スポークスマンの話として「命に別条はない」というものでした。

しかし、その後目にした続報"Pessotto came close to death"(ansa.it)によると、タイトルにあきらかなように、非常に危険な状況に陥っているらしいのです。ここでも「精神的な問題を抱えていた」とあります。

前述した八百長疑惑のことだけでもイタリア代表にとってはマイナス材料だった――かえってそれに発奮しているともいえるが――ところへ、追い打ちをかけるようなショッキングなニュースです。上のデル・ピエーロ等の行動から推すと、万が一の場合、当然落ち込むプレーヤも出るでしょうし、チームの士気、パフォーマンスにも影響しそうです。
これから大会が佳境を迎える段になって、非常に残念なニュースです。

話題その2は一転してくだらないネタです。
それはインナーパンツ――ユニフォームのパンツ(半ズボン)の下にはく、伸縮性のあるスパッツ。名称がわからずネットで調べたがこれで正しいか――の着用が、少なくとも前回2002年大会では「猫も杓子も」といえる位に高率だったのが、いつ頃からの傾向かわかりませんが、当時と比べると今回は激減しているのではないか、というものです。これは、何度かスライディングのシーンでパンツの裾がめくり上がって、太腿があらわになったときに気付いたことで、それから注意して見たうえでのわたしなりの結論です。

わたしの中ではインナーパンツ着用プレーヤといえば、前の話題にも出たデル・ピエーロもその代表格でしたが、彼は今大会でははいていないようです。
着用組は中田英寿、(エクアドル戦での)ルーニー(Wayne Rooney イングランド)が確認できました。ルーニーの場合はユニフォームのパンツの裾からの"はみだし"は見えるか見えないかのぎりぎりで、自然体ではほとんど目立たない長さだったのに対し、中田は、大流行りだった当時のオールドスタイル(?)のまま、"はみだし"部分の多いものでした。わたしの拙いリサーチでは、今大会、インナーパンツ着用組でも中田タイプは非常に稀、と出ています。
いずれにしろインナーパンツのワールドワイドでの流行は下火の状態にあるようです。
読書きについて余談:「ミタル」と「カカ」
今朝の読売新聞の社説"[鉄鋼大再編]急務になった『合併基準』見直し"の書き出しはこうでした。

 巨大企業の誕生は、日本の鉄鋼業界にも衝撃だろう。

 鉄鋼世界首位でオランダ籍のミッタル・スチールと、2位でルクセンブルク籍のアルセロールが合併する。アルセロールがついにミッタルの買収提案に応じた。

「ミッタル」?「ミタル」ではないのか。少なくともわたしが「ミッタル」という表記を目にしたのはこれが初めてでした。

Wikipediaで「ミタルスチール」の項をみると「Mittal Steel Company, ミッタルスチールとも」とあります(「ミッタルスチール」を引くと説明の本文はなく"→「ミタルスチール」"とリンクされている)。

つづりが「mittal」ですから、発音は「ミッタル」の方がより正確のように思えます。ただ世間的には「ミタル」が幅を利かせているのは間違いないのではと思い、ググってみると

  • 「ミタル・スチール」 35,500件

  • 「ミッタル・スチール」10,100件

という検索結果となりました。単純な比較ですが、ここからは想像していたほどに圧倒的な差ではないことがわかりました。
まあここは、読売なりのこだわり、として理解しておきましょう。

蛇足ながら、ブラジル代表のカカのことをおしなべて「ヵカー」的にアナウンスしていますが、それなら表記もせめて「カカー」にすればよいと思うのですが。

さらに蛇足ながら、思い出したことを記しておきます。
ジャマイカ音楽の"Reggae"。いまでは「レゲエ」で通っていますが、当初はこれをどう発音するのかわからなかったらしく、わたし所有の「MUSIC MAGAZINE 増刊 スペシャル・エディション1」の「1972年7月号 レガエのこと、カリプソのことなど」の項で中村とうよう氏はこう書いています。

このスペルを何と読むのか、誰もチャンとしたことを教えてくれないので、ぼくはローマ字どおりレガエと発音しているが。レッギーとかレゲーとか、人によっていろいろに読まれている。

NHK MLB中継:あれっ、両チームに日本人ひとりもいないんですけど
いまNHK-BS1ではFIFAワールドカップの間を縫うようにメジャーリーグが中継されています。わたしは、前にも何度か触れましたが、1990年以来BSでのMLB中継に接してきたファンのひとりです。

1995年野茂のドジャース入団以来、かれをフォローする試合中継で新たなファンを獲得しました。その後、伊良部、長谷川、 佐々木ら投手陣の渡米が続きます。そして2001年イチローがマリナーズ入団でとうとう野手としては初めてレギュラーとしての先鞭をつけます。2003年、今度は松井秀喜が日本でも知名度は抜群に高いヤンキースへ入団し、これもレギュラーとして活躍します。
その後、投手、野手とも日本で実績を積んだプレーヤが毎年流入し続けているのは周知のことです。

ところで、野茂以降のNHK-BS1で中継されるゲーム(だだしプレーオフを除く)の選択基準(ポリシー)は次の2つだ、と理解しています(これに該当しない例もあったかもしれませんが、それは非常に稀な例と言い切ってよいでしょう)。

  1. 日本人先発投手登板予定試合

  2. 日本人レギュラー野手所属チームの試合

ローテーションにきっちり組込まれた先発投手か、登場の確率が高いレギュラーのフィールドプレーヤとして所属するチームは、中継する側から見れば、シーズンを通して安心して日本人プレーヤの放送が計算できる、というわけです。
その点、準レギュラーである田口壮所属のカージナルス戦の中継は極めて少ないのです。カージナルスが中継されるのは、上の二条件のいずれかを満たしたチームの対戦相手としてだけでした(例えば松井稼頭央在籍時にメッツの対戦相手として。このときNHKとしての"中継主催チーム"はあくまでメッツ)。

野茂登場以前までは、たしかに中継される形態はほとんどが録画で試合数も少なかったのですが、多くのチームやスーパースターを広く見知ることが出来たのです。ですからわたしとしては、日本人プレーヤのMLB流入には、功罪の「罪」の面を多く感じていたのです。

ところがです、きょうの番組表をみて、NHKはポリシーを翻したかのように思えたのです。今日から1週間のMLB中継予定は次の通りです。

  • ブレーブス - ヤンキース 2連戦

  • メッツ - レッドソックス 2連戦

  • メッツ - ヤンキース 3連戦

どうでしょうか。これらのカードは"ポリシー"には悉く合致していません。実際あれだけ"主催"したヤンキース戦ですが、松井秀喜の故障による不出場以来ピタリと中継は止んでいたはずです(ただし対戦相手が"ポリシー"を満たしていればその限りに非ず。たとえば松井稼頭央トレード前の5月、メッツ - ヤンキース戦は中継された。この場合表向き"中継主催チーム"はメッツといえる)。

上の各チームとも人気チームであり、実際好カードといえます。が、NHKはなぜ変質して"ポリシー"を破ったのでしょうか。これは(いまでは衰えたとはいえ未だに存在する)「(読売)巨人頼み」と同様の考え方からきたものでしょうか。

