I have something to say
わたしが近ごろかんがえていることを徒然なるままに...
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「天国から来たチャンピオン」のジャック・ウォーデン氏を悼む
毎日新聞の訃報欄を何気なく見ていて、「ジャック・ウォーデン、米俳優」となっているところを読むと、文中に「天国から来たチャンピオン」という箇所が見えました。

おお、あのLos Angeles Ramsのコーチ役だった方ではありませんか。横に添えられた、少し若い頃の写真からも間違いありません。「天国から来たチャンピオン」、原題"Heaven Can Wait"はわたしのなかでは五指に入る、忘れられない作品です。
この作品は1978年公開ですが、わたしが観たのは名画座ででしたから80年台前半だったでしょうか。この作品が主目的で観に行ったのかさえ失念してしまいましたが...。

コメディータッチながらも泣かされる映画でした。たとえば、富豪の肉体を借りて生き返ったウォーレン・ビーティー(Warren Beatty:この作品の頃は"ベイティー"と表記し直される前)演ずるクォータバック、ジョー・ペンドルトンがジャック・ウォーデン(Jack Warden)演ずるコーチのマックスに、肉体は変わったが自分だということをわからせようとする場面。

最初は「おれだ、ジョーだ」と言うこの富豪に対して、「へたな冗談は止して下さいよ」と聞く耳を持とうとしなかったのですが、ジョーの得意だったクラリネットの演奏や特製ジュース、手荒い首のマッサージなどでとうとうジョーの生まれ変わりだと信ずるに至ります。

その後富豪の肉体のままペンドルトンはスーパーボールへ出場しますが、途中で怪我(あるいは致命傷だったか)により今度は控えクォーターバックへ乗り移ります。その後このクォーターバックは大活躍を演じるのですが、マックスにはジョーであることがわかっていました。わたしの記憶が正しければ、そのときの場面はこうではなかったでしょうか。

フィールドの向こうとこっちとでジョーとマックスの目が合います。スタジアム内興奮に包まれ騒然とした中なので、発した言葉は聞こえません。口の形だけのやり取りの場面です。「You, Joe ?(ジョーだろ)」「Yeah」。

試合終了直後はジョーとマックスはいままでの関係のままに会話していました。しかし、今後はその肉体で生きることをジェームズ・メイスン(James Mason)扮する神様(あるいは天国への案内人だったか)に決められ、ジョーとしての記憶は消されてしまいます。
最後のロッカールームでの場面、マックスが今まで通り「ジョー」と呼びかけますが、「ジョーって誰だい?おれは○○だよ。マックス、疲れてるんじゃないかい」「ジョー....」。マックスの立場に立つと本当に切ない場面でした。

この作品でジャック・ウォーデン氏はアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたそうです。そうでしょう、わたしもジョーではなくマックスにこそ泣かされたのです。
最後にジャック・ウォーデン氏のご冥福をお祈りします。また時折「天国から来たチャンピオン」でお目にかかります。
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パロマ中毒事故:若社長の今後の言動に注目したい
連日報じられているパロマの一酸化炭素中毒事故ですが、本当のところ新聞も詳しく読まずに過ごしていました。
しかし、18日にテレビのニュースで社長の会見を見たことがきっかけで、遅まきながら注目するようになりました。というのは、その会見での社長のある発言に、というより単語といったほうがより正確ですが、引っ掛かるものがあったからです。

それは、いつ最終調査結果をまとめるつもりか、との問いに対し、「早急に進めたい。まずは安全でない可能性のある器具を一日も早く撲滅したい」(岩手日報:パロマ社長の一問一答  湯沸かし器事故で会見)と答えた場面です。

「撲滅」とは何でしょうか。「撲滅」とは、わたしの感覚では、「エイズ撲滅」とか「暴力団撲滅」などで使われてこそ相応しい言葉と認識していましたので、これを聞いて直感的に違和感を覚えました。
この場合、「器具を一日も早く回収したい」とか「修理したい」という言い方でよかったのではないでしょうか。たしかに「撲滅」として「根絶やしにしたい」気持ちを込めたのかもしれませんが。

そしてこのとき社長をみると、まだ若造ではないですか。マイクを持つ映像を最初に見たときは、社長とは思わず、一担当役員――それでも居並ぶ中では突出して若かったが――が説明していると思っていました(中央に座っていながら、むしろ社長を感じさせない何かがあった)。かれが社長とわかってからも、かつてのホリエモンこと堀江貴文のような、ガンガン、バリバリやっているような雰囲気も見えません。それどころか、おどおどしているように見受けられました(その数日前に責任の所在を否定したときはどうだったのでしょうか)。

つまり、わたしが後追いながらこの事件に興味を持ったのは、場違いな「撲滅」を使うような、ボキャブラリが貧弱で、一見してカリスマ性もなさそうな若社長を擁するパロマとは一体どんな会社なのだ、という野次馬感覚からだったのです。

そんなところへ、本日、東京新聞に"一転謝罪パロマ 同族経営のモロさ"が掲載されました。
かの若社長は小林弘明氏、37歳、同族の四代目で「昨年九月に社長に就任したばかり」だそうです。なるほど・・・と、いったところでしょうか。
野次馬としては、次の発言を楽しみに待ちたいところです。
W杯を終えて:テレビはスポーツをバラエティ化し続けるのか
「ドイツW杯 熱狂…尻すぼみ、テレビ“狂騒曲”」(MSN毎日インタラクティブ)を読むにつけ、日本は予選リーグで負けて本当によかった、もし勝ち上がっていれば決勝トーナメント以降のわたしの観戦意欲は著しく削がれたに違いない、と感じさせられた次第です。

