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わたしが近ごろかんがえていることを徒然なるままに...
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火葬場心中した老夫婦:なにか崇高なものを感じる
「立つ鳥跡を濁さず」。本来このようなときにこの慣用句を使うのは間違っているのかもしれません。しかし、偽らざる読後の第一印象でした。というのは"福井で老夫婦が火葬場心中"(東京新聞web)のことです。自分で自分を火葬にする、それも使っていないとはいえ型通り火葬場で。この一報をテレビで知ったときにその荒唐無稽さに苦笑したほどです。後日、心中に間違いないとの続報にもにわかに信じることができませんでした。不運にも闇の世界にかかわってしまい「消された」のだ、そのうち真相が明らかにされるに違いない、根拠も無くそう思っていました。

記事には以下のことがらが書かれています。

  • 心中当日の行動がメモされていた(「午後八時、妻とともに家を出る」など)
  • 親類の家や夫婦の思い出の場所を通って元火葬場へ向かったようだ
  • だれかに発見してもらえるよう車は大音量でクラシック音楽を流しっぱなしだった(引用者註:葬送の意味もあったのでは)
  • 不動産を市に寄付する遺言書を心中前日に郵送していた(遺言書は1年前に作成)
  • 預金が世話になった人たちに渡るよう処分を依頼していた

看病に疲れてもいたでしょう、この先自分の体力が落ちることも心配だったでしょう。しかし、刹那的・発作的な心中ではなかったことは確かのようです。上の行動をみても気持ちの乱れはないように思われます。
実行までの計画の綿密さや心配りの細やかさは、主人の几帳面な性格に起因するものであろうと報じられています。わたしは、この方の一連の行動から武士の精神に近いものを感じます。この方は「殉死」したのではないでしょうか、妻とそして自分たちの楽しかった思い出に殉じたのではないでしょうか。わたしには、いまもこのような行動をとる方がいることがおどろきでした。

この「身辺を整理したのち、なるべく回りに迷惑をかけずに去る」最期をうらやましく思うひとはおおいのではないでしょうか。かくいうわたしもそうです。ですが、突発的ではなく、すずやかに自死・心中を迎える心境にはとても到達できないでしょう。せめて、ある年になったら年に一度は遺言状をしたためたり、徐々に身の回りを整理していきたいとは思っています(「ある年になったら」「徐々に」といっている時点ですでに先送りの気持ちが見えているのが情けないです)。

おとうさん―「おじいさん」ではなく、こう呼びかけたい気持ちなのです―、ひとつだけ「跡を濁」しましたよ。あまり突飛すぎて世間のひとびとはとてもショックを受けました。でもほぼ真実が明らかになった今、そんなことはたいしたことではありません。
お二人のご冥福をお祈りします。
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2007/10/05(金) 08:11:37) | 施設ガイド
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