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日本サッカー:なぜ国民は煽られた?バスケットの実力なら冷静に判断できるのに
"オシム氏、日本は弱い…代表監督合意“初仕事”は幻想砕き"(sanspo.com)で、やっとのこと正論――遠慮のない当たり前の指摘に接することが出来ました。

「もし世界チャンピオンになりたいなら別の監督を探してもらいたい」

「日本人は自分たちがトップの仲間だと思っている。経済、政治はトップレベルだが、サッカーではそうではない。勘違いだ」と、サポーター、メディアを含めドイツW杯前に存在した楽観論に警鐘を鳴らし、“サッカー発展途上国”と説いた。弱者としての自覚。それをうながすことが、弱小だった千葉を強豪に育てたオシム監督の代表監督初仕事だ。

「国民は負けることもあると心の準備をするべき。そういう考えの国は強い」。W杯1次リーグで敗退した日本代表と一緒にはい上がる決意のオシム監督は「若く、平均身長の高い選手をそろえてうまくいくとは限らない。プレーの中で日本人の特徴が生かせるようなメンバーを選んでいく」と言い切った。「体格差」を最大の敗因に挙げたジーコ前監督の分析に真っ向からの反論だ。

一方、日本サッカー協会・川淵三郎会長は、日本が1次リーグでの敗退決定後の6月27日、「日本のサッカーは、世界の中ではまだ子どもと一緒」(MSN毎日インタラクティブ)と発言しています。

川淵氏は、ジーコ体制下で優勝も夢ではない旨発言してきましたが、敗退によって"初めて"「世界の中ではまだ子ども」であることに気付いたのでしょうか。
まさかそんなことはないでしょう。むしろ人一倍「世界との差」を実感していたはずです。

ただ川淵氏は立場上そういった態度をとるわけにいかなかった、ということでしょう。
長年海外のクラブを羨望し続けた末のJリーグ発足。その後の国内サッカーの興隆、そして待望のFIFAワールドカップへの出場と自国開催。その間氏はずっとそれらの運営の中枢にあり、茶の間にも顔が知られ、「チェアマン」「キャプテン」という名のスポークスマンの役割も果たしてきました。

川淵氏が「日本は世界に十分伍していける」と言うのは、われわれを単にヌカ喜びさせるだけが目的ではありません。それで煽られたファンがテレビを見る、グッズを買う...結果、資金面等でサポートしてくれているスポンサー様にも"儲けていただく"、という重要な任務も担っていたということです。
このスポンサード企業との関連を示したおもしろい記事がありました。"キリンにとってジーコの4年間は?"(日経ビジネス)です。

今大会のホスト国ドイツでは大会前から自国代表を「弱い、弱い」と見てきたそうで、その国民性は過大な期待や評価はしない、むしろ過小評価する傾向にあるそうです。2002年日韓大会準優勝という実績、そして今回は自国開催だというのにです。まったく日本とは対極にあるようです。

冒頭に示したオシム氏の警鐘。本来ならば、川淵氏を先頭にJFA自身が、今回はもちろんのこと、2002年自国開催時であっても、本当の"身の程"を国民に知らせるため鳴らしておくべきものでした。結局オシム氏という利害関係のない第三者、それも外国人で世界レベルでのキャリアも豊富な"権威者"の発言を聞くまでは、メディアも大きく取り上げなかったためか、多くの日本人はまんまと操られていたということです(ただし、この発言も氏が次期代表監督という話題の渦中にあったからこそニュースになったのでしょうが)。

しかし、代表監督就任後は、ある意味宣伝役としての「顔」にならなくてはならないわけで、その環境下でも「サッカー発展途上国」であることを訴え続けられるか、という懸念も残ります。
有無を言わせず「弱いこと」を納得させるには、前に書いたように次回から2、3回続けて本戦出場を逃すことが一番なのですが。
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