この記事は「開幕前から日本代表の活躍をあおり続けたテレビ各局だが、1次リーグ敗退で放送は尻すぼみに。約1カ月間にわたるテレビの“W杯狂騒曲”を振り返った」もので、日本が決勝リーグ進出を果たした暁には、テレビはより大々的な煽りを準備していたことがわかります。
ある民放関係者曰く、「日本が1次リーグを突破すればお祭りっぽい番組をやろうかと考えていたが、初戦のオーストラリア戦でつまずいてしまって、決勝トーナメントの放送内容についてあまり話し合うことがなくなってしまった」と。

それにしても、「決勝トーナメントの放送内容についてあまり話し合うことがなくなっ」たとは何たることでしょうか。テレビにとっては、このイベントがスポーツ扱いされていなかった証左といえるでしょう。かれらのスタンスは、純粋なスポーツ中継というよりも、日本代表や世界のスーパースターの周辺ネタをバラエティー化して膨らませるだけ膨らまし、そこへタレントや御用解説者を適当に配して大騒ぎさせる、さらにかれらにアジらせることで、楽に視聴率を稼ぐ(儲ける)ことだったのです。上の発言はそれを裏付けるものではないでしょうか。

同文中には、決勝トーナメントの視聴率を比較すると、時差において同様の1998年フランス大会を上回る試合が多かったとあり、それに対する放送評論家の言として、「日本代表をめぐるお祭り騒ぎの中で、視聴者は、本物のサッカー文化への理解を深めていった。それが比較的高い視聴率につながったのではないか」とあります。この、スポーツの醍醐味そのものを欲している人たちが相当の割合で存在する、という事実を目の当たりにしても、今後の各種スポーツイベントでのバラエティー化をテレビはきっとやめないでしょう。

毎日新聞7月14日付「万能川柳」は、終了したワールドカップ特集の様相を呈していて、「日本代表礼賛」とは対極にあるもので埋められていました。その中から今日の話題に沿った数句を。

  • 目標はドイツに行こうだったでしょ

  • 4年後もあんなに騒ぐんだろうかね

  • 日本抜けのどかに世界楽しめる

  • 知らぬ間にサムライブルーになっていた
毎日新聞の「ジダン頭突き事件」に関するヘンな論述
本日の毎日新聞社説「視点:ジダン選手」にどうにも腑に落ちないところが...。
該当箇所を含む終盤部を以下に引用します。

準々決勝では試合前、両チームの主将が差別追放の宣言をするなど、FIFAはさまざまな機会をとらえてアピールを続けてきた。

 それにもかかわらず大会の最後の最後に問題は起きてしまった。ジダン選手の頭突きシーンは、ドイツ大会の象徴シーンとして語り継がれるかもしれない。「大成功」と大会を総括したドイツの組織委員会にとっても残念なことに違いない。

 さて、1次リーグで敗退したわが日本代表。ピッチ上の「言葉の暴力」の被害にあうまでには、まだまだ時間がかかりそうだが。

最後の、皮肉で締めた、オチらしき一文なのですが、前後の脈絡がまったくありません。勝ち上がったからこそ浴びせ、浴びせられた「言葉の暴力」だったのだ、と読み取れるのですが、前段で、例えば「決勝トーナメントに入ってから(あるいは準々決勝以降)は『言葉の暴力』が目立った」などという事実(があったとして、それ)を挙げているのならばまだ納得できるのですが、全文を通してもそのような記述は一切ありません。

わたし流に読み解けば、こういうことになります。
「日本代表の試合では差別的な行動や言動はなかった。なぜならこれらは、勝ち上がって、決勝トーナメントというよりシビアな状況下でしのぎを削る者同士であればこそ生まれるものだから。今大会での体たらくを見るかぎり、日本は当分の間あのレベルへは到達できそうもないことがわかった。よって、少なくとも日本人が相手を侮辱したり、相手からヘッドバッドされて大議論を呼ぶような場面に心を砕く必要はなさそうだ。しかし、無理な注文ではあるが、はやく罵り合えるようになってもらいたいものである」

読んでいるものをニヤリとさせるような、ヒネリの効いたものにほど遠いオチを持ってきたこの社説子のセンスの無さよ。
サッカー日本代表:ボーナスはいくら?
7月10日付YOMIURI ONLINE"W杯優勝賞金は23億円、日本にも6億6000万円"によれば

 優勝したイタリアは国際サッカー連盟(FIFA)から2450万スイスフラン(約23億円)の賞金を受け取る。

 賞金額は段階的に差がつけられており、2位のフランスは2250万スイスフラン(約21億1600万円)。3、4位が2150万スイスフラン(約20億2000万円)を受け取る。

 決勝トーナメントに進めなかった日本には700万スイスフラン(約6億6000万円)が分配される。(共同)

とのこと。その後、ボーナス支給も含め、これらの使途に関連する報道には接していません。そういえばトーゴでしたか、ボーナスのことでもめた末、監督の辞任騒ぎにまで発展し、試合へ集中できなかった(?)チームがありましたが、わが日本では上記の分配金をプレーヤ、スタッフなどへ配るのでしょうか。

その問いに答えてくれるものが大会開幕前のZAKZAKにありました。結論からいうと、この内容通りだとすれば「ボーナスはなし」のようです。その記事"マルタ戦凡戦のワケ…日当たった1万円!!"から全文を以下に引用します(アンダーラインは引用者)。

日本代表はW杯前の最終試合となったマルタ戦で、大量得点の期待もむなしくわずか1得点で終わった。それにしても、この時期になぜJ2レベルのマルタ戦だったのか。「絶対に新聞に書いてほしい話がある!」と、そう訴える選手が多い。

期待を一身に背負うジーコジャパン。日本代表の日当は「1日1万5000円」という規定があるが、「違う、違う。1万円だよ。1万円」と、ある選手が告白。

副収入を含め、年間5億円近い収入がある中田英寿はさておき、日本代表の平均年俸は5000万円程度。あるJリーグクラブ幹部は「けがをすれば確かに保険はきいているが、あまりにも代表選手の日当として安すぎる」と話していた。