しかしこうともいえます。と、いうよりこう強く主張します。
今回、両チームのロースターに日本人がまったくいなくともNHKは中継できることが証明されました。これを踏襲し、首位攻防戦や見慣れていないスーパースター所属チームなども日本人プレーヤにとらわれずに積極的に放送してほしい、と。
「(人気チーム、ヤンキース所属の)松井秀喜が復帰するまでの暫定処置」などでは決してないことを祈ります。
長嶋が北京五輪監督になったら、ジーコ以上のアンタッチャブルとなる
やや古い、今月前半の話題ですが、この期に及んでもまだ長嶋茂雄氏に対し"野球会議委員長が北京五輪監督要請の意向"(MSN毎日インタラクティブ)を示しているとのこと。

長嶋氏本人が「監督就任に意欲を示している」ことにもあきれます――現実的に本人は就任は無理であるのをわかった上で、健康回復への気力維持のため自分自身を鼓舞するための方便として発言したのかも、と強引に好意的な解釈をすることもできます――が、実際は家族の反対などで実現することはないでしょう。
たいへん失礼ながら、同ページ掲載写真を拝見すると典型的な中風にかかったお姿です。第一線で指揮をとるにはどうか、と懐疑的に見ざるをえません。

文中、委員長の長船騏郎氏のコメントとして「長嶋君が監督をやりたいと言えば(委員会メンバーは)誰も反対はしないと思う」とあります。
これもミスターの意欲をむげに否定するわけにいかない、一種のリップサービスととりたいのですが、ロンドン五輪から野球がなくなることが決まったいま、復活の一環として客寄せパンダにしたいのでは、という疑いも払拭できません。

万々が一、ミスターが監督就任となった場合、ただでさえ翼賛的で氏に批判できない雰囲気が、「大病から執念の復活」として、もはや「神」「超カリスマ」という絶対的なものとなるでしょう。「奇跡をもたらす男」などと称し、それを大煽りに煽るマスコミのすがたが今から目に浮かびます。
それは異様さにおいて、先日までのジーコと代表チームに対するものを凌駕するものになるでしょう。

世間は、倒れる前ならばいざ知らず、あれ以降氏の監督就任など期待してはいません。むしろこういった動きを苦々しく思っているはずです。
なによりもミスターの健康を第一に考慮する常識・良識を期待するところです(家族の反対という"最後の砦"がありますから大丈夫だと思いますが)。
W杯日本敗退:マスコミ、「煽り」から「批判」へ予定どおり方針転換
FIFAワールドカップ・ドイツ大会での日本代表グループリーグ敗退が決まってから、見聞きした意見・感想の中から印象に残った二題。

ひとつは、昨日(6月23日)NHK夜のワールドカップダイジェストでの元日本代表監督・岡田武史氏のポスト・ジーコの人選について、次も外国人の方がよいとした理由。「こういうところで言っていいのかどうか・・・マスコミに対してピシャリといえることですね」
わたしなりに解釈すると、(岡田氏自身の経験からも)日本人監督では軽く見られるが、外国人、それも単なる外国人ではなく、既に実績を持つか、現役時代に名選手だったいわゆるビックネームの場合、そのカリスマ性で外野には嘴を挟ませない、つまりは"雑音"をシャットアウトできる、ということではないでしょうか(JFAにも都合よし、かたやマスコミもそのカリスマ性を絶好の"煽り"要素として活用可)。
しかし反面、批判できない状況は当然ながら不健全であり、ジーコ下の4年間はその傾向が強かったのではないでしょうか。

ふたつめ。本日付け毎日新聞の社説"日本サッカー こんなにも弱かったとは"
まず一読して、この社説子はスポーツに疎いか、もしくはあまり興味がないにもかかわらず、ここ2週間、国民注視のイベントであり、時事的にも取り上げざるを得ない話題として半ば仕方なくこれを書いたように思えました。

例えば、ブラジル戦前の集中的なシュートのみの練習を、小学生の練習のように技術向上のためとみているのでしょう「この期に及んで日本代表選手にこんな基本的な練習をさせなければならないとは、ジーコ監督も泣きたい思いだったのではあるまいか」といっています。それなりのレベルに達したプレーヤ達です。その面々にシュートのみ課すのは、もちろん想像ですが、「この期に及んで」技術を高めようとしたのではなく、メンタル面でのなにがしかの効果を狙ったのでは、とは十分考えられることです。

「小学生に大学入試問題を解けというに等しい難しいハードル」とか、「日本選手は一つ覚えの5番アイアンを力任せに振り回しているだけ」といった比喩も適切ではなく(不穏当という意味ではない)、はっきり言えば全然有効でない、ヘタな使い方の一例に思えます。

最後に、グループリーグが終了したところで、以前書いたわたしの予想はどうなったか下に載せておきます(12勝4敗)。当たらなかったうち大きいところでは、番狂わせで敗退と予想したアルゼンチンがとんでもなくすごいサッカーを展開して残り、逆に緒戦で好発進していたチェコが消えてしまった(心情的にネドベドをもう少し見たかった)こと。しかし、おおむね強豪国といわれているところが順当に勝ち上がったといってよいでしょう。2002年とはちがい非常にエキサイティングなトーナメントとなりそうです。
[W杯日本敗退:マスコミ、「煽り」から「批判」へ予定どおり方針転換]の続きを読む
奇跡:サッカーに限らずこれからは何でもこれにすがりましょう
けさのブラジル戦はラジオ(民放)で聞いていましたが、途中からはまともな中継とはいえないものとなっていました。

後半に入りブラジルに1-2と逆転されました。この時点で望みをつなぐには2点差をつけて4-2としなくてはなりません。アナウンサーも繰り返しそう言っていました。しかし現実的にみて、このブラジルから日本が3点取れますか。確かに論理的には確率はゼロではないでしょう。

たとえば、事前にブラジルのプレーヤは毒を盛られていて、このときにわかに効き目が現れ動きが急激ににぶくなる。そして日本が"奇跡"の3ゴールをたたき出し予選通過を決める・・・・こんな荒唐無稽なことでもなければ不可能性なことは、ごく普通にスポーツに接しているひとなら誰しもがわかることでしょう。

1-2となった時点で、アナウンサーなり解説者なりが、たとえば「う―ん、残り時間から見てブラジル相手にあと3点とるのはたいへん厳しい、至難の技といってよいでしょう。ブラジルとは、親善試合レベルではなく、本戦で真剣勝負を戦わすのは今回が初めてです。もうここは予選突破云々ではなく、王者相手に日本がどれほど通用するのか、次へつなぐためにも胸を貸してもらうことにしましょう」といった実況姿勢に転換できなかったものでしょうか。

実際は1-4となりロスタイムに入ってからも「このまま終ってしまうのかぁ~、サムライブルーに奇跡は起きないのかぁ~」とやっていたのにはホント寒くなりました。

今回のFIFAワールドカップではとうとう日本中ありとあらゆるところで「奇跡」の大合唱になってしまいました。
野球のWBCでも功を奏しましたし、サッカーでは既に「マイアミの奇跡」という実績があったのです。ですから日本国民一丸となって緒戦のオーストラリア戦から「奇跡」を信じていればよかったのです。信心が足りなかったから勝てなかったのです。

そうです、これから日本ではスポーツの応援はすべてこれで行きましょう。「奇跡を、奇跡を」日本が遅れている種目ではなおさらのことです。「奇跡を、奇跡を」そうすれば陸上100Mのファイナリストも出ますし、それどころか世界新記録で優勝できます。「奇跡を、奇跡を」カーリングでも金メダルがとれます。

