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天皇制についてすこし考えてみました
天皇制の議論が最近とみにかまびすしくなっていますが、皇族の歴史も無視し、一庶民としての感覚のみをたよりに、ひとこと申し上げます。

敗戦後、天皇制の存続は日本国内の混乱を回避するためのGHQの「手段」だったのでしょうが、あの時点で天皇制は廃止すべきであったと考えています。しかし、それは戦争責任をとるためではありません。子孫を残していけなくなるからです。結婚相手が見つけられなくなるということです。しかし、これは今現在にいたってわかったことであり、当時では予測は不可能だったことです。現天皇が皇太子時代の結婚はまだ旧華族・士族など貴族階級の人々が実際に存在していた時代でした(正田家がそれに該当していたかどうかはわかりませんが)。
しかし現在、結婚相手としてそのような階級が存在しているとは、平成以後の天皇家の結婚相手をみるかぎりあまり考えられません。

天皇家以外の宮家の「お年頃」は、マスコミにねらわれる機会が少ないので、あまり「迷惑」を受けずにふつうの恋愛ができるのかもしれません。しかし天皇家の「お年頃」への注目度は別格です。愛子様がもし皇位を継ぐ立場になったら「お相手さがし」はますますたいへんなことになるのではないでしょうか。極端にいうと、庶民は当然のことながら、よい家柄であっても「皇族と結婚したいとはおもっていない」というのが現実ではないかと思うのです。ですから、結局国家的なさる筋からの一種の懇願とも脅しともとれるような方法で決まっていくのではないでしょうか。(願わくは秋篠宮が川島紀子さんをみそめたような結婚であってほしいのですが、それも親王という立場だから可能だったのかもしれません)。

今でも天皇制廃止の議論はあります。しかし、あくまでも少数派であり、これがいつか主流になって国会で提出・可決されるというのは現実的ではないとおもいます。廃止の議論が現実味を帯びてくるのは、皇族側から訴えてくるときではないでしょうか。その理由は「自由が欲しい」とか「国民の税金を受け取るに忍びない」などと勝手に想像しますが、少なくとも「もの言う皇族」が現れたときではないかとおもいます。それが何十年後、何百年後なのかはわかりませんが。そもそもそのころの日本はどうなっているでしょうか。
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