日本代表のW杯での勝利ボーナスは1試合につき1人100万円。しかし、敗退すればもちろんゼロだ。毎日、ドイツで汗を流しているジーコジャパンが日給1万円で働いているのだ。

一方、マルタ戦では日本で行う日本代表戦より格安とはいえ入場料(平均3500円)を徴収。在留日本人を中心に1万802人の観衆を集めた。また、テレビ放映に関しても通常と同じ放映権料(約1億5000万円)で同試合を発売。民放局が生放送を条件に買い取った。

おかげで日本協会の収入は会場費などを差し引いても、1億円弱。今回の試合をこなしたことで、ジーコジャパンの「特別ボーナス」の原資がしっかり確保できたことになる。

日本サッカー協会・川淵三郎キャプテンは、「とにかくけが人がでなくてよかった。まずはそれをヨシとしなければならない」と控えめに話した。

W杯が近づくにつれ、ジーコジャパンへの注目度は高まるばかり。ただし、選手にとっては、負ければ1日1万円の日当だけでジ・エンドだ。勝ち続ければ、今回のマルタ戦で稼いだ1億円が特別ボーナスに変わる。

選手全員がこの事実を知っているのは当然だろう。マルタ戦は消化不良で終わっても、本大会で頑張らないワケがない。試合内容はいまひとつでも、サッカー協会が行うニンジン作戦の準備は完了した。(夕刊フジ編集委員・久保武司)

ちなみに、2003年7月、日本女子代表が女子ワールドカップ出場を決めた当時の"祝!ワールドカップ出場!"には「日本サッカー協会の川淵会長も、とても嬉しかったらしく、勝利ボーナスを一人20万円のところを30万円と大奮発!」とあり、そのときの気分、いわば首脳陣の腹ひとつで何とでもなる様子がうかがえます。今回も鶴の一声でボーナス支給ということになるかもしれません。
W杯閉幕:スーパースター、必ずしもフェアプレーヤに非ず
イタリア優勝で幕を閉じた2006FIFAワールドカップ・ドイツ大会。しかし、話題の中心は勝敗よりもジダン(Zinedine Zidane)の「頭突き事件」に集中しています。1日経過して出てきた情報から知り得たことなどをまとめておきます。

まず、ジダンはいままでクリーンなタイプのプレーヤだったのか、というとそうではなく、"Zidane mystery remains unsolved" (ESPNsoccernet)によると

  • 1998年WCフランス大会、サウジアラビア戦で相手を踏みつけ2試合出場停止(準々決勝から復帰。優勝はしたがこの時もチームに"迷惑"をかけていた)

  • 2000年ユベントス在籍時、チャンピオンズリーグのハンブルガーSV戦。スライディングしてきた相手への頭突きで5試合出場停止(ユーベ、グループリーグ敗退)

という「実績」があり、1998年優勝当時のフランス代表監督ジャケ(Aime Jacquet)もジダンについて「時としてカッとし、自制できなくなる」と評しています。


頭突きの原因は何だったのか

リプレイでも明らかなように、イタリアDF・マテラッツィ(Marco Materazzi)が何か言ったことへの反応だったことは確かです。では、その内容はどういうものだったのでしょうか?"ジダン頭突きの原因 さまざまな憶測広がる"(MSN毎日インタラクティブ)にはこうあります。

 イタリアのマテラッツィ選手が暴言を吐き、ジダン選手は怒りを抑えられなかったとの見方が支配的だ。その暴言の中身について、フランスのニュース専門テレビLCIの記者は「人種差別的な内容、あるいは家族に関する内容だったのではないか」との推測を紹介。ジダン選手はアルジェリア系移民の家庭に生まれた事実が念頭にある。

 フランス公共ラジオによると、ブラジルのテレビ局は読唇術の専門家の分析として、マテラッツィ選手がジダン選手の姉を侮辱する発言を2回繰り返したとの見方を伝えた。侮辱されたのは母親との憶測もある。

 AP通信は、イスラム教国アルジェリアにいるジダン選手のいとこの話として「テロリスト」呼ばわりされたのではないかというフランス語の記事を配信した。英紙ガーディアンも同様に「マテラッツィがテロリストと呼んだ節がある」と情報源を明示せずに伝えた。(共同)

両人ともいまのところダンマリを通していますが、今朝聞いたニュースでは、ジダンの代理人の言として、近日中に本人から説明があるだろう、とのこと。是非その実現を待ちたいと思います。

いずれにしても、1994年WCアメリカ大会でドーピングにより大会から追放されたマラドーナ(Diego Maradona)と同程度に、スーパースターとしての晩節を汚すものとなってしまったことは間違いありません。


頭突き→退場にも関わらずMVPとは

記者の投票で決まるという最優秀選手(adidas Golden Ball)ですが、なぜあのような"愚行"を犯したジダンに票が集まったのか不思議なところですが、じつは「競技場の記者席などに配布してあった投票用紙をFIFAのスタッフが回収するのは決勝戦のハーフタイム。延長後半5分のジダンの頭突きは投票には反映されなかった」(Sankei web "MVP“投票”ハーフタイム中")という背景があったようです。

そもそも事前にノミネートされていた10名の各プレーヤ、その時点では一発レッドカードのようなラフプレーをしていなかったことは言わずもがなです。チームの勝利への貢献度だけでなく、FIFAが推進するフェアプレーの精神にも反していなかったからこそ選出された候補者だったでしょう。そのなかのひとり、それも世界有数のスーパースターが、まさか栄えあるファイナルであのような行動にでるとは、投票権を持つ記者はおろか誰にも想像できないことでした。