冗談はさておき、サッカーは今後二大会ほどは、プレーヤには気の毒ながら、本戦は遠慮(アジア予選敗退)して、選手、JFA、サポーター共々実力の身の程を見つめ直しましょう。1993年のJリーグ設立からたかだか10年余りです。その間3回(うち1回は自国開催)の本戦出場とは出来過ぎです。ここは一旦狂乱状態から脱してクールダウンすべき時期です。

もっとも、当の選手たちは威勢のいい発言とは裏腹に自分たちのレベルの低さも実感しているはずです。狂乱を演出している元凶はテレビと、日本の真の実力を知りながら「ベスト8いける、うまくいけば4強も」などとそれにすり寄る御用専門家たちです。そしてそれにまんまと乗せられているが国民、という図式です。

規模、注目度では大きく劣るラグビーのワールドカップ。日本は毎回出場していますが世界との差は埋め難く、第四回大会までの戦績は1勝11敗。決勝トーナメントに残ったことはありません。おそらく選手、指導者は目標を高く持ちながらも、客観的なポジションは自覚しているはずですし、ファンも過剰な期待は抱いていません。報道も今回とは雲泥の差です。日本サッカーもじつは世界では似たり寄ったりの位置にあることを、煽りに惑わされずに認識できるファン層が形成されれば、と思うのです。

今回も含め、日本が出場した三度のワールドカップに限ってみた場合、それぞれの出場国の本国でも熱狂していることに違いはないのですが、日本のそれにはなにか異質なものを感じるのです。なにかマスコミを教祖としたカルト宗教に国ごとハマっているような、それも日本敗退でピタッと止む、非常にヘンな言いようのないものです。冒頭の不条理な実況アナウンスもその一例です。

再度冷静に見てみましょう。2点差で勝つはずが、3点差負け。そのギャップは5点ですよ、5点。笑わせるのもいい加減にしてもらいたい。どうしようもない実力差ではないですか。コンフェデレーションズカップでブラジルと引き分けた?親善試合でチェコに勝った?――日本には大きな自信になったでしょう。ただしあくまでFIFAワールドカップの本戦でも(地区が違うので戦うはずはないが)予選でさえもないところでの結果ですから。

ジーコはたしかに自信を与えてくれたかもしれません。はたして本気で優勝を狙える実力と思っていたのかは疑問ですが、監督、プレーヤ、JFA、国民はみんな身の程を忘れて催眠術にかかっていたのかもしれません。ただひとり、ほくそ笑んでいたのはテレビだけ、か。
いずれにしろ10年くらいはクールダウンの期間にして、その間FIFAワールドカップとは参加するものではなく観るものとしましょう。
W杯:明朝で騒ぎは終わり。やっとサッカーが楽しめる
またぞろ「奇跡」の連呼です。
今回だけではなくここ最近のFIFAワールドカップ、オリンピックといった大イベントではもちろんのこと、それよりははるかに規模の小さいスポーツイベント(例えば陸上、フィギュアスケート、バレーボール、水泳など)であっても、そこでのマスコミ――とりわけ突出してテレビ――の"煽り"には目も当てられません。

いつ頃からこのように変質してしまったのでしょうか。わたしにはやはり初出場となった1998年のFIFAワールドカップを嚆矢としてよいように思えます。
その前後の夏季オリンピックと象徴的な日本選手をあげてみますが、"煽り度"の変化を感覚として思い出せるでしょうか。

  • 1992 バルセロナ:有森裕子、吉田秀彦、古賀稔彦、岩崎恭子

  • 1996 アトランタ:篠原信一、サッカー(マイアミの奇跡)

  • 2000 シドニー:高橋尚子、田村亮子

判定するのは難しいかもしれません。ただし少なくとも、弱小種目でも国の枠が与えられていれば参加できるオリンピックとは異なり、世界最大のイベントであるFIFAワールドカップにはそれまで日本は出たくとも出られなかったのです。そこへ日本の出場が決まったことで、テレビとしてはゲーム中継そのものだけではなく、むしろそれ以上の関連番組が組める(=スポンサーを集められる)という、かつてない一大コンテンツが現出したことは確かであり、やはり大転換機となったのは間違いないと思います。
それに味をしめ、それまでオーソドックスにスポーツ中継していた種目も、影響されてバラエティー化していったのではないでしょうか。

もちろん国対国の激突ですから、自国を応援するのは当然なのですが、ここまで茶化され大騒ぎされると、純粋にスポーツ観戦したい者にとってはうんざりさせられます。人気スポーツは商業主義に飲み込まれていて、もはや仕様がないのだ、として諦めるほかないのでしょうか。

今回のドイツ大会に話しを戻すと、戦前「予選突破のカギは緒戦のオーストラリア戦にすべてがかかっている」と多くの「専門家」が言っていました。すなわち「勝てなければ予選敗退濃厚」と明言せずともそれを示唆したものだったはずです。
ところがオーストラリアに敗れ、第2戦も引き分け。理論上はまだ可能性は残っているものの、明朝の第3戦は最も手強いブラジルです。

高視聴率・部数拡大を目論む立場上、予選突破を標榜していた各メディアはここに至って「奇跡」を神頼みするとともに精神論を唱え始めました。
たとえばサンケイスポーツ"炎の守護神・川口、日本を鼓舞し「マイアミの奇跡」を再演だ!"
戦時中の記事も斯くやと思える美文調の文章が全編にあふれています。一部分だけ引用します。

持って生まれた熱き血潮が体内で激しく流れ出す。オレが守るゴールは絶対に破らせない。最低2点差以上の白星が絶対条件のブラジル戦は、無失点に抑えないとさらに条件は厳しくなる。GK川口の胸の鼓動は波打つように高鳴った。

20日の練習では、GK楢崎と2人で計504本のシュートを止め続けた。宿舎ではブラジル-豪州のテレビ中継を見つめ、脳裏に攻撃パターンを刻みこんだ。あの“マイアミの奇跡”が再現されないかぎり、ジーコ・ジャパンに“ドルトムントの奇跡”は起こらない。

かつて楢崎もカーンも「守護神」でした。要は何回かファインセーブすればもはやそのゴールキーパーは日本では「神」となるのです...いや、Jリーグのアナウンスを聞いていると各チームに「守護神」がいるようですから、単にゴールキーパーの別称のようです。
またマスコミは、はたして本当に世界レベルに達しているのかわかりませんが、日本代表は「黄金の中盤」を形成していると言っています。"日本の"とか"日本版"などと冠した方がよいのではないですか。本家ブラジルに対して非常に恥ずかしいのですが(それも本モノの「黄金の中盤」のひとりジーコの前ではなおさらです)。

一部の週刊誌は予選リーグ敗退を見越して、早くも応援基調から離れた記事を展開し始めているようです。
以下、週刊新潮、週刊文春の目次から。

新潮
「ジーコ・ジャパン」の終焉
【1】「引き分けでいい」選手を戸惑わせたジーコ「謎の指示」
【2】A級戦犯「柳沢」で蒸し返される「梨花との夜」
【3】「中田英」が暗に批判した「俊輔の単調プレー」
【4】CM料「4000万円」宮本の「商品価値」が暴落した
【5】「テレビ放映」で起きた武蔵野「にごり水」騒動
【6】「非国民」と罵倒された日本人女性の「ある行為」
【7】次の「南アフリカ大会」は予選突破も「絶望的」

文春
こんな日本代表に誰がした!
▼大暴落! ジーコの「お値段」
▼柳沢と高原はDFに転向しろ
▼俊輔を外したトルシエは正しかった
▼「独裁者」川淵キャプテンの進退を問う
▼「日本はイケる」と煽ったテレ朝と女子アナの罪
▼金子達仁「中田英寿はなぜイチローになれなかったのか」

