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百人斬り:東京高裁、「本当にあったこと」だとさ
先週のことですが、新聞に載ったいわゆる「百人斬り」裁判の記事に目が止まりました。小さい記事でしたし、たとえ気づいても普通であれば内容を読むことなくやり過ごしたかもしれません。しかしたまたま山本七平著「私の中の日本軍」(文春文庫)の読書中だったことで記事に目を通しました(ちなみにはこの本は以前新品で買ったもので、奥付によると1984年8月の第2刷とあります。20年以上を経ての再読ということになります)。

「私の中の日本軍」は戦時中の特異な雰囲気や実情を知る作者の体験から「百人斬り」があり得ないことを詳らかすることが中心に据えられており、非常に説得力に富むものです。戦時中の新聞社及び記者の特権意識もこの事件を生んだ一要因だといっています。そして今(作品発表当時)もそれは存在すると。残念ながら21世紀の現在にも綿々と引き継がれているようです。

「百人斬り」はこの本を読むまでもなく、今では誤報というより虚報ということでその評価はほぼ固まっています。
ところが今回の訴訟での判決は次のようなものになりました。
NIKKEI NET 5月24日付"「百人斬り」報道訴訟、原告側の控訴棄却・東京高裁"から全文を引用します。

 第二次大戦中に中国人の「百人斬(ぎ)り」競争をしたと虚偽を報じられ名誉を傷つけられたとして、旧日本軍の少尉2人の遺族らが朝日、毎日両新聞社とジャーナリストの本多勝一氏に損害賠償などを求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は24日、請求を退けた一審・東京地裁判決を支持、原告側の控訴を棄却した。原告側は上告する方針。

 判決理由で石川善則裁判長は、百人斬りを最初に報道した1937年の東京日日新聞(現・毎日新聞)の記事について「当時の戦闘の実態などに照らし、記事に記載された殺傷数などは信じることができないが、少尉2人が競争した事実自体は否定できず、記事が全くの虚偽とは認められない」と述べた。

被告である毎日、朝日の同日付記事をみてみると、毎日"百人斬り訴訟:東京高裁が原告の控訴棄却、1審判決を支持"は判決内容を淡々と伝えるもので、最後に「当社の主張が認められたものと理解しています」と社長室広報担当のコメントがあります。
一方、朝日も毎日のスタンスと変わりませんが、社としてのコメントはありません。そのかわりタイトルが何かを強く言わんとしているように感じられます。題して"「百人斬り競争」訴訟、二審も本社などが勝訴"

前述のように、いま「百人斬り」を否定する主旨の作品に接している身としてはやや「毒されている」のかも知れませんが、非常に残念な判決です。当時の記事は限りなく「全くの虚偽」に近く、遺族らの名誉は一刻もはやく回復されるべきだと思います。最高裁判決までまた時間を要しますががんばっていただきたいと思います。

はなしは変わりますが、「私の中の日本軍」が単行本として発売されたが昭和50(1975)年11月とあります。連載ものが一冊に纏められたようですので、連載されたのは当然それ以前ということになります。日中国交正常化直後といってよいでしょうか。
わたしが朝日新聞を始めとした媚中メディアの存在を認識したの小林よしのりの「ゴーマニズム宣言」を読んでからですからついこの間のことですが、この作品にはすでにこういう記述があります。

――聞いた話だが、今に日本には「ご注進屋」という人がいて、何かあるとすぐ中国側にご注進して足のひっぱり合いをするそうで、廖承志氏に、わざわざある新聞社系の週刊誌に台湾航空の広告が載っていることを「ご注進」に及んだ者もいるほど徹底しているそうだから、(後略)
(下巻81頁)

その頃からすでにそうだったことがわかりました。
ところでこの廖承志さんとはなにものだったのか。中日友好協会の会長で、東京生まれの東京育ちの方だそうです。ついでながら 人民中国のホームページのココに氏のエピソードが紹介されています。
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