「受賞者は毎年12月にFIFAが開く年次表彰式に招かれるが、シャイで律義なジダンの性格を考えると、辞退するかもしれない」(同上)とありますが、ジダンには、せめてもの罪滅ぼしとして(授賞式の欠席という意味の辞退ではなく)是非受賞を返上してもらいたい、それも熱気冷めない今のうちにです。そうすれば得票2位だったカンナバーロ(Fabio Cannavaro)とイタリア国民は優勝とダブルで喜び合えます(以下と同じ轍を踏まないように。2004年アテネオリンピック、ハンマー投げ優勝ハンガリーのアヌシュのドーピングにより繰り上げ優勝となった室伏広治。この裁定まで1週間以上を要しており、室伏自身喜び半分だった。「本当は直接、表彰台で受け取りたかった」)。
与謝野金融相:竹中氏を「教授」とあしらう
今朝のNHK「日曜討論」、最後の10分少々しか見なかったのですが、面白い一コマがありました。

その場面での出演は(司会者とは直接スタジオでではなく、中継モニタを介して対面する)与謝野馨経済財政政策・金融担当大臣ただひとりでした。
発言の文言は正確ではありませんが、内容はほぼ次のようなものでした。

司会者「日本銀行ゼロ金利解除容認の与謝野氏の対し、直前の担当相だった竹中平蔵現・総務大臣は『まだデフレは脱していない。ゼロ金利解除は早すぎる』といっています。新旧担当大臣の意見の相違は奇異に映るが」

与謝野「基礎にする(依って立つ)学問の違いから生じているものだと思います。竹中さんの基本はマネタリゼーションで・・・(ここでこの論が世界的な趨勢では少数派・反主流であることを述べる)・・・、というのが竹中教授の言い分なのです」

と、いう具合に「教授」という"敬称"で、最大限に皮肉りました。
この両者、与謝野氏が現職を襲ってから間もなく、消費税増税の要否(与謝野氏:要)で対立しました。そのときのサンプロでの"直接対決"も見ましたが、議論の正否は別として、政治家としては若輩である竹中氏がかなり感情的に激して発言していたような記憶があります。すでにこのあたりから与謝野氏は、せいぜいが理論だけの「教授」竹中、恐るるに足らずと舐めて見ていたのかもしれません。

経済財政諮問会議の仕切り役である金融担当大臣ですが、与謝野氏への委譲後、竹中氏の発言力は大幅に低下しています。
さらに竹中人脈の核のひとりである規制改革・民間開放推進会議議長のオリックス・宮内義彦氏は今疑惑の渦中にあり、これも竹中氏凋落を象徴的に表す一現象ととらえられなくもありません。
小泉内閣の終焉とともに、竹中氏は保護者を失い、その政治生命も終わる、ともまことしやかに語られている今日この頃です。
W杯:フランス、世代交代に失敗しての決勝進出。将来的には不安残す
FIFAワールドカップの決勝戦を前に、わたしの知る範囲で、フランスサッカーのことを見直してみます。

わたしの、ジダン以前のフランスサッカーと言えば、なんといっても"将軍"プラティニ(Michel Platini)が最初に頭に浮かびます。その当時のチームは、近年のブラジル並みの強国――実際1982スペイン大会、1986メキシコ大会では準決勝まで進出。ともに西ドイツに敗れるも、とくに前者はPK戦にもつれた伝説的名勝負――に極めて近い印象がありました。

プラティニ後、一気にフェードアウトしたようにフランスの印象が薄くなったのですが、それは1998年の自国開催まで二大会(1990イタリア、1994アメリカ)連続して本戦出場を逃していたことが大きいでしょう。
その間、カントナ(Eric Cantona)、パパン(Jean-Pierre Papin)といった傑出したプレーヤを擁しながらも、チームとしては世代交代、次世代育成に失敗していたということでしょう(これがフランスでのエリート育成システム確立の引き金となったはずです。もちろん自国開催に向けても急務だったであろうが)。

それではこの時期、フランスはもうひとつのメジャーイベントであるヨーロッパ選手権ではどうだったのでしょうか。

1984フランス大会
優勝。自国開催というだけではなく、WC'82、'86の結果も示す通り、プラティニ時代の実力を証明したもの

1988西ドイツ大会
本大会へ進出できず

1992スウェーデン大会
グループリーグ敗退

1996イングランド大会
準決勝敗退(対チェコ)

2000ベルギー・オランダ大会
優勝

2004ポルトガル大会
準々決勝敗退(対ギリシャ)

"1996 European Football Championship (squads)"(wikipedia.org)によると、1996大会には、今大会も活躍中のジダン(Zinedine Zidane)やチュラム(Lilian Thuram)、GKバルテズ(Fabien Barthez)の名前がすでに見えますし、この時点での監督は1998年も率いたジャケ(Aime Jacquet)だったことがわかりますます。このころフランスは長いトンネルを抜けていて、1998、2000両年の頂点を究めた礎が完成しつつあったことがうかがえます。

しかし2002日韓大会、EURO2004、加えて今大会グループリーグ戦を見たかぎりでは、退潮傾向にあるのは間違いないように見えたフランス。それが今大会決勝リーグ以降の、一転して黄金期を彷彿させるパフォーマンスには目を見張るものがあります。
とはいえ、その実情は1996~2000当時の主力メンバ――すでに代表から離れていたが欧州予選途中から呼び戻された――の予想以上の活躍によるものであり、世代交代失敗の事実はいまのところ快進撃の陰に隠れているものの、再度低迷期を迎える可能性は拭いきれないでしょう。

来たる現地7月9日、フランスーイタリアの決勝戦。イタリアは近年、ジダン擁するフランスには煮え湯を飲まされ続けています。1998フランス大会、準々決勝でのPK戦負け、そしてEURO2000決勝、後半ロスタイムに同点にされ、最後はゴールデンゴール負けです。
フランス優勝でジダン引退の花道に、というストーリーも捨て難いですが、今回は判官贔屓でイタリアに応援したくなります(大会後、イタリアサッカー界は八百長疑惑にいやがうえにも直面せざるを得ないが、せめてその前にパァーッと明るい気分にさせたい、という心情もある)。