ともかくも決勝トーナメントからは喧噪が一段落しそうな気配です。
福井日銀総裁:寄付してから辞任となれば「泣きっ面に蜂」では
福井俊彦日銀総裁の村上ファンドへの一千万円の投資について、論調の異なる二紙の社説を比較してみます。

一方は東京新聞"福井日銀総裁 疑問は深まるばかりだ"、他方は日本経済新聞"信頼回復へ福井総裁の試練"
東京は世論の主流ともいえる糾弾派ですが、日経はタイトルの「試練」が示すように「これしきのことを乗り越えられなくてどうする」といったトーンの応援派です。

【儲けた利益千五百万円について】

東京

国会で収益について「大した額ではない」と説明していたが、普通の感覚では「ぼろもうけ」に近いといわざるをえない。
まして、日銀はこの間、ゼロ金利と量的緩和政策を続け、普通の人はほとんど利息収入を得ていない。国民に低金利を求める一方で、日銀総裁が一部の人しか投資できないファンドで、ぬれ手であわに近い荒稼ぎをしていたとあっては、日銀への信頼が失墜するのも当然である。


日経

金融緩和策で預金金利が極めて低い時期に自らは巨額の利益を得ていたのは問題だという声もある。だが、ファンドへの拠出は元本割れのリスクが伴うことなども考えれば、そうした批判は必ずしも当を得ていない面がある。

【福井総裁を擁護した政府について】

東京

政府に日銀が借りをつくった形になって、市場と世間が日銀の独立性に疑問を投げかける結果を招いた責任は重い。


日経

政策運営では日銀の判断を貫いてほしい。ゼロ金利解除は当面の試金石だ。政府・与党の意向をくみ、意に反していたずらに遅らせるようでは困る。

【今後のとるべき態度について】

東京

会見では、総裁自身が「よく分からない」と答える場面もあった。真相解明が必要だ。「元本と利益は寄付する」と総裁に言われても、これで幕引きにはできない。


日経

総じていえば、野党のように「辞任に値する」と断じるほどの根拠は現時点ではないのではないか。
行動によって日銀の公正・中立さを証明するのが、信頼回復への最良の方法である。

元利とも寄付するとのことですが、寄付行為に転じた心情がよくわかりません。いかにも場当たり的、目くらまし的な行動に見えます。さも反省しているかのようなポーズに思えるのは穿った見方でしょうか(寄付は辞任しないこととのバーターなのか。辞任となれば寄付もナシとなるのか)。実際二千万超という"巨額"をポンと手放すつもりなのでしょうが、それについては恐れ入ります。
すでにダーティーなイメージはついてしまいました。それでも「職務を全うしたい」というのはたんに地位に汲々とするのとは異なる、もっと崇高な気持ちからなのでしょうか。われわれ庶民がうかがい知りえるところではありません。

最終的には辞任せざるを得ない状況に追い込まれるような気がするのですが。
きょう「山口母子殺害」上告審判決:最高裁の役割を勉強
今日の午後、1999年4月山口県光市で起きた母子殺害事件の上告審判決がでます。
昨日の東京新聞web"『死刑相当』の可能性"から一部を引用します。

 上告審では、二審判決を見直す際に多く開かれる弁論があり、第三小法廷は「死刑相当」と判断する可能性がある。

 最高裁によると、記録が残る一九六六年以降、二審無期懲役を不服として検察側が上告した事件で、最高裁が二審判決破棄と死刑を同時に言い渡した判決はない。死刑相当と判断して二審判決を破棄、審理を差し戻したのは、連続射殺事件の永山則夫元死刑囚(九七年執行)など二件だけ。

 永山元死刑囚の第一次上告審判決(八三年)は(1)犯行の罪質(2)動機(3)態様(4)結果の重大性、特に殺害被害者の数(5)遺族の感情(6)社会的影響(7)犯人の年齢-などの死刑適用基準を示した。

 男性被告の一審山口地裁判決と二審広島高裁判決は、この死刑適用基準に適合するかどうか検討し「犯行態様は計画的とまでは言えない。年齢も(死刑が適用できる)十八歳になって一カ月しかたっておらず、内面の未熟さが顕著。更生可能性がある」と判断した。

 このため上告審では、計画性と年齢の評価などが争点となった。

わたしがアンダーラインした箇所、最高裁はなぜ自分で死刑判決を下せないのでしょうか。差し戻して再度時間をかけなくともその場で決してしまえばよいのでは、と思うのです。なにかきまりで制限されているのでしょうか。

いままでよく最高裁の役割を知らずにすごしていたようです。
わたしは、せいぜい「原告・被告とも判決に不満ならば地裁→高裁→最高裁と上に上げて再度審議してもらう。ただし新たな証拠など正当な理由がなければ受け付けられない」といった程度の認識しかなく、各裁判所の性格・役割にはたいした違いは無い――各裁判所の名称からは上に行くほどより高度な審理を想像させるが、感覚としては別の医師にセカンドオピニオンを求めるようなものに近いのでは――と思っていました。

教えて!gooの"質問:「最高裁から高等裁へ差し戻し」とは"に最高裁判所の特殊な役割が書かれていましたので自分なりにまとめておきます。

  • 最高裁判所の負担を軽減するために上告理由は厳しい基準でできている

  • 最高裁判所では「事実(の受け止め方)」を争うことはほぼない。それは1・2審での役割。上告受理はその論点が法律の解釈を軸にした場合となる

  • 最高裁判所は「法律解釈」と「違憲審査(大法廷での審議を義務付けている)」をするところ。よって、法律上特に定められていない事件では新たらな判決を出すことなく、差し戻すまでしかできない

  • ただし、法律解釈の変更だけで原審とは逆の結論を導ける場合や、訴訟の場に十分な事実が上がっている場合には、原判決を破棄して逆転判決をすることがある(破棄自判)

  • 差し戻し判決がでれば高等裁判所がふたたび審理し判決することになる。
    その際、高等裁判所は最高裁判所の破棄理由に拘束される。今回「死刑相当」として差し戻した場合、高裁ではそれに沿った再審議がなされる。その判決はほぼ「逆転」=「死刑」となるとみてよい

同ページには「最高裁は、法律解釈を任務としますので、原則として新たな事実の取調べはしません(その例外性ゆえに、有名な事件では、最高裁で事実関係調査のための口頭弁論の実施決定それ自体がニュースになることがあります)」ともあります。
この母子殺害事件の上告審はその稀な口頭弁論があったケースです(今年3月、弁護側が遅延目的でそれに欠席し非難された)。

判決は午後3時です。
日本代表:1998フランス大会でもキャンプ地で市民と交流していません
FIFAワールドカップ、日本の第2戦のクロアチア戦は0-0の引き分け。予選突破なるか否かは第3戦まで持ち越しとなり、少なくともそれまでは世の中の高テンションは継続することになりました。

ところで昨日日本は緒戦に引き続き現地15時(日本時間22時)開始の試合となりました。15時のゲームが2戦続くとは、酷暑の中だっただけにとくに目についたこともありますが、そんなチームは他にはないのではないかと思い調べてみました。

まず、予選リーグの最終第3戦だけは同グループ内で同時刻開始(現地16時か21時)ですが、第2戦までは規則性・公平性はなく現地15時、18時、21時のいずれかとなります。暑い日では後になるほど良いコンディションで試合に臨めるでしょう。

