I have something to say
わたしが近ごろかんがえていることを徒然なるままに...
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
1972年 札幌大会のおもいで:オランダ、アルト・シェンク
トリノオリンピックが始まっていますがどうもいまいち身が入りません。その理由のひとつが、客観的にみるとそれほどメダルの可能性は高くもないのに(かつスター性もないのに)相変わらず特定の選手をおおきく持ち上げる報道姿勢です。個人的に競技として買っていないせいもありますが、女子モーグルや男子スノーボード・ハーフパイプが終ってまずはせいせいしているところです(本当は選手に罪はないのですが、取材慣れしている場面ばかりみていると、彼ら彼女らも慢心しているようで応援する気持ちも失せてくるのです)。

初めて見た冬期五輪は1972年の札幌大会です。あの大会でもっとも印象深くこころに残っているのは日の丸飛行隊ではなく、オランダのスピードスケーター、アルト・シェンク(Ard Schenk)です。

彼は500m以外のすべての種目について金メダルを獲得しました。500mも最右翼だったのにスタートで転んだのではなかったでしょうか。
不確かな記憶ながら「孤高の」とか「巨人」といった形容をされていた気がします。そしてリンクを滑る姿はその形容どおりでした。

何mの種目だったかわかりません。最も長い距離だったかも知れません。場所は真駒内にある屋外のリンクでした。当然二人でスタートしたのでしょうが、相当に差をつけているのでしょう、画面は彼しか映しません。すごく雪が降っていたのを覚えています。カメラが(アップでなく)引いて捉えると滑っている姿が煙ってみえる、それほどの大降りでした。そのなかをただひとり記録に向って走るすがた・表情が「崇高」というか「神々しい」もの(もちろんその当時はそんな言葉は知りませんが)に感じられたのをおぼえています。
当時は大会が終ると同時に自然に興味を失ったはずですが、しかしわたしにとって、いままでみてきたスポーツの名シーンのなかでも外せない一場面なのです。ずっと彼の名前と雪の場面を忘れることなく今に至っているほどですから。

少しネットで調べてみました。

  • 500m以外の距離は1,500 5,000 10,000mの三種目でした
  • 大雪は記憶どおりでした。"Racing during a snowstorm"とあります。5,000mのときだったようです
  • 札幌大会終了直後、オスロでの世界大会で4種目制覇したそうです
  • 1,500mで最初に2分の壁を破ったのがかれだそうです

[参考]
INTERNATIONAL OLYMPIC COMMITTEE
SkateResults.com
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
なんと、私も忘れえぬ選手の一人です。ほんとにあの頃は、オランダに行けばアルト・シェンクに会えると本気で思ってました。いまだ、夢は叶ってませんけどね。長野オリンピックの時、スピ-ドスケ-トの監督として来ていましたよ。TVで、見たときは目を疑いました! トリノはこれから長距離ですね。オランダにはがんばってもらいたいです。では、会社からですので、この辺で。失礼します。
2006/02/20(月) 12:55:17 | URL | matsu #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。