【備考】
以前、わたしは1990年以来イングランドを応援してきた、と書きましたが、これまで(今大会もPK戦で負けたが)、かのチームがPK戦で勝ったことは一度として目にしたことはない、はずでした。ところが今回、ヨーロッパ選手権の記録を調べていて、PK勝ちを納めていたことが、近年にもあったことがわかりました。

  • EURO1996イングランド大会、準々決勝(対スペイン)PK戦勝ち

  • ちなみに、同大会準決勝(対ドイツ)PK戦負け


この大会はWOWOWで観戦していたはずですが、「イングランドはPK戦に弱い」という印象が強過ぎたせいか、この事実はわたしのなかでは埋もれて隠れていたようです。
「イスラエルロビーとアメリカ外交政策」:いま世界中で話題の論文だそうです
昨日(7月5日)NHKの「ラジオ夕刊」で、いま世界中(ただし日本を除く)で大反響を呼んでいる学術論文というものが紹介されました。
それは今年3月に発表された「イスラエルロビーとアメリカ外交政策」というもので、東京財団リサーチ・フェローの"スガワライズル"という方が解説者として迎えられていました。

以下、そこで語られたことを、わたしなりの解釈(誤解も含む?)で簡単にまとめておきます。

この論文の内容は、イスラエルロビー(ロビー活動をする団体だけではなく、親イスラエルの個人支援者なども含む"ゆるやかなコミュニティー")の強い影響力に疑問を呈したものである。しかし、いままで度々目にしたような所謂「ユダヤ陰謀論」などとは一線を画すもの。なぜなら、それらのほとんどは著名でも正統派でもない書き手による、暴露本の域を出ないものがほとんどだったから。

しかし本論文の著者は、名実ともに広く知られている、シカゴ大学・ミアシャイマー、ハーバード大学・ウォルト両教授。
ユダヤ、イスラエル問題は非常にデリケートであり、例えばわずかでもイスラエル批判をしただけで、その人物は、イスラエルロビーによって"反ユダヤ"のレッテルを貼られてしまうのが実情。それに対し「こういった封殺される状況はやはり何かおかしい」ということを公の場で語れなかったことを指摘した上に、その声を上げたのがアカデミズム界の大御所だった。そのことが大反響を呼んでいる理由のひとつ。

内容の一例としては、現在も混乱の只中にあるイラク戦争。イスラエル以外は非民主国家である中東。一国が民主化されれば他国にもその波が広がっていく、とした"中東ドミノ理論"。これを盾にイラク戦争に踏み込ませたのはネオコンだが、彼らもイスラエルロビーの一員である。彼らの目的は、この"中東ドミノ理論"により「アラブ諸国の民主化=イスラエルの敵対国が減ること」、すなわち、イスラエルにとって好ましい状況になる、ということである(ただし、これは当のイスラエルが主体的に求めていることではなく、あくまでネオコン主導の考え方である)。

なぜ、これほど話題になっている論文が日本のメディアではほとんど取り上げられていないのか。それは、そもそもイスラエルロビーという存在がアメリカでどれほど影響力をもつか実感できないからではないか。この種の論文の重要性を理解するには、国際情勢がわかっていなくてはならない。日本が関心を示さないということは、裏を返せば、残念ながら国際情勢に疎いということではないか。

この後、原題と著者は、
「The Israel Lobby and US Foreign Policy」John Mearsheimer、Stepen Walt
であること、それから"スガワライズル"は菅原出氏(らしい)とわかりました。

日本で話題になっていないというのは、「アメリカ外交政策 イスラエルロビー 」でググってヒットしたのが4件のみだったことからもうかがえます。

幸いこの論文の日本語訳が、発表直後と思われる3月にあるサイトに投稿されていました。ミアシャイマー等のイスラエルロビー批判論文の日本語訳(その一)(その二)です。
理解できるかどうかわかりませんが、読んでみるつもりです。しっかり紙に印刷して。
中田英寿:ホントにすごい選手だったのか
中田英寿引退では一般紙でさえスポーツ欄の1ページまるまるそれに割くほどの騒ぎになっています。わたしが彼の存在を初めて知ったのは、日本の初出場となった1998年FIFAワールドカップ・フランス大会、そのアジア予選だったと思います。当時から「傑出したプレーヤ」と言われていましたが、わたしは現在に至るまでそれに疑問を持ち続けてきながら、しかしこの先も日本代表での彼の影響力はまだまだ健在なのだろうな、とネガティブに思っていたところへ引退報道を聞いた、という感じです。

性格上のことは措くとして、純粋にサッカーのスキルにおいて、彼は巷間言われているように、本当に「すごい」プレーヤだったのでしょうか。
あたまに付けるべき形容詞が省略されていたのではないでしょうか。「日本人のなかでは」とか、最大に讃えても「アジアを代表する」という冠が。
わたしには、彼がどうしてもワールドクラスのプレーヤには見えず、意図的かどうかは別にして、マスコミも相当に買いかぶっているようにしか思えなかったのです。

そんなところへ、嫌悪感が込められてはいるものの、彼の海外クラブでの実態がうかがわれるスレッドが"2ちゃんねる"にありました。"悪意"のバイアスを割引いて読んでも、われわれが知らされている大活躍のスーパースターのイメージとは大きなギャップがあることは否めません。"【芸能】中田ヒデ映画では現役続行…「GOAL!3」は予定通り出演"から該当部分を以下に載せます。

中田の真実その1

1998-1999シーズン 海外移籍1年目 
所属 ペルージャ 
セリエA 33試合10得点

中田が海外で本当に活躍したのは無名の日本猿として舐められ、マークも緩かったペルージャ1年目の前半だけ!
その1年目も後半になると相手チームから研究され、ガチガチにマークされて全く機能せず、イタリアのスポーツ誌の評価もずーと「糞!」を示す5点台だった。