ラウンド16以降も含め日程は大会開催前から決められています。当然スケジュールを組む段階では決勝トーナメントに勝ち上がる国はわかりません。ベスト16確定後に試合時刻を組みかえる、ということもありません。第3戦は上述のようにグループ内同時刻開始という"縛り"があります(開催国ドイツでさえ第3戦は16時開始)。よってカネと引き換えに何らかの手心を加えられた(無理を言えた)のは1、2戦のスケジュールではなかったでしょうか。

1、2戦とも15時開始となったのは日本のほかはどうもセルビア・モンテネグロだけのようなのです。
日本戦について当然想像できる――というより、確固たる事実だろうが――のは、日本時間での22時が放送局に最も都合が良い、つまりはスポンサーのため、つきつめれば広告代理店のためだったということです。

この時期のドイツの酷暑は異例の気象状況なのかわかりませんが、広告代理店はそんなことには頓着することなく15時の"マッチメーク"を敢行したのでしょう。
皮肉にもそれが、勝敗は別にしても、日本代表のパフォーマンスを低下させるおおきな要因になろうとは...。
反対した経緯があるのかもしれませんが、最終的にこの方針に従ったJFAは選手よりも経済(カネ)優先の考えに同意したといわれても仕方がないでしょう。

閑話休題。以下が今日の本題です。
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カメルーンは中津江村で皆とふれあいましたが、日本はボンで何もしていません
今晩は予選リーグの第二戦となる対クロアチア戦。テレビでは朝から「絶対に負けられない、勝ちにいく、勝てる、勝つ、絶対に勝つ」と威勢のいい言葉の連呼・絶叫で大騒ぎです。

日刊スポーツの"ボン市民がっかり選手交流なし"という記事は6月7日付けのもの。その後も地元民との交流があったという報道はきいていませんから、ゲーム以外のことは眼中になしと言ったところなのでしょう。

同記事が報じられたのはボン入りして10日も経過した時点でのこと。その間「ボン市では各種歓迎セレモニーを実施しているが、出席するのは団長を務める釜本副会長や田嶋技術委員長ら日本協会幹部。選手やジーコ監督の姿はな」かったそうで、JFA幹部の意向は「ドイツ入り後はサッカーに集中させたい」のだそうです。

2002年の日韓大会ではどうだったか、そして当然ともいえる提言を記事から引用します。

 02年日韓大会で日本は27のキャンプ地が出場国を受け入れた。仙台市ではイタリア代表の3選手が養護学校を訪問。兵庫・津名町(淡路島)ではイングランド代表が7つの小学校児童約60人と交流会を持った。そのほかにもパラグアイ、コスタリカ、大分・中津江村を世界的に有名にしたカメルーンなど、選手たちは地元の人々と積極的に交流を持つことで、地元の歓待に恩返しをした。

 W杯では選手が「親善大使」的な役割を果たすケースも少なくない。地元開催を経て、今度は日本が地元の人々に恩返しする番だ。「日本にベースキャンプを張ってもらって本当に良かった」とボンの人々に胸を張ってもらえるようなジーコジャパンであってほしい。

セレモニーには選手、監督とも参加すべきでした。そうすることで、地元市民はますます応援してくれる、そして最後に帰国するときお互いに感謝しあいながらお別れする。その後もキャンプ地はもちろんのこと、その様子を画面を通して見た開催国の人々もそのチームと国に親しみを感じる....というのが日本が体験したものだったはずです。

ところが今回我がチームは勝負一辺倒でその余裕さえなかったようです。
日本が予選突破ならず、それからやおら交流したとしても、本来の順を踏んだ場合とは大差のある、親交の度合いは極めて薄いものとなるでしょう。

予選敗退が決まっていない現段階では、この「交流なし」を報道しているところはほとんどないようです。当然の結果として多くの人たちは「それ、まずいんちゃう」ということさえ感じていません(だからこそ「ニッポン、ニッポン」と単純に騒いでいられるのか)。
マスコミは予選敗退後のスポーツ欄のネタではなく、社会欄の(糾弾論調の)ネタとして温存しているのでしょうか。
プーマとアディダスの関係は「一澤帆布、信三郎帆布」と同じだった
連日FIFAワールドカップを観戦しています(ただし生で観るのは日本時間22時試合開始のゲームだけ)。やはりヨーロッパでの開催ということが大きいのでしょうか、2002日韓大会時とは異なり、欧州の強豪国が順当に勝っているようにみえます。

ところで今大会では、胸のところだけでなく両肩にもマークの入ったPumaのユニフォームがよく目についていたのですが、そんなところへ6月15日東京新聞webに"プーマVSアディダス ピッチで"代理戦争"という興味深い記事がありました。

両社ともドイツの企業であることは知っていましたが、「もともとルドルフ、アドルフのダスラー兄弟が一九二四年に創立した靴工場が起源。不仲が原因で、四八年に兄がプーマを、弟がアディダスを設立した」とのこと。しかし大企業となったいまでもあえて都会へ移ることなく"仲良く"人口二万三千人の小さな町、ヘルツォーゲンアウラッハに本社を構えているというのは、生まれ故郷・田舎を大事にするいい話に思えました。

とはいえ「兄弟が存命中の七〇年代まで続いた緊張感は今、次第に薄れてきている」が「主要産業を担う両社のつばぜり合いで、町民もおのずとプーマ派、アディダス派に」わかれ、「川の北にプーマ、南にアディダスの本社があり、川が境界」というやや険悪な面もあるそうです。

ん?最近日本でも兄弟が諍いして分裂したところがありましたが...そう、かばん屋さん――本家「一澤帆布」と、分かれていった「信三郎帆布」の兄弟です。

さてそんななか、今度はMSN毎日インタラクティブにユニフォームネタが。"ドイツW杯 スポーツメーカーも熱き戦い ユニホームに込めた技術力競う"です。

今大会の各国のユニフォームの契約メーカー
Puma (12)
Nike (8)
Angola
Cote d’Ivoire
Czech Republic
Ghana
Italy
Iran
Paraguay
Poland
Saudi Arabia
Switzerland
Togo
Tunisia
Brazil
USA
Australia
Croatia
Netherlands
South Korea
Mexico
Portugal
Adidas (6) Umbro (2)
Germany
Argentina
France
Spain
Japan
Trinidad and Tobago
England
Sweden
Lotto (2)
Joma (1)
Serbia and Montenegro
Ukraine
Costa Rica
Marathon (1)

Ecuador

上記MSN毎日インタラクティブによれば、前大会と比較して契約チームの増減は
  • Puma +8
  • Adidas -5
  • Nike +1
だそうです。Pumaの大躍進です。そういえばイタリアはたいていKappaだった印象がありましたが、ここもPumaになっています。 おそらくスポーツメーカーに限らず舞台裏では必死の営業活動が展開されているのでしょう。
共謀罪:「大前提に疑義あり」との記事
つい先日まで大騒ぎしていた「共謀罪」についての論議。結局国会での成立は見送られましたが、廃案になったわけではありません。

そんななか、きょうの東京新聞に"共謀罪 国連求めているのか"という記事が載りました。

その大意をまとめておきます。

国際的な組織犯罪を防止と,各国の協力を促進することを目的として国連で採択された「国際組織犯罪防止条約」。これ自体には野党も含めて国会での賛同が得られている。そして与党・政府は「共謀罪を創設しないと国連の条約を批准できない」として同法案の成立を期していた。

