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おくればせながらピーター・ジェニングス氏を悼む
鈴木宗男氏が今回の総選挙で当選しました。いまかれは刑事被告人として係争中です。そのことはなんら立候補および当選を無効にするものではないのですが、なんとも釈然としません。何らかの事件を起こして会社をクビになり無職になった一民間人が裁判の係争中に就職活動をし、めでたく職に就くことが現実に可能でしょうか。もちろん可能性はゼロではないでしょう。しかし、裏の世界のお仕事でないかぎり、たとえ温情にあつい経営者に運良くめぐり会えたとしても、最低限「君の無罪が決まったら」あるいは「刑期を終えたら」という条件がつくのではないでしょうか。(やはりこのような幸運は非現実的と思われます)

「立候補の自由」が認められる根拠について調べたところ、以下のことがわかりました。

選挙権については、憲法に明文上規定されているが、被選挙権については、「立候補の自由を憲法15条1項の保障する人権の一つである(最判昭43・12・4)」と判例で認めているにすぎず、憲法の明文に規定されていない。

結果的に鈴木氏のテレビでの露出度がかれを当選させたのではないでしょうか。
かれは前回の参院選にも立候補してこのときは落選しましたが、今回は北海道ブロック比例区というより広範囲の有権者がターゲットになりました。時間の経過とともに人々のかれに対する懲罰的な感情も薄れ、折からのテレビ報道によって同情もしくは「おもしろキャラ」にながされての投票につながったのではないでしょうか。毎日ワイドショーを見ていれば一種「洗脳」されたようなものです。

同様のことは執行猶予中である辻元清美氏にもいえることだと思います。しかし、その恩恵に浴した最たるものが小泉首相を筆頭とし、連日報じられた女性候補者たち、そしてなだれをうつように票が集まった自民党です。
選挙が終わって二週間が経とうとしていますが、やれ「初登院」だ、やれ「新人研修」だといって件の女性議員を中心にくだらない報道をつづけているテレビにはほとほとあきれるばかりです。(選挙後「ヒラリーマン」と称するアホ兄ちゃんや男みたいなピンクおばさんといった新キャラがさらに加わりました。メディアはネタがふえて大喜びのことと推察します)

昨日9月22日、NHK-BS1で19時からの「ピーター・ジェニングスからのメッセージ」を見ました。かれは「マイケル・ジャクソンや子殺し事件は他の番組に任せる」とし硬派なワールドニュースに徹しました。もちろんアメリカでも「マイケル」ネタをあつかうワイドショーが主流であり視聴率を取っているのかもしれません。しかし対極には、ジャーナリストとしての矜持を保ったアンカーがニュースを「まじめに」伝える番組が存在し信頼されているのです。一方日本ではどうでしょうか。田原、久米、筑紫等のキャスターといわれる人たちがいますが、相手を煽って嬉々としているような、どうしても視聴者の目を引きつけるためのあざとさが目立ちます。見てるほうもそれが「演じ」られているのをなかば承知の上で楽しんでいる面があります。

昨日の故ピーター・ジェニングス氏の番組を見たジャーナリストも少なくないはずです。そして氏のスピリットを感じたはずです。日本でもあのようなキャスターを擁した番組が一日もはやくあらわれることを期待してやみません。しかしそのためには結局視聴率には頓着しない番組作りをすることになり、現状ではNHKにしかできないことなのでしょうか。
さらに我が国のメディア界には「記者クラブ」や「広告会社」といった独特の縛りがあります。はたしてこれらを打破し、正常で健全なジャーナリズムに脱却するときがくるでしょうか。
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