中田がガンとなったチーム自体も後半は負け続きで順位は急降下し、降格争いに加わり最終戦までもつれ込む。
さらにそこで負けたにもかかわらず、恵まれてセリエAにギリギリ生き残った。

中田の真実その2

1999-2000シーズン 海外移籍2年目
所属 (前半)ペルージャ 
セリエA 15試合2得点
 
所属 (後半)ASローマ   
セリエA 15試合3得点

2年目もペルージャは営業面を考えてか、
機能しないとわかりきっている中田をあえてトップ下に据えたチーム作りを行ったことが弊害となって、どんどん負け続け降格圏内を突き進むw
しかし後半、中田がローマに移籍していなくなったとたん、急に勝ちだして最終的には中位でシーズンを終えたw

一方その中田大先生、ローマに移籍当初はトッテイの欠場した試合で代わってトップ下を任され、モンテッラ、デルベッキオらの伊代表クラスを自在に操り大活躍!
これはトッテイ以上!とおもわせた試合が・・・まあ1~2試合だけあったw

しかしあとはもう得意のタコパス連発で周囲と全くかみ合わず、トッティのスペアとしても使えないことが次第にバレてしまうw
またボランチでテストされるも守備が全く出来ず、ボール奪われまくりで監督のカペッロをあきれさせたw
結局シーズン終盤には高い金を出して仕入れたのに全然使えない欠陥品としてベンチを暖め、既に優勝争いから脱落しCLも圏外となっていたチームの、日本人観客動員やグッズ販売等の営業政策上、終盤に顔見せ出場するだけの選手となっていた。

中田の真実その3

2000-2001シーズン 海外移籍3年目
所属 (後半)ASローマ
セリエA 15試合2得点

リーグ戦出場試合は半分以下、先発出場に至ってはたったの5試合w
そう、スーパーサブとして活躍し、ASローマのスクデット(優勝)獲得に貢献したことになってるのがこのシーズンwww
しかし実際は要らない選手として干されっぱなしで、リーグ戦ではベンチ入りすら出来ない試合が続くというトホホな状態だった。

さらにトップクラスのチームとしては、CLを逃がした証であり出場すること自体が恥ずかしい、UEFAカップ要員としての出場がメインステージという、ほとんど2軍扱いの晒し者だったw

そんなこんなでこのシーズン、中田がリーグ戦で活躍したといえるのは実は1試合のみ。
優勝争いをしていたユベントスとの終盤の直接対決で、0-2とリードされて敗色濃厚となり、ほぼあきらめて、次に備えレギュラーを休ませるために後半30分近くに途中出場させた中田が、たい~へん貴重なシーズン全2得点中の1点をまぐれで叩き込んだw
さらに中田が適当に蹴ったシュートを、相手GKのファンデルサールが弾いてしまいたまたま詰めていたモンテッラがそれを押し込むというラッキーもおこり引き分けに持ち込んだという試合があった。

あとは殆ど何もしていない、つーか足引っ張ってただけw

しかし優勝決定後のTVのマンセー番組で、当時ユベントスに所属していたジダンにわざわざインタビューを取りに行き、「中田のおかげで優勝を逃がした」と無理やり言わせるなどマスゴミが必死に虚像を作りあげたことなどもあり、「スーパーサブとして優勝に貢献した」が日本では定着してしまっている。

中田の真実その4

なおそのユベントス戦でのまぐれの活躍で調子に乗った中田は、日本代表のフランスとのコンフェデ決勝戦を、トルシエと喧嘩してまで欠場し、セリエA優勝がかかる試合に出場するためにあわててイタリアに戻った。
にもかかわらず、その試合結局最後まで出してもらえず大先生はおもっきりピエロとなったw
だが運良くそこでは優勝は決まらず、次の本拠地でのパルマ戦に持ち込まれた。

その次戦、もちろん大先生はベンチスタートで勝負の蚊帳の外w
そこで3-0とリードし優勝はもう確実になった。
監督のカペッロは、前の試合で誰も必要としていないのに勘違いして必死になって戻ってきた大先生を、さすがに可哀そうにおもったのか、お情けで後半途中から顔見せ出場させた。
優勝決定の瞬間大先生がピッチに立っているのは実はそんな事情によるものw

だがマスゴミの歪んだ情報操作等によって、日本では優勝決定試合で大先生がゴールとアシストを決める大活躍をしたとおもっている香具師まで少なからずいるようだ。。。

中田の真実その5

もーまんどくさくなっってきたのでパルマ時代はひとくくりw

2001-2002シーズン セリエA 24試合1得点
2002-2003シーズン セリエA 31試合4得点
2003-2004シーズン セリエA 12試合0得点(前半のみ)

ローマから移籍金30億円以上、年棒4億強、背番号10をもらい鳴り物入りで移籍。
選手としてはとっくに下降線だったがw、商売的にはこのときがナカタバブルのピーク。
なぜこんな移籍が成立したのかは今もって謎だが、後のパルマの迷走→経営破綻の流れをみると、ジャパンマネーを無謀に当て込んだ、経営陣の気が狂っていたとしか思えないw

当然のことながら大先生は全く通用せず、1年目のリーグ戦先発は15試合のみで、
中盤から暫くはその高給取りの10番は完全に戦力外扱いでベンチの外w

2年目は多少持ち直すも、2列目、右サイド(つーかほとんど3トップの一角)として起用され続けた割には、4得点2アシストと地味な成績。
逆サイドで大活躍したムトゥと比較するとさらにそのしょぼさ加減が際立った。

3年目はまたベンチ要員に逆戻りw
一応マスゴミ的には監督と起用法を巡って対立したことになっているが、実は大先生が単に戦力として劣っていただけw

大先生がパルマで残した実績を総括すると、それまでリーグトップ7の1角としてCL常連だった名門チームを、お得意の降格争いに引きずりおろし、さらに高額の移籍金と給与で経営母体を財政破綻に導いたということ。
ただそれだけw