ところが、最近になり「国連条約や国連が作成した立法ガイドの原文をきちんと読むと、共謀罪を創設せずに、現在の日本の刑法体系のままで条約を批准できるはずだ」という声が出てきた。

米ニューヨーク州の弁護士資格を持つ喜田村洋一弁護士が、国連条約と立法ガイドの原文(英文)を読んだ結果、共謀罪が条約批准の条件ではないことに気付いたという。

その立法ガイドの「51パラグラフ」。

外務省の「仮訳」では、「これらのオプションは、関連する法的概念を有していない国において、共謀または犯罪の結社の概念のいずれかについては、その概念の導入を求めなくとも、組織的な犯罪集団に対する効果的な措置を取ることを可能とするものである」と翻訳されている。「共謀罪」か「犯罪の結社」(参加罪)の概念の「両方とも」を導入する必要はないけれど、どちらか一方は導入しなければならない、という政府・与党の主張は、これが論拠となっている。

しかし喜田村弁護士の言い分はこうである。

「直訳すれば『この選択肢は、関連する法的概念を有しない締約国において、どちらの概念-共謀または犯罪結社-の導入も要求することなく、組織的犯罪集団に対する実効的な措置を可能にする』となる」

「平易に翻訳すると『この選択肢は、共謀または犯罪結社に関する法的概念を有しない国においても、これらの概念の導入を強制することなく、組織的犯罪集団に対する実効的な措置を可能にする』という意味だ。共謀罪などを導入している国もあるという記載は『そういう国もあります』という例示列挙にすぎず『そうせよ』という意味ではない」

喜田村弁護士らの指摘通りなら既に組織犯罪処罰法を持っている日本は、わざわざ共謀罪や参加罪を創設しなくても条約を批准できるのに、できないと思いこんで共謀罪創設法案を審議し続けてきたことになってしまう。

「今頃になって」とも思えますが、実は「間に合った」というべき、重要な"発見"であり、その開陳ではないでしょうか。

国連条約と立法ガイドの原文はA4判用紙で約十センチもの大部だとあります。これを、動機は何であれ、調べてみようとした市井の一弁護士(?)のおかげで今後急展開をみるかもしれません。

対して、恥ずべきは世のマスコミです。わけても「共謀罪」には強力に反対の論調を掲げ、人的パワーを多く抱えているにもかかわらず、原文に当たろうともしなかった(あるいは当たっても疑問を呈し得なかった)大手は恥ずかしくないのでしょうか。
Jazz Vocal:ヘレン・メリルはいまもカクシャクとしています
TBSラジオを聞いていると、ヘレン・メリル(Helen Merrill)の来日公演を宣伝していました。"You'd be so nice to come home to"で有名なあのかたです。

わたしも同曲の入ったアルバム「helen merrill」のCDを持っています。録音用と思われるマイクに向って歌い込んでいる、情感あふれる表情のジャケットで知られるあのレコードです。

わたしがこれを買ったのは"You'd be so ..."が聞きたかったのか、それとももっとも好きなトランぺッターのひとり、Clifford Brownが参加していたからだったか...両方だったかもしれません。

冒頭のラジオの宣伝をきいて

  • Clifford Brownといえば――かれは若くして亡くなったが――Sonny RollinsやMax Roach、Miles Davisらと並ぶモダンジャズの伝説的人物のひとりである

  • 同時代の巨人たちの多くはすでに幽明境を異にしている

  • Brownが死んだのは1950年代だったのでは。ならば当然"You'd be so ..."で共演したあのアルバムも1950年代の作品となる

  • とすると、Merrillはいったいいま何歳なのだ

  • サバを読んで"You'd be so ..."が1960年の作品、そのときのMerrillをはたちと仮定すると、いま66歳

  • 実際は70歳を超えたくらいだろうか

と、俄に不思議モードに陥ったのです。

そして調べてみました。
allmusic.comによると

  • 1930年7月21日生まれ、間もなく76歳

  • アルバム「helen merrill」(わたしが所持する外盤にはこうあるが、同ホームページでは「Helen Merrill with Clifforf Brown」となっている。これが正式名称のようだ)は1954年の作品

  • 読み間違いでなければ、1960年代の終わりから70年代半ばまで日本で生活していたようだ

  • ついでながら、今回の来日は「富士通スペシャル ジャズ・エリート 2006」のためで、これはすでに5月29日から始まっておりいまも各地を回っているようだが彼女の出番自体は6月11日で終了したようだ。TBSでのコマーシャルはこれとは別の単独公演なのかもしれない

もともと日本びいきだったのですね。なにはともあれ、76歳というお年ながら、はるばる日本でのツアーが出来るということは間違いなくご健康だと言うことです。
ご無事をお祝いして久しぶりに"You'd be so nice to come home to"かけてみますか。
サッカーW杯:日本の出場は「アジア枠」ならぬ「経済枠」
FIFAワールドカップ・ドイツ2006、昨夜の日本にとっての初戦、対オーストラリア戦は残り約5分の時点までリードしながら、その後の5分間で2点を入れられ、さらにロスタイムでもダメ押しされて、結果1-3の負け。

敗戦でいまいっとき意気消沈しているとはいえ、この国を挙げての浮かれバカぶりは何なんでしょうか。自国を応援する気持ちは当然理解できるのですが、都合の良い解釈だけして無理矢理勝利の根拠にしたがるのはいかがなものでしょうか(たとえば「気温が高ければ日本有利」というものがあったが、ピッチ上で30℃以上となった昨日の日本のバテぶりをみよ。エスキモーのチームと戦うのなら説得力があったかもしれないが、気候条件は両チームとも一緒である)。

国内では日本が1次リーグで敗退という予想はほとんど目にしません(客観的なデータからそういう判定にたどり着く方も相当数いるはずなのに)。
おそらくはわたしがあまりに堅苦しく考えているのであって、多くの人の言い分は「そんなに目くじらを立てるものではない。望外とわかった上で応援しているのだ。第一に悲観的な予想だけなら盛り上がらないでしょうが。要はお祭りなのだ」ということなのでしょう。

ところで重ねて私見を言うと、ドイツ大会で世界のサッカーファンが盛り上がれるかどうかは、まずヨーロッパ勢と南米勢がベスト16にどれだけ多く残ることができるかにかかっているのではないか、と思っています。

その観点でいうと、前回2002年の日韓大会はそうではなかった、ということをあげておきます。

  • 参加32カ国中、欧州のチームは15カ国

  • グループ分け(A - H)で欧州勢が2カ国入ったグループが7、単独のグループが1

  • ベスト16に進出した欧州チームは9

  • その内訳は、2チームがベスト16へ進出したグループが2(グループGではそのためアルゼンチン脱落)、1チームだけが5グループ、1チームもなかったのが1グループ(韓国の入ったグループD。ポルトガル、ポーランドともに脱落)

  • 他のベスト16進出国は北中米2、南米2、アフリカ1、そして日韓

個人的には、自国開催ということをこの際措くことにすれば日韓、そしてアメリカの進出によって、当然いるべき役者が揃わなかったという意味で大会の興味を大幅にしぼませられました。とくに韓国、トルコの"勝ち上がり過ぎ"でその感を強くしていったのを思い出します(なかでも韓国は1次リーグからの「不正判定」による強豪国撃破は大会を急速につまらなくした)。

ちなみに、"FIFAワールドカップ開幕目前:わたしの予想(予選リーグ)"での今大会のベスト16は、欧州12、南米2、北中米1、アフリカ1という構成なっていますがどうでしょうか。

