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奇跡:サッカーに限らずこれからは何でもこれにすがりましょう
けさのブラジル戦はラジオ(民放)で聞いていましたが、途中からはまともな中継とはいえないものとなっていました。

後半に入りブラジルに1-2と逆転されました。この時点で望みをつなぐには2点差をつけて4-2としなくてはなりません。アナウンサーも繰り返しそう言っていました。しかし現実的にみて、このブラジルから日本が3点取れますか。確かに論理的には確率はゼロではないでしょう。

たとえば、事前にブラジルのプレーヤは毒を盛られていて、このときにわかに効き目が現れ動きが急激ににぶくなる。そして日本が"奇跡"の3ゴールをたたき出し予選通過を決める・・・・こんな荒唐無稽なことでもなければ不可能性なことは、ごく普通にスポーツに接しているひとなら誰しもがわかることでしょう。

1-2となった時点で、アナウンサーなり解説者なりが、たとえば「う―ん、残り時間から見てブラジル相手にあと3点とるのはたいへん厳しい、至難の技といってよいでしょう。ブラジルとは、親善試合レベルではなく、本戦で真剣勝負を戦わすのは今回が初めてです。もうここは予選突破云々ではなく、王者相手に日本がどれほど通用するのか、次へつなぐためにも胸を貸してもらうことにしましょう」といった実況姿勢に転換できなかったものでしょうか。

実際は1-4となりロスタイムに入ってからも「このまま終ってしまうのかぁ~、サムライブルーに奇跡は起きないのかぁ~」とやっていたのにはホント寒くなりました。

今回のFIFAワールドカップではとうとう日本中ありとあらゆるところで「奇跡」の大合唱になってしまいました。
野球のWBCでも功を奏しましたし、サッカーでは既に「マイアミの奇跡」という実績があったのです。ですから日本国民一丸となって緒戦のオーストラリア戦から「奇跡」を信じていればよかったのです。信心が足りなかったから勝てなかったのです。

そうです、これから日本ではスポーツの応援はすべてこれで行きましょう。「奇跡を、奇跡を」日本が遅れている種目ではなおさらのことです。「奇跡を、奇跡を」そうすれば陸上100Mのファイナリストも出ますし、それどころか世界新記録で優勝できます。「奇跡を、奇跡を」カーリングでも金メダルがとれます。

冗談はさておき、サッカーは今後二大会ほどは、プレーヤには気の毒ながら、本戦は遠慮(アジア予選敗退)して、選手、JFA、サポーター共々実力の身の程を見つめ直しましょう。1993年のJリーグ設立からたかだか10年余りです。その間3回(うち1回は自国開催)の本戦出場とは出来過ぎです。ここは一旦狂乱状態から脱してクールダウンすべき時期です。

もっとも、当の選手たちは威勢のいい発言とは裏腹に自分たちのレベルの低さも実感しているはずです。狂乱を演出している元凶はテレビと、日本の真の実力を知りながら「ベスト8いける、うまくいけば4強も」などとそれにすり寄る御用専門家たちです。そしてそれにまんまと乗せられているが国民、という図式です。

規模、注目度では大きく劣るラグビーのワールドカップ。日本は毎回出場していますが世界との差は埋め難く、第四回大会までの戦績は1勝11敗。決勝トーナメントに残ったことはありません。おそらく選手、指導者は目標を高く持ちながらも、客観的なポジションは自覚しているはずですし、ファンも過剰な期待は抱いていません。報道も今回とは雲泥の差です。日本サッカーもじつは世界では似たり寄ったりの位置にあることを、煽りに惑わされずに認識できるファン層が形成されれば、と思うのです。

今回も含め、日本が出場した三度のワールドカップに限ってみた場合、それぞれの出場国の本国でも熱狂していることに違いはないのですが、日本のそれにはなにか異質なものを感じるのです。なにかマスコミを教祖としたカルト宗教に国ごとハマっているような、それも日本敗退でピタッと止む、非常にヘンな言いようのないものです。冒頭の不条理な実況アナウンスもその一例です。

再度冷静に見てみましょう。2点差で勝つはずが、3点差負け。そのギャップは5点ですよ、5点。笑わせるのもいい加減にしてもらいたい。どうしようもない実力差ではないですか。コンフェデレーションズカップでブラジルと引き分けた?親善試合でチェコに勝った?――日本には大きな自信になったでしょう。ただしあくまでFIFAワールドカップの本戦でも(地区が違うので戦うはずはないが)予選でさえもないところでの結果ですから。

ジーコはたしかに自信を与えてくれたかもしれません。はたして本気で優勝を狙える実力と思っていたのかは疑問ですが、監督、プレーヤ、JFA、国民はみんな身の程を忘れて催眠術にかかっていたのかもしれません。ただひとり、ほくそ笑んでいたのはテレビだけ、か。
いずれにしろ10年くらいはクールダウンの期間にして、その間FIFAワールドカップとは参加するものではなく観るものとしましょう。
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