中田の真実その6

2003-2004シーズン 
所属 ボローニャ
セリエA 17試合2得点(後半のみ)

パルマでの3年目、途中出場も含め前半12試合出たが大先生は全然使い物にならず得点もゼロ。
とうとう戦力外となって、シーズン途中に弱小チームのボローニャにレンタル移籍させられ、給料ダウンも呑まされていよいよトホホなドサ回りを開始した。

そのボローニャで「セリエA残留の救世主」となったとまたマスゴミは持ち上げたが、実はそうでもない。2ゴールをあげただけ。
実際、パルマが完全移籍を打診するも、ボローニャはあっさり「イラネ!」と断っているwww 

中田の真実その7

2004-2005シーズン 
所属 フィオレンティーナ
セリエA 26試合0得点

すったもんだで海外7年目はフィオレンティーナに移籍。
またまたマスゴミは「名門に移籍!」と持ち上げたが、実際は財政破綻で空中分解して、一旦4部リーグのセリエC2に落ち、そこからなんとか再度這い上がってきた、バティやルイコスタがいて強かった頃の面影はかけらも無い、昔の名前で出ているだけの弱小チーム。

ちなみにパルマからフィオレンティーナへの移籍金は約3億4000万円といわれ、なんとローマからパルマに移籍したときの約10分の1に暴落wwwww
まさにナカタバブル大崩壊wwwwwwwww

実は移籍話の時点で既にパルマの運営会社が倒産状態に陥っていたため、
不良在庫である大先生を叩き売ってでも、とっとと償却整理したいという事情があった。
そこで複数のチームと最初から安値で交渉するも大先生の高い実力wからなかなか買い手がつかず、最後は結局そこまで下がってしまったらしい。

しかも買い取ったフィオレンティーナ側も普通に選手としてのナカタに3億円強支払ったわけではなく、そのオーナーが経営する婦人靴ブランドの日本本格進出のための話題作りとしての思惑が強かったといわれている。

そういえば「ベルマーレ平塚」も一度財政破綻してたよな・・・
いつも降格争いと財政破綻が付きまとう大先生www

中田の真実その8

その低レベルの糞チームであるフィオレンティーナでも、
10番をつけてレギュラーにすら定着できず、また定番のベンチ要員w
シーズン成績は途中出場も含め26試合に出て得点はなんとゼロ!アシストも1つだけ。
チームもまたまた定番の降格争いを最後まで続け、17位で何とか生き残った。

チームのオーナーからは「高い給料をもらって全然働かない給料泥棒がいる」とまでいわれる始末。
もうこのあたりで大先生は既に死んでました・・・。

ちなみに大先生がプレミアのボルトンに年間たった2000万円wwwwwで損切りレンタル移籍していなくなった、翌2005-2006のシーズン、フィオレンティーナは突然強豪チームに生まれかわる。
FWのトニが大爆発して31得点するなど絶好調で、前シーズンの17位からなんと4位に大躍進し、CL出場権まで獲得した。
ナカタ移籍効果も大爆発wwwwwwww

え?
とおもったらフィオは八百長疑惑でセリエB降格危機だって?
うは、生ける屍、中田大先生のたたりキタコレwwww

日本サッカー:なぜ国民は煽られた?バスケットの実力なら冷静に判断できるのに
"オシム氏、日本は弱い…代表監督合意“初仕事”は幻想砕き"(sanspo.com)で、やっとのこと正論――遠慮のない当たり前の指摘に接することが出来ました。

「もし世界チャンピオンになりたいなら別の監督を探してもらいたい」

「日本人は自分たちがトップの仲間だと思っている。経済、政治はトップレベルだが、サッカーではそうではない。勘違いだ」と、サポーター、メディアを含めドイツW杯前に存在した楽観論に警鐘を鳴らし、“サッカー発展途上国”と説いた。弱者としての自覚。それをうながすことが、弱小だった千葉を強豪に育てたオシム監督の代表監督初仕事だ。

「国民は負けることもあると心の準備をするべき。そういう考えの国は強い」。W杯1次リーグで敗退した日本代表と一緒にはい上がる決意のオシム監督は「若く、平均身長の高い選手をそろえてうまくいくとは限らない。プレーの中で日本人の特徴が生かせるようなメンバーを選んでいく」と言い切った。「体格差」を最大の敗因に挙げたジーコ前監督の分析に真っ向からの反論だ。

一方、日本サッカー協会・川淵三郎会長は、日本が1次リーグでの敗退決定後の6月27日、「日本のサッカーは、世界の中ではまだ子どもと一緒」(MSN毎日インタラクティブ)と発言しています。

川淵氏は、ジーコ体制下で優勝も夢ではない旨発言してきましたが、敗退によって"初めて"「世界の中ではまだ子ども」であることに気付いたのでしょうか。
まさかそんなことはないでしょう。むしろ人一倍「世界との差」を実感していたはずです。

ただ川淵氏は立場上そういった態度をとるわけにいかなかった、ということでしょう。
長年海外のクラブを羨望し続けた末のJリーグ発足。その後の国内サッカーの興隆、そして待望のFIFAワールドカップへの出場と自国開催。その間氏はずっとそれらの運営の中枢にあり、茶の間にも顔が知られ、「チェアマン」「キャプテン」という名のスポークスマンの役割も果たしてきました。

川淵氏が「日本は世界に十分伍していける」と言うのは、われわれを単にヌカ喜びさせるだけが目的ではありません。それで煽られたファンがテレビを見る、グッズを買う...結果、資金面等でサポートしてくれているスポンサー様にも"儲けていただく"、という重要な任務も担っていたということです。
このスポンサード企業との関連を示したおもしろい記事がありました。"キリンにとってジーコの4年間は?"(日経ビジネス)です。