先日、ネットでこんな内容のものが目に止まりました。「FIFAのスポンサー企業としてもマーケットとしても日本は最重要国である。したがって今後もアジア枠は日本が確実に出場できる分は確保されるであろう。ただしアジアには欧州・南米ら強豪国を引き立てる"かませ犬"としての役割しか与えられないが」
連日の過剰な熱気・宣伝・バカ騒ぎの報道をみると、中らずといえども遠からず、ではないでしょうか。日韓両国、今回はホスト国としての特典はありませんが、"かませ犬"として1次リーグ敗退となるかどうかにも注目しましょう。
再度「日本全国8時です」スポーツコーナーのコメンテーターについて
以前わたしが"森本毅郎「日本全国8時です」:月曜日、スポーツコーナー"で、「このひとはプロ野球以外話題がない。だから"スポーツコーナー"と銘打つコーナーのコメンテーターとしては不適格だ」という旨を主張した、そのご当人、永谷脩氏。
今朝の放送はその感をいっそう強くさせられるものでした。

今日はFIFAワールドカップでの日本の初戦の当日です。いくらサッカーに疎い永谷氏とはいえ、今日のメインの話題はこれにせざるを得ないでしょう、と思っていたのです。さあ、不得意な分野に対しどうやって話を進めるか、すこしは"勉強ぶり"がうかがえるか、注目していました。

結果的にはいつも通りの永谷氏がそこにいました。
おおざっぱですが。放送時間10分として、大体次のような配分ではなかったでしょうか。

  1. 宮里藍、首位で迎えた全米女子プロゴルフ最終ラウンドについて途中経過もまじえながら【3分】

  2. 今夜の日本対オーストラリア戦について、既報情報(FW高原、復調、先発OKなど)に触れ、あとは「がんばってもらいたいです」で終わり【1分】

  3. 巨人の連敗と野茂の3A解雇について【6分】

注目すべきは永谷氏自身が、FIFAワールドカップという大イベントがいま進行中であるにも関わらず、これには興味がないことを間接的ながら吐露していたことでした。

サッカーに話題が移り、森本氏が「連日寝不足が続きますねぇ」と振ると、永谷氏は「そうですね。その分僕たちにとってはヒマになるんですが」とおもわず本音を。そしてあっという間にサッカーの話が終わり、森本氏の――やや皮肉のこもったというか、揶揄したというか――「さあ、永谷さんの本業、プロ野球にいきましょう」というかけ声が掛かるやあとは"水を得た魚"でした。

文頭に示した以前のエントリでは書いていませんでしたが、番組の冒頭では毎回「スポーツジャーナリストの永谷脩さん」と紹介されるのです。
サッカーは不得手の分野であることは百歩譲って認めるとしても、この世界最大級のスポーツイベントについて気の利いたことを10分も話せないで何が「スポーツジャーナリスト」ですか。たとえば、日本の戦い方については(知らないので)話すネタがないとしても、「日本戦だけでなく世界のハイレベルの試合を堪能しよう」とか「対テロ対策」とか「政情不安ながら出場している国」など周辺の話題はいくらでもあるでしょう。

自称ではなくTBSが勝手に「スポーツジャーナリスト」と紹介しているのかもしれませんが、そうだったらTBSは「(プロ)野球ジャーナリスト」とすべきです。しかしそうではなく、永谷氏自身が「スポーツジャーナリスト」を称しているのなら、それに価しないことを自覚し、恥じるべきだと思うのですが。
プロ野球:球団名についての愚考
今朝ニュースで昨夜のプロ野球の結果を伝えるアナウンスを何気なく聞いていましたが、ある(つまらない)ことに気づきました。
アナウンサーは対戦カードのチーム名を以下の表にした呼称で読みあげていました。普段と変わりのないいつもどおりの呼び名です。

横浜

オリックス
阪神
西武
ロッテ
巨人
中日
日本ハム
広島
楽天
ソフトバンク
ヤクルト


球団の正式名称に"潔く"会社(企業)名を含めていないのはいまや「横浜ベイスターズ」のみです。ただし「広島東洋カープ」については、現在の球団名は「広島マツダカープ」ではないのですから、「東洋」の二文字は「東洋工業」時代の単なる名残と大目に見て、ここも会社名の冠はないチームとしましょう。

残りのチームは、上の表のように短縮形で呼ばれる場合しっかり会社名(の略称)で呼ばれています・・・・と、ひとつだけ例外があるようです。 「巨人」です。正式の球団名は「読売ジャイアンツ」なのに会社名「読売」は全くでてきていません。

Jリーグが当初チーム名に許していた会社名を撤廃しようという段になって、絶対に賛同できないと頑に(意地汚く)反対したのは当時の読売新聞社長・渡邊恒雄でした(傘下チームは当時ジャイアンツと同様にサッカー界の盟主の立場にあった「読売ベルディー」)。

NHKでさえ毎日スポーツコーナーで自社を連呼してくれるのに、巨人のみその恩恵に浴していないとは皮肉ではないですか。あれほど会社名の冠にこだわった、当のそのひとの息のかかるチームが親会社を宣伝していないとは。全盛時ならいざ知らず、今では巨人イコール読売グループとはそれほど広くは知られていないのではないでしょうか。
ビリー・プレストンを悼む
Billy Prestonが亡くなりました。昨年11月に受けた腎移植手術が失敗し、意識不明のまま一度も目を覚ますことがなかったと伝えられています。

BBC NEWS "Keyboard hero Billy Preston dies"によると、90年代に入ってからはドラッグ所持や保険金詐欺などで収監を繰り返していたようで、残念ながら人生の最後においては転落の道を歩んでしまったようです。しかし59歳とはなんとも若すぎる死です。

かれは周知のようにいわゆる"Get Back Session"では単にキーボード奏者としての役割を果たした以上に、険悪化していた4人の間の絶妙な緩衝剤となり、ほとんど死に体だったBeatlesが最後の最後にクリエイティブな輝きをみせるその原動力たりえた、といってよいでしょう。

はじめて知ったことですが、シングル盤「Ger Back」のレーベルには"The Beatles With Billy Preston"とクレジットされているとのこと。Beatlesのレコードにかれら以外の名が載ったのはこれが唯一です。

晩年は不遇のうちに生涯を終えることになってしまいましたが、世界中でこれからも最も聞かれるであろうレコードのなかでPrestonのキーボードは生き続けます。今晩は「Get Back」のかれのエレピを聞きながら冥福を祈りたいと思います。

(それにしても映画「Let It Be」のDVD化はどうなったのでしょう。この映像を嫌っていたGeorge Harrisonが亡くなったあと、毎年のように「今度こそ出る、出る」といわれながらなかなか実現されていません。未公開映像も加えられて発表されるとも耳にしましたが、あと半年を残した今年は期待できるでしょうか)
スタンダール「赤と黒」:読後メモ
本日スタンダール著「赤と黒」(鈴木力衛訳)を読み終えました。わたしが今までに読んだミステリや推理ものを除いて、世界文学全集の類いの選に洩れることは無いような、海外の古典作品のなかでは最も長編のものでした。

「おもしろかったか」と問われれば、「それほどでも」というのが正直なところです。以下、"2時間でわかる世界の名著"にあるあらすじを借りて、わたしの感想を記しておきます(あらすじはイタリックで、かつ気になる部分はボールドで表示)。
[スタンダール「赤と黒」:読後メモ]の続きを読む
FIFAワールドカップ開幕目前:わたしの予想(予選リーグ)
FIFAワールドカップの開幕がいよいよ目前に迫りました。 わたしなりにグループリーグ突破チームの予想をしておきます。

