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カメルーンは中津江村で皆とふれあいましたが、日本はボンで何もしていません
今晩は予選リーグの第二戦となる対クロアチア戦。テレビでは朝から「絶対に負けられない、勝ちにいく、勝てる、勝つ、絶対に勝つ」と威勢のいい言葉の連呼・絶叫で大騒ぎです。

日刊スポーツの"ボン市民がっかり選手交流なし"という記事は6月7日付けのもの。その後も地元民との交流があったという報道はきいていませんから、ゲーム以外のことは眼中になしと言ったところなのでしょう。

同記事が報じられたのはボン入りして10日も経過した時点でのこと。その間「ボン市では各種歓迎セレモニーを実施しているが、出席するのは団長を務める釜本副会長や田嶋技術委員長ら日本協会幹部。選手やジーコ監督の姿はな」かったそうで、JFA幹部の意向は「ドイツ入り後はサッカーに集中させたい」のだそうです。

2002年の日韓大会ではどうだったか、そして当然ともいえる提言を記事から引用します。

 02年日韓大会で日本は27のキャンプ地が出場国を受け入れた。仙台市ではイタリア代表の3選手が養護学校を訪問。兵庫・津名町(淡路島)ではイングランド代表が7つの小学校児童約60人と交流会を持った。そのほかにもパラグアイ、コスタリカ、大分・中津江村を世界的に有名にしたカメルーンなど、選手たちは地元の人々と積極的に交流を持つことで、地元の歓待に恩返しをした。

 W杯では選手が「親善大使」的な役割を果たすケースも少なくない。地元開催を経て、今度は日本が地元の人々に恩返しする番だ。「日本にベースキャンプを張ってもらって本当に良かった」とボンの人々に胸を張ってもらえるようなジーコジャパンであってほしい。

セレモニーには選手、監督とも参加すべきでした。そうすることで、地元市民はますます応援してくれる、そして最後に帰国するときお互いに感謝しあいながらお別れする。その後もキャンプ地はもちろんのこと、その様子を画面を通して見た開催国の人々もそのチームと国に親しみを感じる....というのが日本が体験したものだったはずです。

ところが今回我がチームは勝負一辺倒でその余裕さえなかったようです。
日本が予選突破ならず、それからやおら交流したとしても、本来の順を踏んだ場合とは大差のある、親交の度合いは極めて薄いものとなるでしょう。

予選敗退が決まっていない現段階では、この「交流なし」を報道しているところはほとんどないようです。当然の結果として多くの人たちは「それ、まずいんちゃう」ということさえ感じていません(だからこそ「ニッポン、ニッポン」と単純に騒いでいられるのか)。
マスコミは予選敗退後のスポーツ欄のネタではなく、社会欄の(糾弾論調の)ネタとして温存しているのでしょうか。
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カメルーンカメルーン共和国(カメルーンきょうわこく)、通称カメルーンは、アフリカ中部の国。首都はヤウンデ。西から時計回りにナイジェリア、チャド、中央アフリカ、コンゴ共和国、ガボン、赤道ギニアに隣接し、南西部が大西洋ギニア湾に面する。旧ドイツ植民地からイギ
2007/07/29(日) 14:50:12) | 『世界の国々』
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