今大会のホスト国ドイツでは大会前から自国代表を「弱い、弱い」と見てきたそうで、その国民性は過大な期待や評価はしない、むしろ過小評価する傾向にあるそうです。2002年日韓大会準優勝という実績、そして今回は自国開催だというのにです。まったく日本とは対極にあるようです。

冒頭に示したオシム氏の警鐘。本来ならば、川淵氏を先頭にJFA自身が、今回はもちろんのこと、2002年自国開催時であっても、本当の"身の程"を国民に知らせるため鳴らしておくべきものでした。結局オシム氏という利害関係のない第三者、それも外国人で世界レベルでのキャリアも豊富な"権威者"の発言を聞くまでは、メディアも大きく取り上げなかったためか、多くの日本人はまんまと操られていたということです(ただし、この発言も氏が次期代表監督という話題の渦中にあったからこそニュースになったのでしょうが)。

しかし、代表監督就任後は、ある意味宣伝役としての「顔」にならなくてはならないわけで、その環境下でも「サッカー発展途上国」であることを訴え続けられるか、という懸念も残ります。
有無を言わせず「弱いこと」を納得させるには、前に書いたように次回から2、3回続けて本戦出場を逃すことが一番なのですが。
ルーニー退場:しかし、真のヒールはC.ロナウド
準々決勝以降のイングランドの過去を払拭する勝利の旅、というわたしの希望はその最初のステップで儚くも打ち砕かれました。

問題のルーニー(Wayne Rooney)退場の場面を含め、あの試合の最中、プレーヤや監督はどんなことを喋っていたのか、読唇術を使った興味深い記事"What was said as forward saw red"(Times online)がありました。
以下、ほぼ全文を掲載します。

3.58pm David Beckham issues a rallying call to Frank Lampard before kick-off. "Fight, come on," he urges. "Let's go for it."


7min 57sec Lampard sends pass out of play. "That one was really bad," Sven-Goran Eriksson whispers to Steve McClaren.


24:16 Wayne Rooney's frustration is mounting. Heads ball bravely and receives boot in face from Tiago. Shouts angrily at assistant referee. "Hey, f*** it,f***ing hell, f*** it." No free kick awarded.


51:00 Beckham leaves pitch injured. Wife Victoria, sitting in stand, shows concern. "I hope he's OK," confides a friend.


60:46 Rooney meltdown. Collects pass from Lampard, chests ball down, possibly fouled from behind by Ricardo Carvalho. Grapples with Carvalho, now on ground, and Petit. Stamps on Carvalho's groin. Horacio Elizondo only two paces away.


60:55 Cristiano Ronaldo joins melee. Rooney pulls him away and says: "Hey, you're just a f***er, right."


61:07 Rooney further pleads innocence to Maniche. "Well, I didn't do anything, did I?" he insists.


61.09: Elizondo reaches into pocket and brandishes red card. Rooney's plea to him ― "Eh, listen, eh" ― proves fruitless.


61:12 Rooney hangs head in disbelief.


61:18 Starts to walk off. Momentarily pauses when Portugal player says something to him. "Eh, for f***'s sake, just f*** off," he replies.


61:24 Goes back to approach Elizondo. Pushed away by Rio Ferdinand. Starts to walk off again, mumbling "w*****" to no one in particular.


61:33 Finally leaves pitch, bumping into Portugal physiotherapist on way.


62:05 Ronaldo strolls to touchline for water. Winks and smirks in "job done" fashion.


81:35 Lampard prepares to take free kick in Beckham range. "Oh, f*** it, for f***'s sake," Beckham, sitting on bench with feet up, moans.


5.59pm Eriksson imparts his wisdom in team talk before extra time. "All right . . . come here . . . go on . . . get on now . . . do it."


6.34pm Penalty shoot-out starts.


6.37pm Owen Hargreaves scores spot-kick. "Yes. Did it." He punches the air.


6.40pm Jamie Carragher scores penalty but is ordered to retake it. Misses second attempt. "Oh s***," McClaren muses.


6.41pm Ronaldo scores penalty. Eriksson and McClaren comfort players, Ferdinand and John Terry blub. Camera fades away, back to the studio. Another dream is over. F***ing hell.


  • This piece was written with the help of Jessica Rees, a professional lip-reader

  • (61:24の"w*****"は「weirdo」でしょうか)

    " Eriksson urges restraint in treatment of Rooney"(Independent)よれば「マンチェスター・ユナイテッドでのルーニーの同僚であるロナウド(Cristiano Ronaldo)はルーニー退場後、『やったぜ』とでもいうように自国ベンチにウィンクし、チームメイトもサムアップで応えていた」とあります。英国民の多くの怒りはロナウドに向っていて、マンUへは戻って来るな、といった雰囲気になっているようです。

    最後に、しろうとなりの分析ですが、イングランドの最大の誤算はオーエン(Michael Owen)の離脱でしょうか。そのため"本当に信頼できる"フォワードはケガから復調はなったものの、ピークにはほど遠いルーニーひとりだけとなり、慣れない1トップのフォーメーションを選択せざるを得なかった。つまりはフォワードの層の薄さが祟ったのであり、代表選考時点の誤りが最後にツケとして回ってきた、といえるのではないでしょうか。
    クラウチ(Peter Crouch)、ウォルコット(Theo Walcott)どちらかの代わりにデフォー(Jermain Defoe)を選んでいれば、少なくともルーニーの1トップということにはならなかったのではないでしょうか――いまさら言っても詮方ないことではありますが。

    試合後のカンファレンスで、"He is the golden boy of English football. Don't kill him, I beg you, because you will need him."とルーニーを擁護した監督エリクソン(Sven-Goran Eriksson)の言葉を、ルーニーは意気に感じてほしい――と、いかにも日本的な情緒に訴える発想ですが、そう思います。
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