○のチームがベスト16に進出する、と予想します。

Group A
Group B

Costa Rica England
Ecuador
Paraguay

Germany
Sweden

Poland
Trinidad and Tobago
Group C
Group D

Argentina

Angola

Ivory Coast

Iran
Netherlands
Mexico
Serbia and Montenegro
Portugal
Group E
Group F
Czech Republic

Australia

Ghana
Brazil
Italy
Croatia

United States

Japan
Group G
Group H
France

Saudi Arabia

South Korea
Spain

Switzerland

Tunisia
Togo
Ukraine
毎日新聞さん「経世済民術」を公開してもらえませんか
昨日(6月3日付)毎日新聞の「経世済民術」のイラストは秀逸でした。
どういうものかというと、この1日から始まった違法駐車民間委託を風刺したもので、巡視員が駐車して配達中の宅配業者の車(3台)をみつけて様子をうかがっています。

  • ひとりめの業者はロボットに配達させています。自分は車の屋根からリモコンを操作しています。まだ操作に不慣れなようです

  • つぎのひとが一番のヒットです。歩道で宅配業者から荷物を渡されているのは受取人でしょうか。宅配業者はなるべく車の荷台から離れ過ぎないよう距離を気にしながら「リー、リー」と言っています。すなわち巡視員を牽制で刺そうとするピッチャー、自分を盗塁を狙う塁上のランナー、車をベースに見立てたものです。この宅配業者が、手渡すひとではなく巡視員を横目で盗み見ている目つきが笑えます

  • 最後は車内に「配達中です」のボードをもった案山子を残しています

作者よこたしぎ氏が、最新の時事を抜群のユーモアセンスで斬る週一回のこのコーナーですが、わたしとしてはかなりの高率で笑わせてもらっています。登場人物の表情も注意深くみるとさらに楽しめます。

残念ながら毎日新聞ではこのイラストを自社ホームページでは公開していないようです。どこの出版社でもよいですから、一冊の本にまとめて出してもらいたいものです。
清水次郎長~中村雅俊~「俺たち」シリーズ・・と思い出したこと
昨夜から始まったNHK『木曜時代劇』の新シリーズ「次郎長 背負い富士」を見ました。養子に出されたところから少年期を経て家督を継いだところまで駆け足で描かれましたが、やはり急ぎすぎな感じがしました。

以下は次郎長のことはあまり知らない上に山本一力氏の原作「背負い富士」も読んでいない立場での、昨夜の第一回だけを見ての感想です。
  • 義母ふな(烏丸せつこ)との関係はもっと濃密で親子の範疇を越えたものだったのではないか
  • 乱暴者らしく描いていたが(単に賭場に出入りするだけでなく)すでに任侠の世界に足を踏み今んでいたのか
  • 家のカネを持ち出して出て行ったが、それに至ったのはなぜ。その後米相場で当てて帰ってきたが、この一連のエピソードは原作では詳しく書き込まれているはずである。一話分かけて描くべきではなかったか
  • 義侠心に富む人物であることをにおわせるエピソードはこの時点ではまったくなかった
  • 今後中村雅俊の登場となるが、たしかに彼は見かけは若いのだが、しかしどうしても年を隠しきれないのは一目瞭然である。より若手のキャスティングでもよかったのではないか

清水次郎長のドラマといえば、わたしには次郎長が竹脇無我、石松があおい輝彦のものがまず思い出されます。時代劇データに詳しい"侍 時代劇 '60~'90"によると
1971.5.8-1972.4.29 52話
土曜日 20:00-20:56
フジテレビ
制作:東映
脚本:葉村彰子・向田邦子(1)、監督:山崎大助
キャスト:清水次郎長/竹脇無我、お蝶/梓英子、大政/大木実、石松/あおい輝彦、黒駒勝藏/露口茂、増川仙右衛門/太田博之、桶屋の鬼吉/田辺靖雄、法印大五郎/南利明、追分三五郎/近藤正臣
とあります。梓英子や大木実はハマり役だったことをおぼえています。露口茂はどんな役柄だったか忘れています。向田邦子も関わっていたのですね。

ところで昨日、番頭役で小倉一郎がでていたので、奇しくも中村雅俊と「俺たち」シリーズの再共演か、あのドラマはなんだったか、とまた調べてみました。が、わたしの勘違いで共演はしていませんでした。

ドラマ名主演放映期間
俺たちの旅中村雅俊、田中健、津坂まさあき1975.10 - 76.10
俺たちの朝勝野洋、小倉一郎、長谷直美1976.10 - 77.11

あの頃、最後に流れる詩に感動し、明日(月曜)からまたがんばろうと思ったものでしたが、いま考えてみると、相田みつを「にんげんだもの」と同様の当たり前の陳腐なことを言っていただけ(とわたしは"みつを"を評価している)だったような気がします(エンドテーマ曲の効果も相まって大いに煽られたものです)。
「私の中の日本軍」にみる日本刀の実態
昨日のエントリにも書きましたが、いま読書中の山本七平著「私の中の日本軍」(文春文庫)。直近で読んだ章に日本刀に関する部分があったのですが、本題の戦争から離れ、純粋に日本刀の知識としてみても非常におもしろいものでした。

具体的には下巻の「日本刀神話の実態」「白兵戦に適さない名刀」の二章にわたって取り上げられた事柄です。
もちろんわたしも時代劇の「バッタバッタと斬り倒す」ことは現実には不可能なことは知っていましたが、実際どういう不具合が出来するのかまでは覚えていませんでした。作者の実体験や、修理のため従軍した日本刀の専門家の著書(成瀬関次著「戦ふ日本刀」)から日本刀の(主に負の)特性が記されていました。

その中に山本氏が(紙数の関係だと思うが)詳述を避けたため、疑問として残ったことがありました。それを調べましたので書き留めておきます。

  • 【Q1】日本刀で打撃を与える(斬る、打つ)とほとんどの場合、刀身が鍔元から左に曲がり鍔と柄がガタガタになるとある。なぜ曲がる方向が「左」なのか

  • 【A1】刀の断面(ポキンと折れたときの面)は左右対称ではないため力のかかり方が片寄ったためか。本来真っ直ぐに切り込むことが出来るように「片切刃造り」(右半分が一般的な鎬造りもしくは平造りで、左半分が切刃造り)になっているのだが、日本軍の多くは日本刀の使い方に疎かった(使ったことさえなかった)ことが大きな要因か。詳しくは"日本刀の科学"を参照(図解あり)


  • 【Q2】日本刀の欠点を羅列したあと、しかし昔は(赤穂浪士なども)実戦となればきちんと対応させていた例として「ネタ刃」というものが「戦ふ日本刀」にあるとしながら解説は省いている。「ネタ刃」とはなにか

  • 【A2】「寝た刃合わせ」のことだと思われるが、これは"兵法・武術用語"によれば「すべらかな刀身、特に刃の部分に荒研叉は木賊でこすってざらざらにする事。これは、磨きたてのすべらかな刀身に、摩擦力を加え、より斬れやすくする為に行った。また、切り合いを重ね、血糊などで切味が鈍ったときにも行う」とある

いずれにしろ、先の大戦当時の日本刀は純粋に武器としての価値はあまりなく、精神的装飾物としての側面が大きかった、ということがわかりました。
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